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29 伝わらぬ想い

 ふーっと息を吐いたルークの肩の力が抜けるのが分かった。ルークは自分の目を覆うエリサの指を掴み握り込む。


「分かった……。この者の話をこう」

「ありがとう……ルーク」


 エリサは止めていた息を吐き、ルークの目を覆っていた手を離した。それからシドに向かい合う。


「シド、この場所に連れて来られる時に君の魔力に触れたせいか、ラファエルと君の過去を見たんだ。走馬灯のように。二人は幼い頃から知り合いで、シドはラファエルを守護する騎士だった。ルークに終わりにして欲しいと言ったが、何故今なんだ? 長い時を二人で生き抜いてきたのに、何か理由があるんじゃないのか?」


 言い淀むシドに対し、ルークが答えろと瞳で圧をかける。シドはようやく話しはじめた。


「ここ数年の間でボクの力は飛躍的に強くなっていった。そう……魔王様が現れた頃くらいからだ。そして、力だけではなく己自身が変質しつつあることに気付いたんだ。より冷酷に、より残酷に。どんどん大切にしていたものが零れ落ちるかのようにボクは欠けていく」


……ちらりとシドはラファエルを見て目を伏せた。ラファエルは顔を強張らせずっとシドを見つめている。


「このままでは、いつかラファエルも傷付ける時が来ると思った。これまで大切に護ってきたのに。ボク自身の手でむちゃくちゃにしてしまうくらいなら、自分自身を幕引きしてしまう方がいい……」


 エリサは邪狼が進化し異常なほど強くなっていた事を思い出した。


「ルークの力の影響なのか?」

「……ああ。そうだろう」

「どうにかならないのだろうか?」


 ルークに問い掛けると、表情なくルークはエリサを見つめる。その瞳の色は何かを問い掛けるような不思議な輝きを宿していた。


「ルーク?」

「……ああ。そうだな。何とかならないか調べてみよう。とりあえずはこれを着けろ」


 ルークは、シドに鋼色の腕輪を放り投げた。


「俺の魔力の影響を遮断できる魔道具だ。他の者にも配ろう。今回のことは彼女が止めるために命はとらぬ。だが、罰は受けてもらう。沙汰は追って伝える」

「はい…………」


「ルーク、シドがしたことは許されないことだ。けど、私はなんともなかったし、ラファエルもシドを庇っている。厳罰は望まない。それよりもルークが与えてしまっている影響の方が気になるよ。調べるのを手伝わせてくれ」

「……ああ。だが、シドへの罰は統治の問題だ。俺に任せてくれ」

「……うん」


「シド……私はずっと貴方をわずらわせて嫌われているのだと思っていました」


 口を閉ざしていたラファエルが意を決したように話し始める。


「君のことはずっとずっと嫌いだよ。このボクがどれほどの時間を君に囚われて生きてきたか……君はずっと少女のままだし、中身も成長しないし……」

「なっ!! 成長していないのは貴方では!? 私はずっとずっと貴方を心配していたのに。貴方はこんな……サリーや魔王様にご迷惑を掛けるなんて……」

「君はボクのことを全く見ていないと思っていたよ……」

「それは私のほうです。無理に護衛騎士にしてしまったせいで貴方は私に責任を感じ離れられないのだと……」

「護衛騎士になったのはボクの策略だ。君から離れなかったのもずっとボクの望みだよ」

「……シド」


 ラファエルが呆気にとられたように呆然とシドを見つめ、はっとしたようにサリーに向き直った。

 

「サリー、魔王様。この度はシドがとんでもない事をしでかし申し訳ありません。私の責任でもあります。このお詫びは必ず。それから、もし同じようなことがあれば私の命で償う事を誓います」

「分かった」

「って、命で償っちゃだめだよ!」


 淡々とした二人のやり取りに対してエリサは突っ込みを入れる。


「お願いだから皆簡単に殺してくれとか命で償うとか言わないでよ。長い時を生きていても、短い時であっても、大切な命なんだ。簡単に死なないでくれ」


(ただでさえ……皆、私を置いてあっけなく逝ってしまうのに……)


「……サリー。分かった。だから、そんな顔はしないでくれ」


 そっと、ルークの手がエリサの頬にふれるか触れないかという距離でかすめ、直ぐに離れた。


「ラファエルはサリーを連れて魔王城へ先に戻れ。サリー、俺は後から行く。疲れただろう? 休んでいてくれ。安心してくれ。あの者を殺しはしないから……」


 エリサの不安そうな眼差しに気付いたように、ルークは最後に付け加えた。次の瞬間に、ルークの魔法でエリサはラファエルと共に魔王城に転移していた。


 ふーっとエリサはため息をつく。あの場にあの二人を残して大丈夫だっただろうか?


「ラファエル。もう少し話を聞かせてよ。私の部屋に行こう」



「ここが?」


 ラファエルがエリサに与えられた部屋に入り驚いたように辺りを見渡した。


「庭に出よう。気分が落ち着くんだ」


 庭へ続く扉を開けて薔薇園に案内するとラファエルはもっと驚いていた。真ん中にある四阿あずまやの椅子に二人で腰掛ける。


「この度は、申し訳ありません」


 と、今にも死にそうな顔でラファエルは謝罪する。


「もうやめてよ。ラファエルは何もしていない」

「けれど、私のせいです」


 消え入りそうな声で小さな女の子のようにラファエルはつぶやく。


「ラファエルはシドのことをどう思っているの?」

「え!? ……はい。シドが昔のことを忘れずまだ護ってくれていたと知って嬉しいです。ただ、私のことは嫌いだと言っていたけれど……」


 ラファエルは白い滑らかな頬を微かに赤らめ言ったあと、哀しそうに唇をきゅっと噛む。


(あれ? さっきのシドの話だとラファエルを好きで好きでたまらないってことじゃなかったかな?)


 改めてラファエルをまじまじと眺める。十代半ばの少女に見えるが長い時を生きてきたと言っていた。


「ラファエルはシドを好きではないのかな?」

「……ずっと人間だった頃から兄のように思っていました。私は闇の精霊の愛し子として疎まれ、そして弱かったから虐げられいつも泣いていました。同じ闇の精霊の愛し子なのに周囲を睥睨へいげいし誇り高く生きる彼に憧れていました」


 訥々とつとつと大切な宝物を見せるようにゆっくりと話をするラファエルにエリサは生温かい笑みを浮かべた。


(う~~ん、これはシドの煮詰まった想いは伝わっていないようだね。それで見かけも中身も成長しないと言っていたのか……。たしかに、ある意味生殺しだね)


 幼さは残るものの美しさに輝く少女を見てエリサはシドに同情した。


「私はシドのようにずっと強くなりたかった。けれど、本当の彼の姿を見れていなかったのかもしれません……そして、私はまだ弱いままです」


 哀しみに溢れた透き通る蒼い瞳が白い薔薇の花を映す。


「私から見たら君は十分に強いよ。今日も私をシドから守ろうとしてくれたし、シドを魔王様から庇っていたし、この間は夜道を送ってくれたしね」

「……そんなこと」

「傷付かない強さなんて傲慢と同じだと私は思う。傷付いても頑張って誰かのために行動している君の強さが好きだ」

「サリー……」

「それを弱さだと誰かが言うなら弱いままで良いよ。今のラファエルがとても好きだよ」

「……ありがとう」


 蒼い瞳から零れ落ちる涙は宝石のようで、エリサは思わず手を伸ばし頬にそっと触れると、その宝石は熱く指先で溶けたのだった。


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