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41 思い出の場所

 指し示した扉はエリサの寝台が置かれた部屋の更に奥にある小さな扉である。日を変えて何度も開くかどうか試してみたが鍵がいつも掛かっていた。


「ああ……あれも魔道具なんだ」


 ルークは扉の前に歩いていき、エリサを見てにこっと笑った。


「以前、エリサに渡した指輪を持っている?」

「うん、リュプス!」


 エリサは声を掛けリュプスの空間に入れてもらっていた指輪を返してもらうと、黄金色に輝く石が埋められた銀の指輪がてのひらに現れる。


「リュプス!?」

「うん、荷物はいつもリュプスに持っていて貰ってるんだ。空間魔法は苦手で……」

「持っていてもらってる!?」

「うん、リュプスの空間に置いておいてもらってるんだ。おかげでいつも手ぶらでいられる」


 驚愕したように強張った表情をしていたルークは、気を取り直したように頭を振るとにっこりエリサに笑いかけた。


「この指輪はとても特殊なんだ。護りの効果もあるので、これからは身に付けていてくれないか?」

「うん、分かったよ」


 そういうと、エリサは己の左手の中指に指輪をはめた。


「……今は……それで良い」


 ぼそぼそとなにか呟いているルークであったので、問うように顔を向けると何も言わずに扉を指し示した。


「その指輪をつけて扉を開いてみてくれ」

「……? 分かったよ」


 かちゃりと扉を開いた。そこはよく見慣れた光景で、大きな洞のある木が生えており、その前には一軒の家と、花の咲き乱れる庭と、野菜や果実がたわわに実っている畑がある。


「時の魔法使いの家だ!」

「この扉は、エリサの行きたいと思っている場所に行くことが出来る」

「へー、凄い!!」


 エリサは久しぶりに己の家に帰ってみたい気もしたが、一旦扉を閉めた。そして、あえて何処に行きたいとは深く考えずもう一度扉を開く。


 そこは熱く、扉の外にも熱気が伝わってくる。グツグツとマグマの煮えたぎる火口のようだ。不穏な地揺れも感じられ、いつ噴火してもおかしくはない。


「ふわーっ」


 エリサはその気になれば転移魔法で世界を巡ることも出来たが、消耗をさけるために多くの時を眠りの中で過ごし世界のことはほとんど見ていない。


 火口にはとてもじゃないが生物は住めないだろう熱の大気が渦巻いているが、そこに真っ赤な龍が温泉のように浸かっている姿が見えた。ばたんと思わず扉を閉めてしまったエリサである。


「な……なにかいたよ!」

「……そうだね。もう、あそこには行かない方が良さそうだ」


 もう一度だけと、そっと扉を開くと湖が見えた。


「あっ! この場所は?」


 エリサは喜びの声を上げ、扉の外へと飛び出していく。ルークがゆったりとした足取りで後に続いてくる。湖は凍りついているが、この場所には見覚えがある。


「以前、ルークと舟に乗った場所だね」

「ええ」


 振り返って仰ぎ見たルークは不思議なほど穏やかで優しい表情をしている。こんな表情を浮かべているルークを見たのは初めてのような気がする。


 湖は厚い氷が張っているようだ。滑らないように気を付けて上に立ってみる。氷の上には青空が映り込んでおり空の上に立っているような不思議な気分になる。


「ルーク。とても懐かしいね」

「ええ」

「ねえ、ルークはあの時、君には望みがあると言っていたけれどそれは何なんだい?」

「俺の望みは……エリサにはまだ言えない」

「…………そっか」


 エリサは久しぶりに思い出の場所に来れたことで嬉しくなって調子に乗って踏み込んだことを訊いてしまったと反省する。だが、少し落胆したエリサの表情を見たルークは片膝をついてエリサを見上げた。


「ルーク……冷たくないのかい?」

「俺の望みは言えないけれど、これだけは覚えておいて欲しい。俺は君の幸せを誰よりも願っているのだと」


 どこか必死さの見える表情でエリサは動揺した。そっと手を取られ、まるで祈りを捧げるように額を当てられる。


「君と出会うまでの俺の人生は殺伐としたつまらぬものだった。そして、残酷な裏切りに満ち、俺自身も己の命のみに拘泥こうでいする下らぬ存在だった」

「……ルーク」


 黄金龍に見せられた世界で見たルークを思い出す。荒廃した世界で荒んだ目をしていた。


「ルークにそう言ってもらえてとても嬉しいよ。だが、私のしたことは些細な事に過ぎない。君の中でそれほど恩義に感じる必要はない」

「エリサ……聴いてくれ。俺は君と生きたことで世界を知った。そして強くなることが出来た。君のためなら俺はどんなことでもでき、どんな者にでもなれるだろう」

「…………そして魔王になった。魔の者たちにも影響が出ている。それは君の望みによるものかい?」

「……エリサ……」

「自分の生きる意味を誰かに託してはだめだ。それは、己で考え、決断し、生きていくという責任を放棄することになる」

「俺はっ……」

「君が私を大切に思ってくれていることは嬉しい。だが、君が何かを犠牲にして私のために何かをしようとするならばそれは私の望むところではない」


 エリサはすっとルークの手の中から引き抜いた。風が強くなり、湖の氷の上を枯れ葉が舞い、エリサの髪の毛を揺らす。


「冷えてきたね。さあ、そろそろ戻ろうか」

「……俺は後から戻ります」


 ルークの口調が昔のように丁寧な口調となり声音は硬く強張っている。エリサは出会ったばかりの頃の昔のルークを思い出した。扉をゆっくりと閉めようとするとルークの声が届く。


「エリサ、それでも俺は俺の望みを諦めることは決してない」



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