10 賢者の石
訓練所になっている大きな広間の中央に、紅黒く輝く大きな宝玉が置かれていた。エリサの背丈位だろうか……大きな魔力を内包している。
「あれは、賢者の石と呼ばれる物です」
「賢者の石?」
「あの石に祈ると、魔力が増大すると言われているのです」
「うん?」
『リュプス。あの石は虚無の欠片と関係があるかい?』
『いや。気配はしない。……だが、あの石は……』
「カレン」
一人の壮年の男が話しかけてきた。エリサは少し後ろに下がり目立たないようにする。
「また、一人居なくなった。昨夜までは姿を見た者がいるので、深夜から明け方にかけてだろう」
「そうか。分かった。関係者に話を聞こう。サカキは先に人を集めておいてくれ」
「分かった」
サカキが遠ざかって行くと、カレンはエリサに近寄り尋ねた。
「これから、行方不明になった者と仲が良かった者などの関係者に話を聞きに行きますがエリサはどうしますか?」
「……うん、ちょっとあの石を調べてみるよ」
「分かりました。戻りましたら声をかけますので、この広間にいていただけますか?」
「うん」
エリサはカレンと別れ、賢者の石に近付いていく。近くで見ると、その仄暗い輝きはどこか禍々しさを感じさせた。
『エリサ……』
『うん。これは、呪われた石だ……』
まれにダンジョン等で呪物が出てくることがある。その効果は様々であるが、決して祈りで魔力が増大したりするような利点のみある物ではない。
『引き換えに何を奪っていると思う?』
『石に蓄積された力を見るに、人の意思の力と寿命といったところか……』
『国が魔法使いたちを制御しやすくしているのか……』
「その石には祈らない方が良い」
突然声を掛けられ、エリサは振り向いた。そこには、茶色の髪と瞳の優しげな顔をした老年の男が立っていた。
「ああ……君は新人でしょうか? 私はここの講師をしているカライトと申します」
「訓練生のエリサという。なぜ、祈らない方が良いと?」
「何故でしょうね……私は何十年もここの講師をしてきました。多くの生徒達を戦場に送り込みました。不思議な事に、熱心にこの石に祈っている者ほど早くに逝ってしまうのですよ」
「講師である貴方がそんなことを言ってしまって大丈夫なのですか?」
「ふふふ……そうですね。国にばれてしまえば、職を追われるでしょうな。だが、君はばらしたりしない」
「どうしてそう思うのですか?」
「君の目は、何者にもまつろわぬ目をしているからです。強く、気高く、優しい。ああ……他の講師が近寄って来ている。ここから離れた方が良いですよ」
エリサはカライトの助言に従い、広間の端の目立たぬ場所に向かった。
(彼は私がここの訓練生ではないと分かっているみたいだった)
カライトの近くに寄ってきた講師と訓練生を遠くから眺める。その講師が訓練生たちを促すと、皆、石に向かって祈り始めた。石の紅黒く輝く中心に力が集まっていくようである。
『あの石はどの程度、強く影響を与えるのだろう』
『ああいった呪物は、どんどん力を増していく。その内に国の管理下に置くどころか廃人となる者も出てくるだろう。それほどに力を得ている』
『だが、虚無の欠片とは関係ないのだな?』
『ああ』
リュプスの返事に、エリサは考え込んだ。この国は歪みを抱えている。だが、対処すべき虚無の欠片はそれとは関係がないのか。ふーっと息を吐き出すと、エリサは気になっていたことに取り掛かる。魔力を身体に行き渡らせ、魔法をこの拠点全体に作用させる。
『何をした?』
『うん? 訓練生の首環をカレンのと同じように無効化したんだ』
『魔力の無駄遣いだろ。頼まれてもいないのに。お節介なやつだ』
『子供も多い。私が単純に見過ごすのが嫌だったんだよ』
『だが、国をぶっ潰す気も、ここの子供たちを連れて帰る気もないのだろう? ならば見過ごせ』
(たしかに、それを言われると私の自己満足に過ぎないと思うな。だが、気になるものは気になるのだ。あの賢者の石も壊してしまいたいが、流石に東漣国に気付かれてしまうだろう)
考え事をしていたエリサは、ふと 賢者の石が嫌な風に胎動を始めたことに気付く。奇妙な力が祈りを捧げる訓練生たちに伸びていくようだ。ばれても仕方がない、とエリサは力を賢者の石に向けようとした。だが、カライトから透明な透き通った何かが訓練生たちに向けて発せられ、賢者の石からの奇妙な力を弾き返した。
『あの力はなんだろう?……魔力とは違うような気がするね』
『……エリサ、気を付けろ。あの男から、今一瞬だけ虚無の欠片の気配がした』
『なんだって? だが、虚無の欠片は全てを飲み込む暴虐の力ではないのか? 人が操れるものではないはずでは……』
「ここにいる全ての者たちよ。武装を解除せよ!!」
突然、広間に大きな声が響き渡り、複数の入り口から多くの兵士達がなだれ込んでくる。指揮官だろうまだ若い黒髪の長身の青年が声を張り上げる。
「この者たちは謀反の疑いあり。抵抗する者は、殺せ」
『リュプス。首環の解除がばれてしまったか?』
『まさか。お前の魔法がそれほどお粗末なはずがない。これほどの人数が転移してこれるはずもない。何日も前から準備していたことのはずだ』
「アヤセ、これはどうしたことだ!?」
カレンが入口から駆け込んできて、司令官に詰め寄る。
「カレン、東漣国の主座の元にお告げが下ったのだ。ここで、大きな謀反が起こると」
「そんな!?」
「全ての者を拘束せよ」
兵士たちが次々と訓練生や講師を拘束していく。エリサの元にも兵士が近寄ってきたが、カレンが凄い速さで駆け寄ってくると知り合いだと言って兵士を追い払ってしまった。
「エリサ……まずいことになりました。私の側から離れないで」
「どういうことなんだ? お告げだけで証拠もなく、拘束するのか」
「東漣国の主座には代々、預言の力のある者が成るのです。その未来は外れたことがない。最悪の場合、ここの人間は皆殺しになります」