40 全ての始まりの地
「東漣国の首都?」
エリサは首を傾げる。そういえば、ルークがカレンに対して、東漣国の首都の王宮の調査をしたいと交渉していたなと、思い出したのだ。ルークを伺うも、全く表情は変えず何も言い出す気配はない。
(ルークは何か調べて彼にしか分からない情報を持っているのかもしれない)
「そこに何があるんだい?」
「全ての始まりがある。僕やリュプスが生まれたのもその場所だ。時の魔法使いという存在もそこで生まれたんだよ。あとは、行ってみないと何が起きるかは分からない」
「……分かったよ。行ってみる。アッシュも共に行くのか?」
「いや、僕はこの場所にとどまろう。あの地には僕の原型となった案内人がいるから僕は不要なのでね」
そういうと、この広間が陽炎のようにゆらゆらと揺らめき出した。
「時の階が閉まる。さあ、お帰り」
足元に輝く色彩の帯が現れ光の階段が地上へと続いていく。
「エリサ。かつて君に貰った生命の雫の首飾りを返そう。これから行く場所で君たちに必要となるかもしれない」
ぱしっと軽く投げられた首飾りを掴む。致命傷となる攻撃を一度だけ肩代わりしてくれる物だ。エリサは薄れていくアッシュを見つめる。
「あなたにまた会えて嬉しかったよ。エリサ。僕が人間だった時に、助け励まし貴重なお守りまでくれた……それがどれだけ僕の心に響いたか……ありがとう」
「君の助けになれたなら良かった。ありがとう。アッシュ。色々と教えてくれて。また、会えることを願っているよ」
エリサは光の階段を降りていく、地上はちょうど日の出の頃だったようだ……大地に降り積もった雪が細かく砕かれた宝石のようにきらきらと輝いている。
ひとり白い広間に残ったアッシュは大事にしていた首飾りを投げた己の掌を眺めて呟いた。
「それがどれだけ人間だった僕の心に響いたか……」
魔王城に戻りエリサはお気に入りの薔薇園の四阿でルークと話し合っていた。これまでの目が覚めてからの経緯を話し、これからの事を相談する必要があったからだ。
「まあ、そういう訳で、クウヤに話をして東漣国へ行ってくるよ」
「まさかとは思うが俺を置いていく気ではないだろうね?」
「……え? ルークはそこまでしてくれる必要はないよ。危険かもしれないし……」
深々とルークはため息をつきエリサを困った子供をみるように見つめた。
「俺はとても強くなった。君の力になりたいし、なれると思う。何度でも伝える」
「うん……ありがとう」
「それに、東漣国の首都は列島内にあり非常に強力な結界で守られているという。以前、首都訪問を依頼していた件で近日中に東漣国から使者が来ることになっている。どのように首都に向かうかはその後で相談しよう」
「分かったよ。ルーク。……ところで、なぜ以前、東漣国の首都を訪問したいとカレンに交渉していたんだ?」
エリサは気になっていたことが話題となったため、訊いてみることにした。
「ああ。以前より、時の魔法使いについて世界中のあらゆる書物を調べていたんだ」
「時の魔法使いの?」
「そうだ。残されている記述自体が非常に少ないのだが、気になる記載がいくつかあった」
「どんなこと?」
「精霊や魔法が生まれることになったのは、東漣国が理を書き換えたからだ、と。……そして、大いなる脅威が生まれそれと戦う定めを負った時の魔法使いがつくられた……と」
エリサは黄金龍のアッシュから言われた言葉を思い出す。
「そういえばアッシュは虚無から世界を護るために時の魔法使いが作られたと言っていた……また、時の魔法使いは理の中に組み込まれていない存在だとも……。始まりの地へ行けば全てが分かるのだろうか?」
「ああ……東漣国は世界最古の国家なんだ。昔からその王宮の地下には秘密が隠されていると言われていた」
「秘密?」
「ああ……太古の伝説級の魔獣が眠っているといったことや、一度使用するだけで世界を滅ぼす力のある兵器が隠されているなど……」
「それは、何だか怖いな……」
ごくりとエリサは唾を飲み込んだ。東漣国と言えば、今はカレンが主要な人物となっているようだった。
「カレンは国の王のような立ち位置なのかな?」
「ああ……あの国は共和制に移行したというのは形だけで、実際は強大な力を持つあの者が魔法使いたちから絶大な信頼を得て率いており全てを握っていると聴く。以前の権力者たちは全て粛清されたようだしな」
「……粛清……以前、カレンが東漣国の前の王、主座には予言の力がある者がなると言っていた。黄金龍やリュプスと関係があったのだろうか……」
黄金龍やリュプスも予言に近い力を持っているようだ。あらゆる出来事を記録し、あらゆる仮定を想定するような。黄金龍やリュプスの名前に対して、ルークは微かに嫌な顔をした。
(黄金龍はともかく、一緒に暮らしていた頃はリュプスとはそれなりに上手くやっているように思っていたのに……)
明日、エリサはクウヤに会いに行くことにして部屋に戻ると以前より気になっていた事をルークに訊いた。
「あの扉には鍵がかかっているんだが、何処に繋がっているのかな?」




