22 夜と黒猫
エリサはひとまずこの結界をかけられた部屋から抜け出ようと思った。そのため、サリーの姿そっくりの写し身を椅子に座らせる。魔力節約のために眠らせておくことにする。
『また変装する必要があるね』
『そうだな。元のお前から想像つかない姿になってしまえ』
エリサはふとクウヤの可愛い犬耳と尻尾を思い出した。くるんと空中で一回転し変身する。
『これでどうだろう! 種族は猫で性別はオスだよ』
『うむ。それなら完璧だな』
全身も真っ黒にした。後ろ足で立ち上がり己の前脚をまじまじと眺め、後ろを振り返って尻尾も眺める。問題なく夜のように真っ黒だ。これなら闇に紛れられるだろう。
『二足歩行になるやつがあるか! 長靴でも履くつもりか!』
『今だけだよ。長靴なんて履かないよ。何を言ってるんだ? それより、早く助けに向かおう』
『ああ、魔王軍も続々と救援に駆け付けているようだ。そこら中で転移魔法が使われている』
『そうか……良かった! それであれば直ぐに解決するかな?』
そうしてエリサは黒猫の仔猫となって、リュプスの指示する座標に転移をした。
『……これはなんだ』
エリサは上空から眼下に広がる光景に呆然と呟いた。燃え盛る蠢く死者たちが大地を埋め尽くす様はまるで地獄のようである。
『なぜ、こんなになるまで気付かなかったんだ!? 時の魔法使いは世界の危機を止めるために存在すんじゃないのか! なんのために私は……』
『エリサ。あれらは只の死者だ。だから気付かなかった。だが、あれらは虚無の欠片が影響している。……まるで虚無が狡猾に策謀したかのように密かに事態が進行したようだ』
『虚無は現象ではないのか!? まるで人間のように企む意思があるように聞こえるが?』
『虚無とこの世界が接して以来初めての出来事だ。……おそらく虚無が変異していると考えるべきかもしれない』
エリサは眼下の壁上の魔法使いや兵士が戦っている姿を注視していると、一人の兵士が今まさに死者に斬られかけている姿を目にし降下する。
『エリサ。魔法は極力控えろ。眠りにつくほどの回復が必要となれば目が覚めれば世界が終わっている事態もあり得る』
『そんなことを言われてもこの事態だ。魔法を使わない訳にはいかないだろう』
死者がまさに兵士の頭を真っ二つにしようとしていた刀に着地し向きを反らしたエリサは猫の身軽さを利用して一回転し地面に着地した。壁上の死者たちは全て火魔法で燃やし尽くし灰にする。
兵士は腹を刀で貫かれ全身に火傷を負い特に右手は黒く炭化している。これほどまでになりながらも戦って守ろうとしたのかと込み上げる思いがあり、癒やしの魔法を込めて兵士の身体に前脚を押し当てた。兵士は驚いたようにエリサを見下ろしそのいかめしい顔にふっと優しい微笑を浮かべる。
「みゃあ」
(命をかけて戦ってくれてありがとう)
エリサは壁下の死者の大軍を見据えると、空に向かって駆けていく。魔力で死者たちを探るとどうやらどこかから力が供給されているようである。それで死者でありながら動き続けることが出来ているのだ。そうであるならば元を断てばこの膨大な死者全てと戦う必要はない。
エリサはその魔力を辿りながら空を駆けていくと地上を疾走する犬耳を生やした少年に気付いた。
(あれはクウヤじゃないか……。魔王軍に入隊したばかりで戦場に連れて来られたのか?)
何故か向かう方向がエリサの感じる魔力の源の方向と同じである。
『クウヤ』
「サリー!?」
念話で話しかけるとクウヤはスピードを落とさず走り続けながらもきょろきょろとあたりを見渡した。
『念話で話しかけているんだ。何故ここにいるんだ?どこに向かっている?』
「魔王軍の本隊とともに合格者も希望者は共に来ることとなったんだ。サリーこそいきなり居なくなるから心配した。凄く気になる力を感じるんだ。そこへ向かっている」
たしかにあたりは魔王軍の者だろう黒装束の者たちが死者と戦い始めていた。
『諸事情があって姿を隠している。共に行こう。名前もサリーと呼ばれるのはまずい。クロとでも呼んでくれ』
ちょこんと走るクウヤの肩に着地する。クウヤは動揺したように身体を揺らすが落とさず黒猫を支え走り続ける。
「サリー!?」
『クロだ』
「あーっ!もう!! あとで説明してくれよ!」
「みゃあ」
多くの死者の動きはそれほど素早くないため、クウヤの敏捷な動きで死者たちを避けながら走り続けた。やがて小高い丘の上に辿り着くと大きな大刀を持った巨大な真っ白な死者がそこにいた。クウヤの倍ほどの背丈はある。
その大刀を振りかぶり巨体から想像できないほどの速さで迫ってくる。エリサはクウヤの肩から飛び上がり魔法を纏わせた前脚で死者の頭部を殴りつける。魔法で全身を燃やし尽くすはずだったが何かの力で打ち消された。クウヤも刀を身を低くして躱すと足払いをかける。死者は軽く飛び上がると反対にクウヤを蹴り飛ばした。覚えのあるぞっとする感触にエリサは念話を飛ばす。
『虚無の力を持っている』




