39 再会と黄金龍
エリサはルークが元のルークに戻ったことで安心して力が抜ける。よろけた身体を、素早く駆け寄ってきたルークに支えられる。
(時の魔法使いエリサの姿で再会してしまった……世界が滅ぶ確率があがるとリュプスは言っていたが……)
「ルーク! 大丈夫か!? 君も同じ世界を見ていたのか?」
「ああ、黄金龍の力だろう。違う人生を体験していたようだ」
「私が見ていない時間をずっとかい? それは大丈夫なのかい? ルーク」
先程の妄執に取り憑かれたような魔王の姿を思い出し、心配になりルークを観察するようにじっと見つめる。もし、過酷な人生を全て経験することになれば心身共に負担は相当なものだろう。
「どれほど酷い体験をしても今この場所にいれることを考えたら大したことではないよ。それに、今の俺を思い出したら体験した記憶も夢のように曖昧になった」
口元に微かに笑みを浮かべる姿はいつものルークのようである。ただ、サリーの時とは違い若干の気安さが生まれている気がするのは、エリサの姿に戻ったことによるものだろうか。
「ルーク。ずっと隠していてごめん。いつからサリーが私だと分かっていたんだ?」
「初めから」
「うん!?」
「君は不味いことがあるとまず下を向き目を左右に泳がせる。嬉しいことがあると跳ねるように歩き髪がふわふわと揺れる。哀しいことがあると長く目を瞑る……泣かないように。そして、俺の名前を君ほど優しく呼ぶ人はいない。他にも……色々ある。君が猫だろうと……例え無機物になろうと分かると思うが。まだ、言ったほうがいいか?」
「……イイエ、十分デス。……それなら、なぜ黙っていたんだ? 問い質せば良いじゃないか?」
「君に何か事情があるのだと思った。もし、明らかにすることで君が消えてしまう可能性があるなら、事態を把握してからにしようと考えたんだ」
ルークはそう言って、そっとエリサの手を取った。
「教えてくれ。エリサ。今何が起きていて何をしようとしているのか……」
「分かったよ。ルーク」
エリサは剣を手元から消すと話し掛ける。
「リュプス。話をしてくれ」
エリサの呼び声に強い風が巻き起こり巨大な白銀に輝く狼……リュプスが現れる。
「分かった。そなたも出てこい」
リュプスの呼び掛けに、何もない空間に突然一人の少年が現れた。エリサは目を瞠る。漆黒の髪に夜のように静かな瞳。
「君はアッシュ!? 何故、こんな所に?」
「やった! 覚えていてくれたんだね。僕はあなたに会ったことをきっかけにして、あれから暫くして己が黄金龍だということを思い出したんだ」
アッシュは生命の雫の首飾りを取りに行ったダンジョンで出会った、光の精霊の愛し子だった少年である。驚いたことに見かけはその時と全く変わっていない。
「君が黄金龍……」
「その者は我と対のようなものだ。我はこの世界の守護者でその者は記憶し導く者だ。世界に異変が起きている。我の予知では対応が難しい。理を知るそなたの叡智を借りたい」
リュプスの願いにアッシュは頷き口を開いた。
「分かった。君たちは資格を示した訳だし……」
「資格とはなんだい?」
「あの世界から抜け出せることだ。あれもあったかも知れない一つの世界。ここでは世界で起きているあらゆる出来事を記憶し、また、起こったかもしれないことも記録している。ここでは時の概念が曖昧で己と向き合えぬ者は世界に取り込まれてしまう」
エリサはその言葉を聴いて自分が考えていたより、危険な状況だったのではないかと身震いしてしまう。
「僕に言えるのは、クウヤという少年を連れて始まりの地へ行くことだということだけだ」
「クウヤを!? なぜ?」
「虚無が変異している。彼には虚無に対処する力があるのだろう。世界が転換点にあり、彼もまた重要な要素の一つのようだ」
「なぜクウヤには特殊な力があるんだ?」
「何かに異変があれば関連して多くの物事に影響があるものだ。なぜ、彼なのかということは僕には分からない」
(アッシュは……黄金龍とは何者なのだろう? 人間に生まれ変わっていると言っていた……たしかに出会った時はただの人間のように感じた。今はリュプスとよく似た気配を感じる)
「君は勇者になるはずだったと言ったが、黄金龍がいつも勇者となっていたのか?」
「そう、僕は魔王が現れた時に勇者となるんだ。魔王が現れない時はただの人間で光の精霊の愛し子として生きていく。黄金龍であることも忘れたまま……。魔王には分かるはずだ。僕たちは陰と陽、闇と光、決して相容れない存在だと」
ぴりりとした緊張感がルークとアッシュの間に生まれたようだったが、アッシュはふっと笑ってそれを打ち消した。
「ふふっ……魔王がうまれても勇者と戦わない人生があるなんて、エリサは規格外だな」
「お前はエリサをよく知っているようだがどこで会ったのだ?」
「前に命の雫の首飾りを取りに行ったダンジョンで助けたんだよ」
ルークの敵意の感じさせる眼差しと声音に、魔王と勇者というのは元々相容れない存在なのかと戸惑う。
「どうすれば世界の危機を回避できるのかは分からないのか?」
エリサの問いにアッシュは肩を竦めた。
「不確定要素が多すぎる。本来、虚無と時の魔法使いは理の中に組み込まれていない存在だったんだ。君たちが関わると、僕の叡智など黴の生えた書物のようなものさ」
「時間の無駄だったな……資格だなんだと大げさに試したにしては役に立たない」
ルークの吐き捨てるような言い草にアッシュは皮肉げに笑う。
「役に立たないのは君の方なんじゃないのか? エリサは虚無への対処で大変なのに魔王になって世界の危機ではないかと警戒されるなんて……」
何だか喧嘩になりそうな雲行きなので、慌ててエリサは話を遮る。
「そういえば、リュプスの時の魔法使いと魔王が対峙すると世界が滅びる確率が上がるという予知はなんなんだ?」
「それは真実の一つではある。だが、僕のこれまでの記憶や記録を含めて分析した所、君たち二人が揃わなければむしろ滅びる確率が上がると認識した。リュプスは虚無という存在に対処することに特化しているため、僕のように多くの情報を処理している訳では無い」
エリサの疑問に対し、アッシュが淡々と答える。
「……はっ……神を気取るわりにいい加減な話じゃないか」
ルークがどこか殺気さえも感じさせる圧を込めながら睨めつける。エリサは、ルークがリュプスやアッシュに対して怒っていることに気付いた。怒りと……殺意まで抱いているような……不穏な気配に戸惑いを感じる。
「まあ、取り敢えず、クウヤを連れて始まりの地へ行こう。ところで始まりの地とは何処なんだ?」
エリサは不穏な雰囲気を変えるように穏やかに話をする。すると、アッシュは微笑んだ。
「今の理が生まれた場所。東漣国の首都である京都さ」




