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リードル視点です
食堂へ足を踏み入れると、少し大人っぽくなった妹が僕を出迎えた。
「お兄様、遅いですわ!もうお腹がぺこぺこです。先に食事を済ませてしまおうかと思いましたわ」
久しぶりに会ったというのに、第一声が文句とは。さすがエリエッタ。変わらないなと、嬉しくなった。
「お兄様、何を笑っているのです?もうっ!」
「いや、エリエッタ、随分身長が伸びたね。顔つきも大人びたね。……でも、中身は僕の知っているエリエッタでホッとしたよ」
「ん?それって……成長したのは体だけで、中身は成長してないっていうことですか?お、お、お兄様の方こそ、身長こそ20㎝は伸びたけれど、性格は20度ほど歪んだんじゃないですかっ!」
くすくすという笑い声が聞こえてきた。
「二人とも相変わらずね」
エリエッタの後ろから一人の少女が楽しそうに笑いながら顔をのぞかせる。
ズッギューンと、心臓を何かで貫かれたような気がした。
「こ……これは……まさか」
キューピットの矢に心臓を貫かれたのかもしれない。
一目ぼれ。運命の出会い。好き。
好きだ。
僕は、妹の後ろで可憐に笑うこの少女が一目で好きになった。
妹と同じ年か、それよりも少し幼く見える少女。
ドキドキが止まらない。
何か話しかけようと思うのだけれど、言葉が出てこない。
好きだ。
好きだ。
「会いたかったわ、リードルっ」
少女が両手を広げて僕に抱き着いてきた。
え?
会いたかった?
僕に?
……もしかして、君も運命の相手だと僕を感じているの?予知夢で僕の姿を見ていたとか?
バクバクバクバクと心臓の音がうるさい。
もっと彼女の声を聞きたいんだ、ちょっと静かにしてくれ。
小さな彼女の体。僕を抱きしめる彼女の背中に手を回して、僕の中に閉じ込めてしまってもいいだろうか。
僕が手を彼女の背中に回そうとした時に、彼女がぱっと僕から体を離した。
「リードル、もっとよく顔を見せて頂戴」
少女がふっくらと柔らかな手で僕の頬をつかみ、顔を寄せてきた。
キ、キスしたいっ!
いやいや、駄目だ駄目だ。初対面でキスするなんて、遊んでいる男だと思われて嫌われたら困る。
そうだ、頬……いや、手の甲ならキスしてもいいだろうか。彼女の手を取って……。
想像しただけで顔が赤くなりそうだ。
「一年半ぶりね」
え?
会ったことあった?
「随分背が伸びたのねぇ。それに男らしくなったわ。学園ではモテるんじゃない?ふふふ」
運命の少女が、僕が他の子にモテるのが嬉しそうだとばかりに笑う。
何故だ。そこは、他の子と仲良くなってほしくないと嫉妬するところじゃないのか?
いや、僕は浮気なんてしないよ。君以外、ジャガイモにしか見えないんだから。
「リードル、色々と話を聞かせてね。立ち話もなんだから、食事をしながらにしましょうか」
「そうね、お義母様。お腹ぺこぺこだわ」
え?
エリエッタが、僕の運命の女性に、お義母様と言わなかったか?
僕と結婚すれば、エリエッタの義姉だ。呼ぶなら、お義姉様だろう?なぜお義母様と……。
あれ?
そう言えば、エリエッタは今日は、お義母様と一緒に領地から来るはずじゃなかったか?
「お義母様は?」
どこにいるんだ?旅の疲れで部屋で休んでいるのか?
キョロキョロとあたりを見回し、誰かに尋ねようとすると、運命の女性が僕を見てほほ笑んだ。
「なぁに、リードル?私もお腹ぺこぺこよ」
……?
「リードルやエリエッタがたくさん食べるのを見て、よくそんなに入るわねぇって笑っていたけれど……成長期ってお腹がすくのね」
え?僕が食べるのを見ていた?どこで?
「若返ってから、やたらと食欲があるのよ」
にこっと運命の女神がほほ笑んだ。
若返った?
「ほら、お兄様早く席についてよ!お義母様が料理長に命じてお兄様の好物を準備させたんだからね!」
だから、そのお義母様は一体どこに?
「ふふ、リードルは鶏肉の香草焼きが好きだったでしょう?」
確かに、僕は鶏肉の香草焼きが好きだ。何故知っている?
「ほら、手紙に書いていたじゃない。だけど領地で食べる香草焼きと味が違うと。だから、領地からハーブを持って来たの」
たしかに、お義母様に宛てた手紙にそんなことを書いた……。何故彼女が知っている?
……。
ま、さ、か。
一目ぼれした彼女は……若返った……。
「お義母様っ!お義母様なのですかっ」
ちょこちょこと小柄で忙しく動き回る仕草はどこか小動物を思わせて……それは、確かに義母の姿と重なる。
「え?私が何?とにかく話は食事をしながらね」
……若返りの薬で、お義母様が若返った姿……。
僕の理想の女性は、母親に似た人……どころか、義母そのものだったみたいだ……。
マザコン、そう、僕はマザコンだから仕方がな……い?
いやいや、いやいや、いやいやいやいや、問題山積な気がする……。
気がするけれど……。
後で考えよう。
「あら?リードルったら、本当に嬉しそうな顔をして食べているね。その顔を見ているとこちらまで幸せな気持ちになるわ」
お義母様がにこにこと笑っている。
僕の運命の人……。
よく考えたら、お父様の後妻として遣って来たときから運命だったのだろう。
若返りの薬をお父様が手に入れていたことも運命。
そう、もうとぉーーーーっくにお義母様との運命の歯車は回っていたんだ。
「お義母様……僕は幸せ者だ。お義母様に会えてよかった」
ふと口をついた言葉に、お義母様が笑う。
「私もよ。愛してるわ、リードル」
ズギューンと、再び心臓が射抜かれる。あ、あ、あ、愛して……!
「可愛い、私の義息子。エリエッタ、あなたも愛してるわ」
「私も、お義母様大好き!って、お兄様、何テーブルに突っ伏してるの?まさかお腹が膨れてそのまま寝ちゃってるわけじゃないわよね?」
大丈夫、嫌われてない。
マイナススタートじゃないんだ。
きっと、お義母様に、息子としてじゃなくて、一人の男として愛してもらう。スタートラインに立ったばかりだ。これからだ。
覚悟してくださいよ、お義母様。僕はどんな卑怯な手を使っても……こほん。
どんなあざとい手を使っても、必ずお義母様を手に入れて見せる。