15 邪狼の襲撃
『これが邪狼? 魔獣というには強すぎるんじゃないか?』
『たしかに……何かがおかしい』
魔力を伸ばし気配を探ると、そう遠くない場所にかなりの数の魔獣が点在している。その数にも驚いたが、個体の有する魔力が並外れているのだ。まるで、魔獣の中でも特別に進化したかのような個体たちだ。過去、多くの魔獣が溢れ討伐したことがあったが、原因はその魔獣を束ねる頭が特別に進化していたためであった。だが、ここでは全ての個体が進化しているかのようである。
何匹かがこちらに猛スピードで向かって来ている。
「クウヤ! 何かがやって来る!」
エリサは、そう声をかけて、クウヤの身体能力を強化、防御力も向上させる魔法をかける。ばたばたと他の受験者が何かに追い立てられるように集まって来る。皆、それなりの魔力を有しており異常事態に気付いたようだ。一人の全身甲冑に覆われた者が声を上げる。
「集まって対峙しろ! 魔獣が来るぞ!!」
落ち着いた凛々しいその声は女性の声であった。集まった十数人の受験者たちの中でも抜きん出て保有している魔力の強さを感じさせる。
「邪狼が結界を張っているようだね。迷いの森の中でも隔絶した空間となっている。ボクたちの力では助けを呼べない」
シロタマが白い毛玉の全身をふるふると震わせながら言う。エリサはこの事態は実は試験の一貫ではないのかと疑っていたが、その様子を見て認識を改めた。
やがて薄暗い森の奥から紅く光る幾つもの目が見える。そこら中からぐるぐると唸り声も聞こえてきて、周囲を包囲されていることに気付く。
一匹の邪狼がゆっくりと森の奥から現れ近付いてくる。灰色の見上げるほどに大きな巨体であり、大きな尖った爪や牙にその攻撃力が予想される。そして、その目は禍々しく紅い色に輝き、油断無くこちらを見ている様は知性も感じさせる。
「人間ども。我々はお前たちよりも強い。このまま、なぶり殺しにしてやることも出来る。だが、お前たちに生き残る機会を与えよう。我々に一人の人間を生贄として捧げよ。そうすれば他の者たちは無傷で返してやろう」
邪狼の禍々しい魔力が押し寄せ、その威圧に何人かの人々は、怯えに息を呑む。紅い目はこちらの心の奥を覗き込むかのように鋭く、強者として甚振る悪意が滴るようである。
「サリー。隙があれば逃げろ。両親が魔獣から逃がし生かしてくれたこの命にかけて、俺は二度と誰も犠牲にはしない」
クウヤはエリサにそう囁くと、周りの人間含めて油断無く周囲を伺う。そう、もし生贄に選ばれるとすれば、最も力の無さそうなエリサかクウヤだろう。
(だが、誰かを差し出しても邪狼たちが約束を守るとも思えない。一人を残虐にいたぶり食い殺した後に、他の者たちにも襲いかかるだろう。そうなれば、残された者もお互い不信でいっぱいで連携など取れたものではないだろう)
圧倒的な邪狼たちの魔力と数に、心折れる者がいないとは限らない。
「笑わせるな!! たかが獣に命乞いをするほど我々は腑抜けではない! 己の尻尾でも追いかけ遊んでいろ」
凛と不穏な空気を切り裂くように、甲冑姿の女性が声を上げる。手には全身を超える大刀を手にし、魔力を迸らせたその姿は凛々しくも眩しい。
「うおーっ」
鼓舞されたように他の者たちからも声が上がる。クウヤは、先陣をきって邪狼に向かって駆けていく。クウヤは己に向かって振り下ろされる鋭い爪を身体を低くして避け、魔力を纏わせた拳を邪狼の顔面に叩き込む。驚くほどに身体は軽く、殴りつけた拳の威力は、巨大な邪狼を吹き飛ばし木に叩きつけるほど強力である。クウヤは、驚いたように己の拳を見つめエリサを振り返った。
「やるじゃないか!! 獣人の坊主!!」
何人かも後に続き邪狼達に斬り掛かっていく。エリサは、こっそり他の者たちにも強化魔法を掛けていく。ふと、強い視線を感じそちらの方へ目をやる。すると、甲冑姿の女性がエリサを突き刺すように見つめていた。とはいえ、甲冑で顔全体は隠れているので視線が合っているのかいまいち分からないのだが……。
(なんだろう……殺気ではないようだが。なんだか嫌な予感がする)
ドクンっと禍々しい魔力が森の奥から吹き付けてきて、人々が吹き飛ばされかける。黒い疾風のような早さで唐突にその場に現れたのは、黒い邪狼であった。
一番近くに立っていた者が、ひと睨みの威圧によってその場に膝をつく。エリサは、慌ててその者に結界を張り、状態異常の解除魔法を掛けた。
他の邪狼よりも明らかに格が上だ。元々、特殊個体だった者が更に進化したかのようである。
「眷属よ。我は不快だ。塵のような人間たちに後れを取るなど」
地の底より響いてくるかのような低い声に、灰色の他の邪狼たちがキューンと怯えたように鼻で鳴き、丸めた尻尾を股の間に挟む。
クウヤが隙を伺い後方から黒い邪狼に蹴りを放つ。と、展開した邪狼の結界がクウヤを包み込み、黒い邪狼の眼前に引き倒した。前脚でクウヤの胸を踏み付ける。
エリサは、この場で敵う可能性のある甲冑姿の女性を伺うが、彼女は大刀を地面に突き刺しこちらを注視したまま静観の構えである。
『おい、お前が前に出るなよ』
『分かっている!』
リュプスの忠告にそう言い放ちながら、今にも踏み潰されそうになっているクウヤに魔力をとばした。




