幕間 夢で会う人
エリサが目を覚ますと階下ではざわざわとざわめきが聞こえる。
「おはよう、エリサ。まだそんな格好をしているの? 早く着替えてらっしゃい。今日は17歳の誕生日会よ。直ぐに皆が来るわよ」
「まあ、主役は最後に登場するものだからゆっくり準備しておいで」
(そうだった。……どうして忘れていたんだろう。今日の日のために皆を驚かせる魔法を考案していたのに)
慌てて自室に戻ろうとして振り返る。早く早くと急かす母と鷹揚に笑っている父の姿をじっくり見つめる。なぜか、どんな顔をしているのか気になったのだ。
「貴方はいつも悠長なことを言って……」
いつものように叱られ始める父の姿に笑みが溢れる。
両親が今日のために用意してくれたドレスに着替えたエリサは慌てて自宅の庭に飛び出す。真っ白なふさふさな毛をした大きな犬が駆けてくる。尻尾を振り回しいつものように飛びついてこようとするのを既に集まっていた友人たちが慌てて止めてくれる。
(シロ……そうだ。私には小さい頃からの相棒のシロがいつも側にいたんだった)
人がいっぱい集まってきたのでシロも興奮している。とても賢い子なので友人たちに止められるとエリサの脇に控えるようにお座りした。
「エリサ……可愛いっ! 綺麗ね」
「素敵、このケーキも美味しいわよ」
魔法学園の友人たちが次々に声を掛けてくる。学園で歴代最強の魔法使いと言われるエリサは、誰からも注目の的だった。けれどけっして遠巻きにすることなく、普通の少女のように接してくれる友人たち。
次々に贈り物を手渡される。エリサは甘いものが好きなのでお菓子等も多い。また、みんな魔法使いなので魔法で創意工夫を凝らした物を送ってくれる。
例えば噛んでも噛んでも味のなくならないガムなどだ。
「エリサ、キリヤはこんな物に凄く時間を使って魔法を考案したのよ」
「エリサが噛んでもずっと味の無くならないガムがあれば良いのになって前に言ってたんだ。だから作ってみた」
他にも魔法で作られた数秒だけ透明になることのできる魔法薬や、落とすと足が生えて自動的に戻ってくる筆記用具などを貰う。
みんな、まだまだ駆け出しの魔法使いで難しい魔法は出来ない。それでもそれぞれ独自の魔法を研究しエリサのために作ってくれた物で、とても嬉しい。
(私も今日は皆に練りにねった魔法を披露しよう。皆からの贈り物は、それぞれが時間をかけて私のことを考えて作ってくれている。私が皆のために作った魔法に驚き喜んでくれるたろうか……)
「エリサ……彼が来たわよ」
友人たちから肘で脇腹を突かれ注意を促された先には長身の優しげな顔立ちの男性が立っていた。
「エリサ。誕生日おめでとう。どんどん綺麗になるね」
恥ずかしげもなくそんな褒め言葉を言えるのは、彼がエリサより年上だからだろうか。幼なじみで婚約者の彼を見て思う。
(いつも優しくて怒った姿を見たことがない。彼には私は子供のように見えているのだろう)
手渡された花束に嬉しく胸が弾むも、お菓子の方が良かったと思ってしまう心はやはりまだ子供なのだろう。
「エリサ! 早く早く」
友人たちがエリサを呼ぶ。そろそろエリサの魔法をお披露目する時間だ。皆も楽しみにしてくれている。何と言ってもエリサはこの国歴代の魔法使いなのだから。
市販の普通の打ち上げ花火に着火する。パンっひゅるるる〜という音が空に上っていき夜空に花が咲くと同時にエリサは魔法を掛けた。一瞬の花火が夜空に広がった後、空一面に色とりどりの光のカーテンが広がる。そこから火花を舞い散らす不死鳥たちが現れ夜空を駆け巡り目を瞠るほど美しい飛翔を見せた。やがて不死鳥は小鳥となり、それぞれの寝床に帰るように見上げている人々の元に降りてくる。それぞれの手のひらや肩に降り立つと、小鳥たちは髪留めや飴玉、ちょっとした小物に変化した。贈り物のお返しである。
おお~っと皆から感嘆の声と嬉しそうな笑顔をもらう。両親も誇らしそうにエリサを見つめている。
「……やあ」
突然、背後から声が掛かった。後ろを振り返ると見たこともないほど端正な顔立ちをした人形のように美しい人がいた。金髪と飴玉のような金色の瞳。小説に出てくる王子様のようだ。
(こんな知り合い居ただろうか?)
その美しい人はとても哀しそうな顔をしている。
「君が眠ってしまって数日が経っている。すまない。こんなにも君がこの夢に囚われてしまうなんて思っていなかったんだ」
(彼は何かを言っている。けれど……両親や友人たちが私を呼んでいるから戻らないと)
「俺は君を連れ戻すために来たんだ。俺と一緒に帰ろう」
(この人は誰だろう? とても寂しそうで哀しそうで私まで胸が痛くなる)
「君がなくしてしまったものは、もう戻らない。けれど、俺が君の大切なものを見つけると約束しよう」
訥々と痛みをそっと押して確認していくように辛そうにその人は話す。とても気になって耳を傾けていると、後方の両親や友人たちが随分遠ざかっていることに気付く。エリサは思わず振り返り駆け戻ろうとするとその腕を掴まれた。
「行くな。行かないでくれ」
彼の震えるようなその声音とそっと優しく遠慮がちに触れる指。エリサはまじまじとその人を眺めた。
「ルーク? ああ、そうかここは夢の中なんだね。会いたい人に会える夢の中……。とっても懐かしい人たちに会えたよ。最後は君か……」
「君の夢に俺が出てくれば良いと思っていた……」
「うん? 出てきてるじゃないか。とても、いい夢を見れたよ。……そろそろ戻らないと」
エリサは遠くなっていく声の方を振り返り、二度と会えぬ人たちの顔をしっかりと眺める。心に刻みつけるように。
「君を傷付けることになってすまない」
「うん? 傷付いてなんかいないよ。私は愛は痛みだと知っている。なくなって痛くなるものが愛なんだ。だから、この痛みごと私は彼等を愛している」
「うん……そうか」
「そうだなんだよ」
「……一緒に帰ろう?」
ルークがそっと手を差し出したので、エリサは指を乗せた。すると、ルークは優しく笑ったのだった。
 




