30 魔王の驚愕
「ということだったんだよ。魔人は外見が成熟しないと精神の恋愛面での成長も止まってしまうのだろうか?」
ラファエルが帰ったあとにルークが部屋を訪ねて来たためエリサは相談した。
「そういうことはあるかもしれない。俺にも昔から身体の成長が止まっていた知り合いがいるが、同じように感じることがあった」
「そっかー……やっぱり影響はあるかも……」
(……あれ? 昔からの知り合いって私じゃないだろうか?)
「どうかしたのか? サリー」
「ううん、何でもないよ。ところで、シドとの話はどうなったんだ?」
「俺の力の影響について詳細を確認した。それから罰として隷属の誓いをさせた。君を傷付けたり、俺の命令に背くと死ぬ」
「えっ!? そんな、非人道的な……」
「そもそも人間じゃないからね。君は俺を優しい聖人だとでも思っているのかな? 俺は魔王だ。俺の前から消えた君の姿を思い出すと今でもあの男を八つ裂きにしてやりたい」
(……ルークはなぜかとても私を大切な者のように扱ってくれる。それはサリーをエリサとして見ていたとしても不思議だ。君にそんなふうに思ってもらえるようなことはしていない。命を助けただけなのに。君もカレンもそんなことに囚われてしまっては可哀想だ。君と時の魔法使いエリサとして向き合って色々と話がしたいよ)
「怒ってくれてありがとう。けどもういいんだ。私は大丈夫」
「君は自分自身をいつも軽んじている。それはなぜだ? 俺には君自身でも君を傷付けることは許せない」
「軽んじてなんかいないよ」
ルークは自分自身を落ち着かせるように息を吐いた。
「分かった。もうこの話はやめよう。……君が気にしていた西遊国の人々だが、東漣国や魔国の援助もあり復興への道筋が出来てきている」
「西遊国ってなんだっけ?」
ルークは愕然としたように目を見開きエリサを見つめた。エリサもその驚きをただ呆然と受け入れる。
「この間の死者たちにより被害にあった国だ」
「死者たちにより被害ってどういうことかな?」
ルークは数秒時が止まったように静止すると口元を手で覆い俯いた。エリサもルークが何か衝撃を受けたことは気付いたもののそれが何かが分からず困惑する。
「ルーク? 大丈夫かい? 具合が悪そうだ」
「ああ……何ともない」
そう言うルークの顔は蒼白で黄金色の瞳はぎらぎらとどこか尋常じゃない光を宿している。
「……クククッ……ハハハハッ」
「ルーク!? どうしたんだい?」
突然笑い出したルークに恐ろしくなりエリサは肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「そういうことか……。俺の愚かさに嗤っていたんだ。君の苦しみなど分かったつもりになっていただけだったと……」
反対にルークに肩を掴まれた。とても強い力でルークが動揺していることを伝えてくる。これほどに動揺して感情的になっているルークの姿は初めて見た。
「……ルーク! 何かが君を動揺させ苦しめているなら教えてくれ。話してくれ」
そう言うと突然強く抱き締められた。ルークの痛みが少しでも楽になるならとぽんぽんと背中を軽く叩く。幼い頃、眠りながら魘され悲鳴をあげていたルークにも同じようにしたことがあった。
「ああ、君が…………、……」
ルークの囁きは小さく独白のようでよく聞こえない。
「うん? なんて言ったんだい?」
「…………いいや、何でもない。……突然に悪かった」
やがてルークは顔を上げそっと身体を離した。
「今日は疲れただろう? もうお休み、サリー」
「うん? 本当に君は大丈夫なのかい?」
「ああ……大丈夫。そうだ、これを忘れていた」
そう言ってルークは液体が入った小瓶を取り出した。
「それは何?」
「今日の祭りの催しで問題を解いただろう? その景品だよ」
「けれど……あれはシドの策略で景品なんて無かったんじゃないのかい?」
「いいや、本当なら時計台で見つかるはずだった景品だよ。一夜薬と言って夢の中で最も会いたい人と会わせてくれる薬だ。魔人でこういった薬を作るのが得意な者がいるんだ。身体に害は全くないから安心して」
「へ〜!」
エリサは興味を惹かれた。何と言っても人々の誰よりも眠ってきた自負がある。
(私のためにあるような薬じゃないか……試してみたい)
「私が貰っても良いの?」
「ああ。サリーの物だよ」
「ありがとう」
そう言ってルークは扉へ向かうがエリサはやはり心配になりもう一度声を掛けた。
「本当に大丈夫? 今日は君の眠る側で待機していようか?」
「……大丈夫だ。サリー、君も疲れているはずだからゆっくりと休んで。お休み」
「……うん、分かったよ。お休み。ルーク」
エリサは出ていったルークを見送り、寝台に横たわった。手の中の小瓶を見つめる。中の液体は透明で普通の水のように見える。
(最も会いたい人とは誰だろう? 自分自身のことなのに誰が出てくるか全く分からない。他の人は誰が出てくるのか分かっているものなのだろうか……)
エリサは小瓶の蓋をあけ、そのままひと息に飲み込むと寝台に横たわり眠りに落ちていったのだった。
 




