21 砦の防衛戦
日が落ちるとシモンの言う通りあの大軍の行進のスピードが一気にあがった。避難民の中でも戦える者は壁の上に配備し弓矢を装備している。矢が届く距離になれば矢に炎を纏わせ放たせる。
魔法使いを一定の距離に配置し周りを腕の立つ者で守護する。ラムザも一人の魔法使いの近くに立ち、死者の大軍を見つめる。
「腕がなりますね、ヒヒヒ。最近、戦もなく退屈していたんでね、ヒヒヒ」
ラムザの近くにいる魔法使いの女ヒグラシが痩せ我慢でなく言う。偏屈な奴だがこんな状況下でも余裕のあるようで助かった。この砦では最も魔力を有する魔法使いである。
遠隔魔法が届く距離にやつらが近付いてきたため、ラムザは合図をする。ヒグラシの放った広域の炎の魔法が夜空を貫いて飛んでいく。壁の上に立つ他の魔法使いたちも次々に炎の魔法を放った。夜空が一瞬明るくなり、地上を埋め尽くす死者の群れに背筋が凍る。
だが、地上にあちらこちらで着弾した魔法により炎が死者たちに燃え移っていく。
「あれらが先にやってきます」
シモンが指差す方向に目を凝らすと暗闇の中、大軍を後ろに置いて凄まじい速度でこちらに向かってくる個体が何体か目に映る。ラムザは石に藁を巻き油を染み込ませた物に松明で火をつけこちらに向かってくる個体に魔法でぶつけていく。ラムザは風魔法に適性はあるが火魔法はそれほどでもない。こうすれば魔力は節約できる。
そうして何体か撃破できたが、巧みに身体を反らし投擲を避けながら壁をよじ登ってくる個体がいる。ラムザは合図を出し次々に壁上から油を流し火をかけた。
「わりぃな。こっちの国は火葬なんでね」
壁下には落下した特殊個体たちが燃え上がり煙で視界が悪くなってくる。ラムザは魔法使いたちに炎の遠隔の魔法の指示を出しながらも壁下に目を凝らし投擲していく。ふと、殺気を感じ身を引くと壁上に一体の真っ白な人間が立っていた。それは、いつよじ登ってきたのか目にすることすら出来なかった。屍蝋化したそののっぺりとした顔の瞼が開きその紅い瞳に凄まじい悪意が滴る。
ラムズはぞっとした悪寒を感じるや否や反射的に剣を振り上げていた。と、その死者は驚くほどの速さで斬り掛かってきたが脳天に刃物が直撃する寸前で受け止めることが出来た。
「離れていろ!」
ヒグラシにそう声をかけるが、奇声を発しながら近くで遠隔魔法を撃ち続けている。ラムザは己の剣に火魔法を付与し、相手の剣を弾きそのまま顔面に突き刺し燃やし尽くした。
「蝋なら燃えやすいだろ……。火魔法は体力使うから使いたくねえんだけどな……」
どれほどの時が経っただろうか……祈るような気持ちで日が昇るのを待ちわびている。ラムザは特殊個体たちを相手にしながら剣を持つ手が痺れてきたことに気付く。大分前から目眩もするようになり目も霞む。魔力切れだ。壁の上はまだ何とか持ち堪えているが、ラムザと同じく皆限界に近いだろう。
ヒグラシも笑い声をあげずに静かになってきた。それでも血反吐を吐きながら魔法を放っている。魔力の高いヒグラシに対し多くの特殊個体が集まってきているようだ。シモンもよく援護をしてくれていたが魔力切れで先ほど昏倒してしまった。
魔法で燃え盛る大地の上を徐々に押し寄せてくる死者の大軍に目をやり、世界の終わりとはこのような光景なのかと思う。また、目の前の壁の上に白い死者が立つ。ラムザは剣に炎を纏わせる魔力もなくなったため、火をつけた藁を握りしめ拳を叩き込む。
「うおーっ」
何とか燃え盛る死者を蹴り落とし、顔を上げると目の前に白い顔があり、にたりと笑った顔と目があった。腹に衝撃を感じる。松明に己の手を突っ込みその燃え上がった拳でクソ野郎の顔を殴った。首が壁下に飛んでいく。身体はそのまま体当たりで突き落とした。腹が熱い。また、目の前に白いやつらが立っている。……ラムザは己の腹に刺さった剣を引き抜き目の前の死者に斬りつけようとしたが、腕があがらなかった。目の前に迫ってくる刀をゆっくりと目で追う。
その時、目の前の刀の上に何かが着地した。
「にゃっ」
それは可愛い鳴き声を発するとくるりと空中で一回転する。すると目の前の死者たちが盛大に燃え上がった。ラムザはその光景を呆然と眺めるもとうとう力尽きその場に崩れ落ちた。その真っ黒な小さな猫は銀色の瞳から涙を落としながらラムザに近寄ってくると腹にその小さな肉球を押し当てる。
不思議な温かな力のようなものが身体に満ち、ラムザは死の腕から逃れたことを知った。
「みゃあ」
なにか物言いたげに切ない表情を浮かべている気のする黒い仔猫は小さく頭を下げるような仕草をして鳴いた。
そしてその黒猫はもうラムザを振り返らず死者たちの大軍に向かって空を駆けていく。夜の闇に真っ黒な毛並みは紛れながらも銀色の瞳とそこから零れる涙は燃え盛る地上の炎や月光に照らされきらきらと輝いている。
夢をみているような心地でぼんやりと空を眺めていると、壁の上に黒い装束の仮面をつけた男が現れる。死神のようにどこかぞっとするような禍々しさを感じ刀に手を置くと男はふとこちらを見たようだが、直ぐに興味をなくしたように空飛ぶ黒猫を見つめ、ふっと消えてしまった。
「ここで食い止めろ!! 我々の国に居る家族を思え!! 死者は清浄の炎で焼き尽くせ!!」
勇ましい掛け声と共に地上を不死鳥が飛ぶように紅蓮の炎が広がっていく。救援が来てくれたようだ。
「……どうやらお日さんは拝めそうだ」




