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時の魔法使いは眠りたい〜魔王や覇王や勇者になった弟子たちに執着されて眠れません〜  作者: 光流
第三章 魔法使いと黄金龍

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37 出逢わなかった君

「ルーク!」


 血や泥で汚れたルークの頬にれようとしてもさわれない。雨がルークの顔を濡らし、その瞳は絶望の色に染まっていた。


 ルークの隷属の首環は東漣国で使われていたものよりも特別で強力なもののようだ。エリサは以前に治癒魔法を作用させた時のように一縷いちるの望みをかけて解除魔法をかける。強い魔力に身体が熱くなり銀色の髪が浮かび上がる。と、キンと硬質な音がして隷属の首環がルークの首から落ちた。


 すると、ルークは瞳を開け素早く起き上がりエリサを鋭く見つめた。速い動きでエリサは腕を掴まれた。


「……お前は誰だ!?」

「ルーク。私は時の魔法使いエリサ」

「どうしてまた私を助ける? 何の企みがあるんだ!?」

「……ルーク。ただ君を助けたいだけだ。君に傷付いてほしくないんだ」


 雨が降り続き、ルークの頬を濡らしていく。


「以前もお前に会った。熱に浮かされた幻かと思っていたがお前は私の何だ?」


(ルークは私のなんだろう……深く考えたことはなかった。けれど……この絶望の色を浮かべているルークの力に少しでもなりたい)


「家族みたいなものだ。だから君を助けたい」


(これは幻覚なのか?……だが、この現実感はどういうことだろう……いずれにしてもルークを放置する訳にはいかない)


「家族だと?」

「うん」

「はっ……私の家族は互いに殺し合い、私は兄に奴隷に落とされたがな……何をもって家族などと白々しい戯言ざれごとを言う」

「……私はルークと小さい頃から一緒に暮らしていたんだ。今の状況はそのような過去と変わってしまっているようだけど。君を大切に思う気持ちは変わらないよ」

「狂ってでもいるのか? お前と共に暮らした事などありはしない」

「今はそうなってしまっているみたいだ……だけど、時忘れの森で私は君を助けて、君は私の弟子になり素晴らしい魔法使いに育っていくんだ」


 ルークの顔が痛みを堪えるようにゆがんだ。


 エリサはまた自分の服でルークの血や泥で汚れた頬を拭く。


 また己の身体がゆっくりと透き通っていくことに気付いた。魔法で何とかならないか試してみるが全く使えない。ルークの顔が焦りと絶望に歪む。


「行くな!! 行かないでくれっ」

「ルーク!」


 慟哭のようなルークの叫び声が響いたがエリサにはどうすることも出来なかった。



 また、場面が切り替わった。凛々しさを増した青年のルークが剣を一人の男の首元に突き付けている。


「何故、母を……何故兄を殺したのだ!? そして、なぜ私を奴隷に落とした?」


 問われた男は、ルークよりも年上でよく似た面立ちをしている。剣を突き付けられても泰然としており、どこか酷薄さを感じさせる眼差しでルークを見つめる。


「お前たちが弱かったからだ」

「何だと!?」

「我らの父は愚王だった。また、その次の王となるはずの我らの兄も愚王となる者であった」

「兄上は賢明な方で愚王などにはならなかった!」

「あれは心優しく、弱い男だ。この国は東漣国をはじめ強国に囲まれている。ただの男であれば何も問題はない。だが、あれは王になる者だったのだ。あの者が王になれば、この国は蹂躙じゅうりんされ国民は死にも等しい屈辱を味わうだろう」


 ルークはゆっくりと剣を振り上げた。エリサは側に寄りルークに触れようとするが触れられない。


(この世界はなんなんだろう? まるで違う世界線を見せられているようだ……けれど、時折、僅かに重なり合うことの出来る瞬間がある……)


「言いたいことはそれだけか……」

「お前ならば……その強さならば、この国だけではなく世界も手中に収めることもできるだろう……血塗られた道を行け。我が弟よ」


 剣が振り下ろされ、首が転がった。エリサは目を背けた。


「……お前は!?」


 目を瞑っていたエリサだったが、強く肩を掴まれ目を見開く。目の前のルークが動揺した様子で剣を手放すとエリサを抱え込み転移魔法を使った。


 現れた場所は何処かの大きな部屋のようであった。机や椅子や本棚、寝台などの家具が置かれ居心地が良さそうである。どこか今の魔王城のエリサに与えられた部屋に似ている。ただ、何重にも重ねられた結界が、この部屋に複雑に編み込まれていることに気付く。エリサであってもこの結界を破るには時間を要するだろう。


「時の魔法使いについて調べた。世界が危機となる瞬間に現れ、世界を救うとまた消える者だと。以前に現れたのは数十年前。それも伝承程度の記録だ」

「うん。私のことだ」

「お前が私の家族だと言うから……家を作った。私たちの家だ」


 そういうルークの瞳は取り憑かれたような尋常でない妄執の光を宿している。頬には返り血が飛び、手も血で汚れている。


「君とここで暮らしていくことは出来ない」

「なぜだ!?」

「私には世界を護らなければならない使命がある。今の君は小さな子供ではない。今の君は自由になっているだろう? 私と過ごした時間のない君でも大切に思う。けれど、私は私の世界を護らなければならない」


(きっとこの世界は黄金龍の力で見せられている世界だ。夢や幻覚か……もしかしたらもう一つの世界なのかもしれない)


「お前だけだ……」

「なんだい?」

「お前だけが汚辱に塗れた私の頬を拭った。再び会うことだけを支えに生きてきたのだ。今さら手を離すことなど許さない……」

「ルーク……」


 ルークがエリサの身体を強く抱きしめる。震えている。エリサは背中をゆっくりと撫でた。


「私は君の幸せをいつも願っている」


 エリサはルークの背中に回した己の手が透けつつあることに気付く。


「君は私の大切な人だよ」


 その呟きを言い終えぬ内に、腕の中のルークは消えてしまった。



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