18 魔王と覇王
次の日の早朝、合格者たちは寮の近くの広場に集められた。どうやら兵士たちの訓練場となっているようだ。クウヤはエリサに寮を出た所で直ぐに近づいてくると話しかけてきた。
「サリー。昨日のことは誰にも話さない。だけど俺に何をしたのか詳しく教えてくれ」
「分かったよ。また後で話そう」
うん、とクウヤは小さく頷きエリサを見て微笑む。ぱたぱたと尻尾が振られており何だか仔犬に懐かれているようで可愛い。合格者たちの中には、あの全身甲冑の女性はいなかった。魔国に潜入するために受験者に紛れ込んだのだろうか。そこにラファエルが現れた。サリーと目が合うと軽く目礼したようである。
「皆さま、これから魔王城広場へお連れします。案内に従って動いてください。危険な場所も存在するため、勝手に動かれては命の保証は出来ません」
ラファエルは淡々と合格者達に注意事項を話し、転移魔法で移動する。
サリーは移動魔法の座標が魔王城の正面の広場に設定されているのを確認し、自分だけ魔王城の中の最上階に転移するように操作する。
(気付かれた時は転移した場所が違ったとしらばっくれよう)
魔王城といっても内部の設えは高級感溢れる調度品が置かれており他の城と大差ない気がする。エリサはおどろおどろしい様子ではなく安心する。
長い廊下には幾つかの扉があり、おそらく寝室だろうと推測する。魔力の気配を探ると2階に強い魔力を持つ者たちが集まっているようである。エリサは気配を消し姿を見えなくしその場所に転移した。
「我々は誠意を尽くしている。そちらがそれに応える気が無いのであればこちらも相応の態度をとるが」
凛とした声に聞き覚えがある。真っ赤な夕日のような長い髪の毛が特徴的な長身の美女が席から立ち相対する者に対して威圧するように声を張り上げていた。
対する者は顔の上半分を黒い仮面で覆っている。金髪に黒い装束のその者の持つ魔力は尋常ではない強さだ。
「相応の態度とは?」
馬鹿にしている訳でも無く何の関心も無さそうにその声音には感情が乗っていない。だが、エリサはその者を見て心が動くのを感じる。
(ルークだ! 立派になって! すっかり一人前の大人じゃないか!)
「力には力で対抗するということだ。東漣国は共和制となりこれまでとは違い国民に対し圧政を敷いてはいない。だが、強制的な徴兵がなくとも既に軍属の魔法使いの数と力はそちらの魔人には引けを取らないだろう。我が国の首都を明け渡せ等と何の理由もなくきけるはずはない!」
「……首都の王宮のみで良い。中を調査させて欲しい。それにあたり首都全域に何らかの影響が出る恐れはあるが」
「なんだと!? 迷いの森では魔獣に異変が起きていた。西方では死者の行進が見られるという……各地の異変は貴様のせいではないのか!!」
ルークと女性との二者会談のようである。話の内容はよく分からないが……。
「それに東漣国の事は私の一存では決められない。評議会に掛けなければならない」
「そんな話は誰も信じない。一夜にして東漣国の首座や幹部を粛清し、周辺国も統一した紅蓮の覇王よ。貴方が崇拝者に囲まれ全てを手中に握っているのは有名な話だ。下らない駆け引きは時間の無駄だ。その覇王が直接乗り込んできたのは何か意図があってのことだろう?」
「……私はある方をずっと探している。東漣国などどうでも良い。私の忠誠はその方のみに捧げている。その方に繋がるほんの僅かな情報も血眼になりながら集めてきた。魔王よ。お前は時の魔法使いと暮らしていたことがあると言うのは本当か? あの方に二度助けられ二度とも見失った。もう一度会えるのであれば悪魔にすら魂を売るだろう」
エリサは思わず息を飲んだ。話の内容に驚いたこともそうだが、女性の正体について気付いたためである。あの女性は昨晩甲冑姿でエリサを追い掛けてきた者であり、過去何度か関わった少女カレンである、と。カレンはすっかり大人の女性となり身体も長身でありながらも肉感的な迫力のある美女となっている。カレンは突然現れた大刀を掴むと瞬く間にルークに近付き首元に大刀を突き付けた。
「貴様はあの方をどうした!?」
「あの方とは?」
「時の魔法使い……エリサだ」
ひっと思わず声を漏らしてしまった。……と、その気配に気付いたように二人が一斉にこちらを見る。
(怖い!! 大丈夫……大丈夫。この透明化の魔法は簡単にはばれないはず)
二人は幼い頃から見知っているはずなのに、まるで全く知らない者のようでエリサは混乱した。
目にも留まらぬ速さでカレンは目の前に現れた。転移魔法かと思ったがどうやら身体能力が並外れて高く尋常でない速さで動いているようだ。見えぬはずなのにエリサの目の前に立っている。
「……この香りは?」
呟きが聞こえたかと思うと、がしっとエリサの肩を鷲掴みされた。
「ひっ!!」
『転移魔法で逃げろ!』
ルークとカレンから同時に魔法の無効化と拘束の魔法が飛んできてエリサは無様にその場に現れると見えない透明の紐に雁字搦めに縛られたように転がった。
「うう……痛いよー」
エリサは呻き、芋虫のように身体をもぞもぞと動かしながら見上げるとこちらを見下ろすルークとカレンがいた。