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「そうだ!侯爵家の人間に剣を向けるなど、ただで済むわけがない」
地面に突き刺した剣を抜き、思い切りぶんと振って土を払う。それから男の鼻先にもう一つの剣も突きつけた。
「そう、ですから、ただでは済みません。騎士道精神に背く行為。罪もない女性に手を上げたことでまずは騎士団を追放されるでしょう。さらに、騎士団長殺害計画の罪で侯爵家除籍されるでしょうね」
すっと、剣を男の鼻先からどかし、片方をずっと脇に立ち尽くしている男に返す。
もう1本はそのまま手に持っているが、鼻先に突きつけられなくなったからか、再び男の威勢が戻る。
「はっははは、だれがお前の言葉を信じるんだよ、俺は」
「ああ、それから、忘れていたわ」
切られた髪の毛をひょいとつかむ。
「辺境伯令嬢傷害罪で、投獄といったところかしら?」
「へ、へ、辺境伯令嬢……?」
男が私の顔を指さした……。
「う、う、嘘だ……!」
「嘘じゃないよ。俺が保証しよう」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「で、殿下っ!」
慌てて男が立ち上がって敬礼する。
まだ、動く元気があったのね。
「それからね、騎士団長に不満があるみたいだけれど、指名したのは陛下だから。陛下に不満がある……ってこと?不敬罪追加になっちゃうと……ちょっと、投獄程度では終わらないよ」
うん?
いったい、いつから聞いてたの?
っていうか、いろいろヤラカシタの見られてた?
「俺……いえ、私は陛下に不満など……ご、誤解でございますっ」
「残念だけど、俺も、お前が裸になって地面に這いつくばって誤っても許す気ないから」
殿下がにこやかに笑っている。
ちょっと、随分前から聞いてたのね!
もっと前に助けてくれるべきじゃない?
ああ、ああ、もう全部聞かれてたって分かったみたいですよ。真っ青な顔。そりゃぁ、真っ青にもなるよねぇ。
「殿下、あとは御願いします。私、騎士団長に知らせてくるんで!」
まぁ、殺害計画……は、ちょっと大げさに言っただけで。落馬して怪我させるくらいのつもりだったんだろう。
でもね。子供には大げさなほどちゃんと伝えるべきなのよ。
いたずらのつもり、ちょっとからかうつもり……その行為がどんな悲劇を起こすか、想像力を働かせないと。
意地悪で相手のリボンを池に投げ入れる、大切なリボンだと池に飛び込む、おぼれて死ぬ。
そんなつもりはなかったって。そういう問題じゃないの。池にリボンを投げ入れる行為は悪いことなんだからそもそも相手を困らせようということはしちゃだめなの。悪いことはしちゃだめ!それは絶対!




