14 魔王軍入隊試験
魔界に潜入するにあたって問題があった。魔界との間には結界が張られており、人間が秘密裏に潜入するのは難しいのである。リュプスによると、ルークの建国した魔国は魔界にあるものの、人間にも開かれており審査を受け合格した者は国民として受け入れられるようであった。魔界といっても、以前より魔素が濃く人々が住み着けず魔獣が多くいた土地をそう呼んでいる。遠い遠い昔は魔王という存在がそこに国をつくり、魔人も多くいたと言われている。
リュプスと相談し、エリサは魔王軍の入隊試験を受け魔国に潜入することとした。魔界との境目に近い野原に大勢の人々が集まっている。
「すごい人だな……」
「魔国は出来たばかりの国で、実力本位の登用で待遇も良いという話だからな」
思わず漏らした呟きに、近くにいた一人の少年が声をかけてくる。茶色のフサフサとした耳を生やした犬の獣人のようだ。成長途上なのか身体も大きくなく、くりくりと大きな輝く目がより子供っぽく見せている。兵士として志願するには子供過ぎやしないだろうか。集まった他の人々は、それなりに腕に覚えのありそうな体格や風貌をしている。
「あんたも魔王軍への志願者なのか? 魔法を使えるのか?」
同じような疑問を相手にも持たれたようだ。不思議そうにエリサを見やり問いかけられる。
「うん。私は魔法使いなんだ。君は? 」
「俺は魔法は少しだけ。腕力には自信があるんだ」
そう言いながらも、不安げに辺りを見渡している。
「お集まりの皆さま! 本日は魔王軍への入隊試験に挑んでいただきありがとうございます! それでは、早速一次試験を開始します」
上空から大きな声が響き、人々は空を仰いだ。一人の蒼い色彩を纏った目を瞠るほどに美しい少女が空に浮かんでいた。風になびく長い髪や蒼い軍服は空色よりも濃く、くっきりと彼女を浮かび上がらせている。
エリサの前に一つの水晶がぷかぷかと浮いていた。他の人々の前にもそれぞれ一つ一つの水晶が浮かんでいるようだ。
「皆さま! それぞれ、その水晶に魔力を流してください。魔界では魔素が濃く、人によって合う合わないがあるため、この水晶で判定します。魔界でも暮らしていける方は、水晶が変化します。一次試験は、水晶が変化した方を合格とします」
『……リュプス。これは……』
『うん。鑑定だな』
『困ったな。普通に魔力を流してしまうと、直ぐに正体がばれてしまう』
空に浮かぶ少女の特殊技能だろうか。魔力からその人間の魔力量や適性魔法、属性など読み取れることは多い。読み取る者の魔力が強ければ強いほど、読み取ることの出来る情報量や精度は上がっていく。
周りの人々が魔力を水晶に流し始めているようたが、ほとんどの水晶が変化しない。隣の獣人の少年も恐る恐る水晶に向かって手をかざし魔力を流し込んだ。すると、ぽんっと真っ白いふわふわの毛玉が現れた。
「うわっ……なんだ、これ!? 」
「やぁ!一次通過おめでとう!!ボクは案内役だ。次の試験の案内をするよ」
白い毛玉からくりくりした真っ黒い目が二つ現れ、どこから声を出しているのか高い子供の声が響く。
『魔獣の一種のようだな』
『そうなると、大分高度な魔法のようだね』
エリサは、水晶に向かって注ぎ込む魔法を念入りに変化させる。中の上位の魔法使いと看做されるように。ぽんっとエリサの前にも白い毛玉が現れた。なぜが目玉の位置に長い睫毛がある。
「あら……おめでとう。アタシは貴方の案内役よ。お名前を教えてちょうだい」
可愛らしい女の子の声なのに、どこか色気のある声音だ。
「私の名前は……エ……んっんっ……サリーだ」
「あら……可愛い名前ね。アタシはシラユキって呼んでね」
「ああ、シラユキ。よろしく」
「俺はクウヤだ」
「ボクはシロタマだよ」
『彼等は監視役といったところかな。それにしても、あんな魔獣は見たことがない。魔法で進化させたなら大したものだ』
『ああ……あの試験官の女は魔人だ』
『魔人?』
魔人は知性のある魔の者の中でも非常に魔力が高く人よりも長い時を生き続けるようだ。その存在は珍しく、エリサは今まで出会ったことはなかった。
「それでは、アタシが次の試験に案内するわ。次は、魔界の迷いの森の中で行われるわ」
辺りを見渡すと、水晶が変化しているのは数人程度のようだった。騒ぎ立てる者もいたが、魔人の少女が魔素に耐えられるなら連れて行くと宥め、魔素を魔法で生み出しぶつけて昏倒させている。
「それでは迷いの森へ転移するよー」
シロタマの声が響き、くらりと目眩のような感覚が襲うとエリサは昼間ながら薄暗い森の中に立っていた。
「二次試験は二人一組で行うよー。クウヤとサリーの組だね」
「迷いの森には様々な魔獣がいるの。その中で最もたちの悪い邪狼と呼ばれる魔獣を仕留めてもらうわ。奴らは集団で行動し、知能が高く邪悪なの。人里に現れては子供を攫って、探しにきた人間を捕食するような罠を仕掛けたりもするのよ」
「このあたりは奴らの巣の近くなんだ。他の受験者達も競合になるから一匹も仕留められないということがないように二人で協力してね。一次試験の取れた情報から攻撃役と補助役で組を作ったよ」
シラユキとシロタマは説明するとクウヤとエリサの肩にそれぞれちょこんと座った。
「サリー。よろしく。俺は肉体に強化魔法を纏わせて基本的には素手で戦う。サリーは補助魔法は得意なのか?」
「うん。強化や敏捷性、防御力を高められるよ」
『これは僥倖。クウヤの影に隠れて目立たないでいられるな』
『あんまり、調子に乗って強化しすぎるなよ』
邪狼の気配を探る。エリサは、その異様な気配に思わず眉をひそめた。