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……もしかしたら……。
不安が胸をよぎる。
私は、辺境伯家を追い出されるのだろうか。辺境伯様は亡くなる少し前に私に言っていた。
「シャリア、好きに生きていいんだよ。私が死んだら、誰かと恋をして一緒になってもいいんだ。子供達も分かってくれるよ。もうあの子たちも随分大きくなった……。あの子たちを実の子供以上に愛を注いで育てれくれてありがとう……。どうか、幸せになるんだよ。シャリア」
……別の誰かの後妻としてここを出て行けということかしら?恋が私を幸せにしてくれるなんて想像もできない。私は今とても幸せなのだから。
15歳になったリードルは王都にある学園に入学したため、王都にある辺境伯家の屋敷で生活するようになった。
優秀な我が息子は、すぐに皇太子の目に留まり行動を共にするようになったそうで……。生徒会執行部にも入った。
辺境伯領から遠く離れたリードルからは手紙で色々と話を聞いていた。
「エリエッタ、お誕生日おめでとう!こんな日くらいリードルも帰ってくればいいのに!」
この2年間、家に帰って来たのは1年の夏季休暇の1回だけだ。
「仕方ありませんわお義母様。王都とここを往復するのに一月かかりますもの」
「そうね……」
分かっているんだけれど。遠い上に、仕事も忙しい……。可愛い義息子の顔が見たいと思うのは義母の我儘だって。
3歳だった可愛い私の義娘エリエッタも、もう15歳。成人だ。
……私の子育てもお役御免……よね。
王都の学園へ入学すれば、エリエッタもリードルと同じように辺境伯領にめったには帰って来なくなって、親離れして……。
義弟妹が15歳になった時の言葉を思い出す。……もういらないと、私は伯爵家を追い出された。
大丈夫。二人の邪魔になるくらいなら、出て行く覚悟もあるわ。幸い、夫だった前辺境伯に贅沢しなければ残りの人生を生きていくだけの財産をいただいているもの。
……でも……。
「寂しくなるわね……」
本音が漏れる。義弟妹と離れる時も寂しかったけれど……すぐにエリエッタとリードルが私の慰めになった。
出来れば、エリエッタとリードルの子供のお世話の手伝いもしたい……義孫の顔を拝みたい……なんて、贅沢な望みなのかしらね。
……そうだわ。ここを追い出されたら孤児院のお手伝いをするのはどうかしら?貴族のお屋敷でお子様の家庭教師の仕事もいいわね。ああ、でも私は学園で学んでいないし、社交界にも出ていないから家庭教師は無理かしら……女主人の仕事や領地運営のイロハならば教えられるんだけれど……。学園で教育されることはサッパリ分からないのよね……。
「どうして?お母様、寂しくなんてならないわよ!お母様も一緒に行くんですもの!」
え?
「私が一緒に?」
王都へ行くということ?
「そうよ!領地はセバスとカボリアに任せればいいわ。お兄様も手紙で的確に指示が出せるようになったし。お母様は私と一緒に行ってくれるでしょう?一人にしないで!」
きゅんと胸がなる。15歳と成長してもやっぱり子供は子供。一人が不安だというのなら、ついていってあげたい。
「……そう……ね。王都に一緒に行きましょうか」
リードルの顔も久しぶりに見たいですし。王都へ行けば、こっそり義弟妹や父の顔も見ることができるかもしれない。
「何を言っているのお母様、一緒に行くのは、王都じゃなくて、学園よ」
は?
学園……ああ、入学式に出てほしいということでしょうか。
「お母様、これを飲んで。魔女の薬。お父様が手に入れた秘薬」
エリエッタが、テーブルの上に載っていた木箱を私の前に差し出すと、蓋を開けた。
真っ赤なビロードの布が敷かれた中央に、ガラスの小瓶が入っていた。
「魔女の薬?」