26 魔王と祭典
「う~~ん、暇だ……」
思わず窓を眺めぽつり呟いてしまう。既に数十日の時が経っている。魔王城は広いが掃除は行き届いておりルークも身の回りの事は全て一人でしてしまうし特にすることがない。むしろ油断しているとルークがエリサの世話をしようとする程である。魔王城も探検し尽くしてしまった。
ルークは魔導具を作っているか、遠隔でどこかの書籍を読んでいるか、念話で部下と話をしているかそれなりに忙しそうである。側にいてくれと言われているので日中は近くに居るものの、特にエリサに出来ることはない。思い付いて何か探し物があるなら遺跡に潜って探してくるよと、名案とばかりに言ってみたのだが、笑いながらも笑っていない目で側付きにしたのは君の監視が目的だと忘れたのかと言われてしまった……。そのため、魔王城の外には出れていない。これは、ある意味、軟禁ではないだろうか。まぁ、間者の疑いを掛けられている訳だから仕方ないのだが。
だが、そうはいっても間者の疑いのある者への扱いではない。側付きの使用人の扱いでもない。至れり尽くせりなのだ。
今も目の前にとても美味しそうな果物がたっぷりのったケーキや胡桃の入ったクッキーやとろけるほど柔らかいチョコレートが並んでいる。ルークはエリサに色々な物を与える。あの部屋の衣装の数々も全てエリサが着て良いようである。いくら魔王様になったとはいえ、側付きにそんなに買い与えていたらお金がいくらあっても足りないのではないか。そういえば、ルークは生まれも王子様だった。エリサとは金銭感覚が違うのかもしれない。驚いたことにこの魔王城はルークとエリサの二人だけしか住んでいないのだ。
(もったいなさすぎる。今思えば、時の魔法使いの家はちょうど良い大きさだった。庶民の生まれの私には)
エリサの呟きを聞いていたのか衝撃を受けたようにルークは立ち上がった。だが直ぐに何事もなかったかのようにいつも通りの笑顔を浮かべた。
「サリー。どこか行きたい所ややりたいことはあるのか?」
「うん? 行きたいところ?」
そういえば時の魔法使いになってからは眠ってばかりで買い物や世界の危機に対処する以外で何処かに出かけたのはルークとの一度だけだったと思い出す。
「……お祭り」
「分かった」
思わず出てきた言葉にルークは真剣な顔をして頷き、直ぐに戻ると言い置いてからどこかに行ってしまった。
それから数日が経ち、エリサはルークと魔王城から出て魔都の中心部を歩いている。ルークは仮面をつけフードを被り二人ともに存在を希薄化する魔法までかけている。
魔都は花弁が空から撒かれ、音楽が鳴り響き、花火まで上がっており盛大な祭りの真っ最中である。
「おい。これから広場で有名な興行団が催しをするらしい。どうやらタネのない奇術らしいな」
「それは魔法とはどう違うんだ? あちこちから有名な興行団が集まってきている。この祭りで魔王様から選ばれた団体には特別な褒美が貰えるらしいぜ」
「魔王様の力で今日だけは魔素を中和させて普通の人間も入れるようにしたって言うじゃないか。粋なことをやってくれるぜ」
広場では多くの人々が集まっている。劇や奇術、大道芸に皆が夢中で見入っている。
「今日は何のお祭りなんだい?」
「……うん。今まで魔国には祭りがなかったから作ることにしたんだ」
「それは良いね! 私も今まで一度しか祭りには行ったことが無いけれどとても楽しかった思い出があるよ」
ふとエリサは何かが気になり辺りを見渡すと大人や子供たちが走り回り何かを探している。
「特別な隠された品々が何処かにあるらしい。それぞれ問題を探して見つけたら貰えるらしいよ」
「面白い。あっちでは魔都一の店の食事券が見つかったらしい」
「別の場所ではどんな奴でも魅力三割増しになるっていう魔法のかかった香水があったらしい」
「なんだと!?」
「お菓子が欲しいー」
人々は楽しそうに大騒ぎしている。何だか面白そうな催しだ。エリサも気が引かれてそわそわしていると、ルークは悪戯っぽく微笑んで参加してみるか?と誘ってくる。
「うん!!」
「どこに問題があるんだろう……」
「報告ではこの催しは魔王軍が主催していると聞いたが……」
「なんだって!? ずるはいけないよ。君は答えを知っているの」
「いいや。何も知らない。問題がどこにあるかすら知らない」
頭を悩ませつつきょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていると、頭上に風船がふわふわと幾つも飛んでいる。薄い水色の風船にエリサは気になることがあり、高く跳躍すると素早く割る。
「どうしたんだ!?」
「中に紙が入っているのが見えたんだ! やった!! これが問題だよ」
ひらひらと一枚の紙片が落ちてきた。エリサはさっそく紙を広げてみせた。そこにはこう書かれている。
【私は誰よりも早く朝に接吻し、誰もが私を見上げ必要とする。私は刻み導く者】
「うーん、うーん」
きょろきょろと彷徨く人々と同じようにエリサも辺りをうろうろして見渡す。
「見上げるということは高い所に関係があるのかな」
ルークの言葉にエリサは空を仰ぐ。高い建物は魔王城と城壁近くの見張りの塔と東にある時計台だ。
「時計台だ!」
思わずルークの手を引いて走り出す。魔法を使ってひとっ飛びで飛んで行きたかったが辺りに空を飛んでいる者もおらず、魔王様を目立たせる訳にはいかないだろう。
時計台まで辿り着き、螺旋状になっている階段を強化魔法を使って一気に駆け上がる。最上階に窓がありそこから外に出られるようになっており狭い通路があった。通路を行くと頭上に大きな時計が見える。時計の針の隙間に紙が挟まっているようだ。
「えいっ!」
一瞬、浮遊魔法を使い浮かび上がると紙をつまみとった。ルークに近寄り二人顔を寄せ合い紙を開いて文字を確認する。