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17 月下の散歩

「何者かに追われていませんでしたか?」

「うん。何だかよく分からない人に追いかけられたんだよ」


 蒼い瞳に心の内を覗き込まれるように見つめられ、エリサは答える。


「貴方は合格者でしたね? 私は試験監督をしていたラファエルといいます。怪我はありませんか?」

「うん。大丈夫だよ。私はサリー。もう寮に戻るよ」

「送っていきましょう」

「一人で大丈夫。君も、もう遅いし早く帰った方が良いよ」


 十代半ばの少女に送らせるのは、と断ると、ラファエルはくすりと小さく微笑う。


「私は魔人なのです。人間よりはるかに長い時を生きている」

「魔人? 初めて見たよ。人間とは違うの?」


 エリサは少し親近感を持って美しい少女ラファエルを眺める。


「魔人も元は人間です。闇の精霊に愛された人間は人の枠を超えてしまうことが多い。力も寿命も……」


 ルークと同じ闇の愛し子と聞きエリサは驚いた。たしかに……かつての魔王は闇の精霊の愛し子だったとは聞いたことがあるけど、魔人までそうだったのかと。


「ですから、何も心配する必要はないのです。私はこれでも魔王軍の幹部の一人ですから。それより、サリー。魔人の中にはたちの悪い者もいる。貴方の方が心配なのです。送らせてください」


 魔王軍の幹部はこんなに可愛くて良い子がしているのか……と衝撃を感じつつ、二人で月明かりの下を連れ立って歩き出す。


「君は魔王と会ったことがあるの?」

「はい、あります」


 未だにルークが魔王というのは何だか間違いなのではないかという気がしている。だが、こんな少女が幹部ならばルークが魔王というのは案外釣り合いが取れていてあり得るのかもしれない。


「魔王はどんな人なんだ」

「……とても恐ろしい者」


 ラファエルの呟きに、エリサは思わずまばたきをした。記憶にあるルークにはそぐわない形容だ。


「彼は己の願い以外は全てどうでも良いと思っている。人間には雑念が多く何かを思い詰めても成し遂げることは難しい。彼にはそれがありません。出会った瞬間から今この時までただ一念を持つのみなのです」

「それはどんな願いなんだろう……」


(世界征服などという願いだったらどうしよう)


 エリサはルークがどこかの国の王族だろうと気付いていた。だが、ルークにどのような野望があろうが、時の魔法使いとしては関与するつもりはなかった。仮に彼自身の力で国を滅ぼそうが加担はしないが止めるつもりはなかった。


「はっきりと聞いたことはありません。ただ……彼はその何かのために全ての行動を取っているのです。私は魔人として人から逸脱してしまってから息を殺すように人間の間で隠れて暮らしてきました。魔王様は私たち魔人にとっては力の源。側にいるだけで力を与えられる。でも、そうでなくとも彼の執念のような思いが私には驚きでまぶしいのです。魔王様の願いを叶えるために忠誠を尽くすつもりてす」

「そうか……」


 こんな部下が側にいてくれて良かったとエリサは思った。だが、それほどまでに思いつめるほどの願いとは何だろう?それがリュプスの言う世界の危機に繋がるのかもしれない。


「魔王はなぜ魔界で建国したんだろ? どこかの国の王族ではなかったのかな」


 驚いたように瞠目どうもくしたラファエルにエリサは失言したかと焦る。


「魔王様は人間界ではロアール帝国の王でもあります。6年前、正統な王位継承者をおとしいれ王位を簒奪さんだつした者を討ち王となられたのです。とても有名な話です。ロアール帝国の民は度重なる戦争に疲弊しており魔王様を歓迎しました」

「なんだって!?」


(もう既に国の王となり復讐を果たしていたとは驚いた。いかにルークが優秀だろうと仕事が早すぎやしないか。そういえばリュプスがルークは祖国を滅ぼしたといっていたか……)


「ロアール帝国はどうなったの?」

「今も同じ場所にあります。魔王様が普段は魔国に居ながら統治しているのです。ロアール帝国の魔素に対応できた人間で希望する者も移住してきています。サリー。魔国は戦争を繰り返していた人間の国々と比べてもとても良い国。貴方が長くこの国に居てくれることを望みます。魔界は魔素が身体に合わなければ住めない。来てくれる人間は貴重なのです」

「うん。ありがとう。魔界と言っても魔素が少し濃いくらいで街並みなどは他の人間の国と変わらないね」

「商業も栄えており、またそこら中で魔導具を活用しているので生活もとても便利です」

「へー。魔導具」


(魔導具作りが得意だったルークが関わっているのだろうか)


 思わず家にある魔導具を思い出し笑みがこぼれる。


「サリー?」

「ううん、何でもないよ。魔導具がどこで使われているのか探してみるよ」


 ラファエルは少し躊躇ためらってから意を決したようにエリサを見つめる。


「とても美味しい食べ物も多いのです。市場も楽しい。今度一緒に行きませんか? 魔王軍には女性は少なくて、サリーと出かけたり出来たら嬉しい」


 少し緊張したように顔を赤らめるラファエルはとても可愛らしかった。


「うん! 一緒に行こう」

「ありがとう。サリー」


 寮についたのでエリサは見送りの礼を言って寮に帰っていった。少しその場に佇んでいたラファエルだったが屋根の上に気配を感じ取り警戒した表情を浮かべる。


「魔王軍の幹部が友達でもつくる気なの?」

「シドに関係ない」


 長身の柔らかな印象を与える美形の男性が笑顔を浮かべふわふわと宙に浮きながら声をかけてくる。


「関係あるよー。ラファエルのことだもん。ボクも君の友だちになる子は気になるよー。気に入らなければ殺しちゃうかも」

「やめて」


 ラファエルはシドを睨みつけ、うんざりしたように吐き捨てる。シドはにこにこと笑顔を浮かべたまま、ラファエルに近寄っていく。白い髪は月光にきらきらと輝きとても優しげな表情を浮かべている。だが、その瞳は獲物を甚振いたぶるような無邪気で酷薄な色をしていた。


「サリーを傷付けたら許さない」

「許さないってどうするの? ボクを殺す?」

「嫌いになる」


 そう言ってラファエルは転移魔法でその場からかき消えた。


「可愛いんだから……」


 シドは微笑を浮かべつぶやくと、意味ありげにある窓を見上げた後ラファエルと同じようにかき消えた。



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