幕間 〇〇
それには元々意識などなかった。それは概念的には現象に近くある意味で理そのものとも言えた。それは、当然の法則のように全てを無に還した。時は流れ光は進む、その法則と全く同じことだった。
長い長い時、それはずっとあった。多くを無に還し何も感じず何も変わらない。無に還すためにそれぞれの世界の媒介となる何かに入り込み干渉する。何事にも例外はなく必ず影響を及ぼした世界は無に還った。
だが、ある時これまでに無いことが起きた。干渉したある世界は不思議なことに無に還らなかった。何か阻害するものがあるようであった。
何度も阻害を受け、ある時、それはその世界の人間と呼ばれる生物の中に入り込んだ。これまでのように、影響を及ぼすための只の窓口に過ぎないはずだった。それがそれ自身と他を区別し個を認識することになったのは、入り込んだ人間の自意識に影響されたせいかは分からない。ただ、それは人間の持つ記憶を把握し揺蕩うように世界や己を認識していく。
人間の持つ生存本能と同じように、全てを無に還すという本能はそれの存在理由でありそれそのもののあり様でもあった。だが、人間という生物の脳に走る電気信号、それが起こす様々な現象について知り初めてそれは興味という思いを抱いた。……そう、それは思いを抱いたのであった。そこからは我と他との概念を思春期の人間が思い悩むように思索していく。その思索の詳細は人間には到達しえないほどの高次元な段階に至ることになったが、それは現象から存在になったのだった。
宿主となった人間には不思議な願いがあった。その願いは近しい者たちを助けたいという願いと、最も慕い敬う者に殺されたいという願いであった。また、己を殺し他者を助けたいという願いと己の存在意義のために他者を殺したいという願いもあった。その相反するような願いは、その宿主の中では矛盾せずに成り立っていた。人間という存在は、不安定で移ろいやすく摩訶不思議なものだとそれの興味はますます強くなった。
宿主を通して出会う他者も興味深かった。それぞれが生存本能に根差した欲求を持っているものの、個体ごとの願いは千差万別である。初めて、人間を宿主としたことでそれは己の存在意義とは違う己自身の持つべき願いについて考えるようになった。子供のように瞬く間にそれは成長していく。
時の魔法使いという人間の枠を超えた存在に出会ったのはそれが自己認識を持ち始めた頃のことだった。時を止めるという決められた理を逸脱することのできる人間。また、宿主が慕い敬う者でもあった。そう、そしてその持つ力はこの世界を無に還すことを何度も阻害してきた力のようであった。
それは他者へ執着に近い思いを抱くことを学んだ。宿主自身も良くわかっていない生物的反応をもたらす感情は多くの学びをそれに与えた。
人間と触れ合った面白い時間は瞬く間におわってしまった。その時間はそれが概念として存在していた頃からの時間で考えると無かったも同然の瞬間に過ぎなかったが鮮烈な消えない何かをもたらした。
(あの世界を存在理由でもある無へ還すことも出来なかった。だが、その機会はまた有るのだ)
虚無の中ひっそりとその存在は笑った。