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時の魔法使いは眠りたい〜魔王や覇王や勇者になった弟子たちに執着されて眠れません〜  作者: 光流
最終章 魔法使いと始まりの地

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42 クウヤと黒い石

 クウヤは小さい頃から人型を取って生活していた。獣人にも色々と個体別の特性があり、産まれた頃から人型を取っているものもいれば、獣姿の者もいる。クウヤの兄弟たちは全てが子供の頃は獣姿であった。そのため、じゃれ合う兄弟たちにクウヤは付いていくことが出来ず、幼い頃は劣等感にさいなまれていた。


 クウヤの住んでいた場所は今の魔国からそれほど遠くない山岳地帯の小さな村である。昔から様々な国の領地内となってはいたが、深い山の中にあるため、国からの干渉を受けることはほとんど無かった。


 村では狩猟を中心に一部畜産や山岳地帯でも可能な農業を行いながら暮らしていた。世間から隠れている訳でもないので、代表の者達が定期的に山を下りて街へ行き狩りで得た毛皮や獲物の希少な部位を金に変え、必要な保存食や薬などを買う。


 そういった生活を行いながら、クウヤは街で買ってきてもらった書物に夢中になった。子供たちに文字を教えるために子供向けの物語を街に下りた大人たちは買ってきてくれたのだった。クウヤはその中で活躍する冒険者に憧れを抱いた。そして、己に僅かばかりの魔力があることに気付いた。獣人は身体能力が高い者が多く、そのせいか魔力を持つ者は少ない。


 クウヤのこれまでの兄弟たちへの劣等感が冒険者への憧れに変わっていった。憧れはやがて具体的な将来の夢となった。だが、ほとんどの者はこの村で一生を過ごす。街へ下りていく者もいない訳では無いが、冒険者となる者など聞いたことがなかった。


 ある日、クウヤはいつものように罠に掛かった獲物の回収と新たな罠の設置を行っていた。クウヤは狩猟より罠づくりが上手かった。その日の成果は上々で最後に川へも足を向けた。ところが、川に設置した罠の中に魚ではなく手のひらに収まる位の人型の石が入っていた。黒く輝くその石は何の鉱物なのだろう。流れの中で削られ自然についたのだろうか、人間の顔の位置に笑顔のような窪みが出来ていた。


 クウヤは己だけの宝物を貯めておく小さな洞窟にそれを持ち帰った。大家族だと一人の空間などありはしない。少し窪みがあり雨風を凌げる程度の洞窟だが、クウヤしか知らない秘密基地であった。


 その晩、クウヤは不思議な夢を見た。川で拾った人型の石が話しかけてくるのである。目を覚ますとどんな事を話したかは忘れてしまっている。そんなことが幾晩か続き、クウヤは洞窟におもむいた。


「まあ、普通の石だよな……」


 片手に手を取ってまじまじと眺めるも、人型で笑顔のような表情に見えるだけでもちろん話し掛けてくるはずもない。そのまま置いて家に帰ろうとすると、洞窟の外からぐるぐると唸る声が聞こえ背筋が凍った。


 大きな狼がゆっくりと洞窟の中に入ってくる。


「ひっ……」


 武器になるものは今は小刀だけで心許ない。狼は身を低く屈め今まさにクウヤに飛び掛かってこようとした時、黒い閃光が放射されはじめから何もいなかったかのように狼は消え失せた。


「ええ!?」


 恐る恐る閃光の出た方に近寄るとあの黒い石が輝いている。


「…………ワレ……ガ……ヤッタ」

「ええ!?」


 片言のような言葉が響いてくる。石はぴくりとも動かないのに、不思議なことに石から聴こえてくるような気がした。


「……助けてくれたのか」

「……ワレ……オマエ……タスケタ」

「……そっか、ありがとな」


 それは奇妙で恐ろしい出来事にも思えるが、クウヤにとってはまるで冒険の始まりのようで、助けてくれたその石にワクワクするようなときめきと親しみを感じていた。それからクウヤはその怪しいはずの石にすっかり心を許して毎日通うようになった。


「なあ……お前の名はなんて言うんだ」

「名はナイ。好きにヨベ」

「じゃあ、とびっきり格好いい名前を付けてやる。暗黒より来たりし漆黒の盟主とかどうかな?」

「…………」


 頭を唸らせひねり出した名前は黒い石も気に入ったようだった。だが、全ての名前を呼ぶのに時間がかかるので、そのうち暗主あんしゅと呼ぶようになった。


 石は片言だったのだが、直ぐにクウヤの言葉を覚えて流暢になっていった。クウヤは秘密の友人が出来たようで、狩りに行く時も専用の物入れを作ってそこに入れ一緒に行くようになった。


暗主あんしゅは俺の友だちだな」

「友だちとは何だ?」

「友だちっていうのは、一緒に遊んだり、笑ったり、仲のいい奴のことさ」

「だが、我は遊んだり笑ったり出来ないだろう」

「うーん、それは結果っていうか……そうだな。心を許し合ってるやつらのことだよ」

「……心を許す」

「そう、親友ってやつだ」


 クウヤは普通の同い年の子供たちには言えないようなことも暗主あんしゅには話せた。暗主はまるで何も知らない赤ん坊のようでどんなことも素直に聞いてくれる。


 ある時、クウヤは兄や村の若者たちが狩りをしている場に居合わせた。連携を取り縦横無尽に駆け回りながら弓矢を放ち多くの獣を狩っていく。ちょうど、風下にいたので、見つからないようにクウヤは身を低くして姿を隠した。そして彼等の姿が見えなくなるとそっと洞窟に向かう。


「……あれは、お前の群れではないのか」

「……うん。俺の兄ちゃんと村の若者たちだよ」

「なぜ、隠れた?」

「……俺は狩りでは役に立たないから、罠で獲物を狩っている。だから、ああいう場に出くわすと情けなくなるんだ」

「なぜだ? お前は罠で獲物を取り役に立っているのだろう? 情けなく思うことは何もない」

「……ありがとう。俺はきっと皆と同じようになりたくて、勝手に引け目を感じていたんだ。誰も俺を馬鹿にしたり、除け者にしたりしていないのに」

「人とは不思議だな……自分自身のことすらよく分かっていないとは」

「うん、そうなんだ。けど、暗主の方がよっぽど不思議な存在なんだぜ。しゃべる石なんて聞いたことないよ」


 いつの間にか、クウヤにとって暗主はただの石ではなく友人でもなく、欠かせない何かになっていった。クウヤは冒険の夢を暗主に語る。冒険の主人公には相棒が付き物だ。それは秘密を持つ最強の魔法使いだったり、亡国の王子だったり…………話す石というのも悪くないと思い始めていた。


「行ってみたいなー。地下迷宮ダンジョンとはどんなところだろう? 地の果ての滝とはどれほどの大きさなのだろう? 最古の国の隠された秘密とは何だろう? 行けたら楽しいだろうなぁ」

「楽しいとは何だ?」

「うーん、楽しいって感情かな?」

「楽しい感情とはどのようなものだ?」

「うん?……うきうきするような明るい気持ちになったり、満ち足りたような気持ちになることかな?」

「ならば、お前とこの村で過ごすこの気持ちが楽しいということか」

「お、おうっ…………冒険も一緒に行こうぜ」



 ある日のこと、その日は強い風が吹き荒れていたために、狩りなどはせず、クウヤも罠を見に行くこともなく家に家族といた。異変に気付いたのは誰だったのか……叫び声が聞こえ、家を飛び出すと見たこともないほどの大きな魔獣が多数現れ、村を襲撃していた。父や母や兄も武器を手に駆け出していく。


「クウヤを連れて行け」


 一番下の兄に抱えられ、クウヤは風になったような速さで村から離れていった。だが、下の兄はある所で何かに気付いたようにクウヤを下ろすと、短刀を構えて言う。


「クウヤ、お前は逃げろ」


 クウヤは恐怖でがたがたと己の歯がなるのが分かる。足が竦んで動けないと思った時、兄が怒鳴った。


「行け!!!」


 その声に打たれたようにクウヤは走り出す。走りながら狼を消してしまった暗主あんしゅの力を思い出していた。ここから洞窟まではそれほどの距離はない。足が千切れるかと思うほど必死で駆けていく。遠くの木立の向こうに微かに洞窟が見えたと思った……と同時に背中に大きな衝撃を受け倒れた。



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