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辺境伯家に到着すると、伯爵家の見送りとは打って変わって、使用人がずらりと並んで迎えてくれた。
「ようこそ……シャリア。このような姿で申し訳ないね……来てくれてありがとう」
父よりも3つ年上の辺境伯様は、年齢よりも随分老けて見えた。半年ほど前から病に侵され体調がすぐれないと聞いている。
顔色が優れないのに、車いすに乗ってわざわざ私を出迎えるために屋敷の外で待っていてくださったのだ。
もう、それだけで私はすぐに辺境伯様のことが大好きになった。年は離れているけれども、夫婦として上手くやっていけるかもしれない……。
「……君を迎えられて嬉しいよ。私のことは、父親だとでも思ってくれ。私もシャリアを娘だと思うことにするよ」
「え?でも、私……その……」
後妻として来たはずなのに……。
「この通り、私は夫としての役目は果たせないからね。シャリア……君は、伯爵家で女主人として屋敷を取り仕切り、小さな義弟妹の世話をしてきたと聞いている。どうか、辺境伯家でも同じように過ごしてくれないか?」
屋敷に入ると、正面に立っている侍女の足元から、ひょいと小さな顔がのぞいた。
「ほら、リードル、エリエッタ、お前たちの母親になるシャリアだよ。挨拶をしなさい」
二人のお子様がいるというのは聞いていた。5歳のリードルと、3歳のエリエッタ。
金の髪に紫の瞳。整った顔立ちでまるで天使のような二人。
「エリエッタの、おかぁたま?」
エリエッタがぱぁっと嬉しそうな顔をした。可愛すぎる。
「辺境伯様、あの、私……ありがとうございます……私、母親になれるのですね?」
女性が嫁ぐのは、貴族だろうが庶民だろうが成人を迎える15歳から20歳のころだ。25歳を過ぎた私にはもう子供は望めないかもしれないと思っていたけれど……。二人の子供の母親として接することが許されるんだ。
「エリエッタ、よろしくね」
すぐに跪いて両手を広げると、エリエッタが侍女の後ろから出てきて、私の両腕の中に飛び込んできた。
ぎゅっと抱きしめて抱き上げる。
ああ、何て可愛いのかしら。
「かぁたま」
エリエッタの絹糸よりも柔らかくてつややかな髪の毛が頬をくすぐった。
「エリエッタ、お前ももう3歳なんだ。赤ちゃんみたいに抱っこされるなんてみっともない」
侍女の後ろから、リードルが出てきた。
エリエッタを片手で抱っこしたまま手を伸ばしてリードルも抱きしめる。
「いいえ。みっともなくなんてないわ。だって、私は大人になってからもずっと亡くなったお母様に抱きしめてもらいたかったのだもの……」
リードルは一瞬体を固くしたものの、すぐに小さな手を伸ばして私の背中をきゅっと掴んだ。
ううう、かわいい。義弟妹もこんなに可愛い頃があったのよね。
それから、辺境伯様は私とは白い結婚のまま7年後に息を引き取りました。
「息子と、娘を頼む……」と言い残して。
義理の息子のリードル12歳。義理の娘のエリエッタ10歳の時である。
かわいそうに。実の母親についで父親まで亡くしてしまった……。
二人をより一層可愛がって3年が経ちました。
「リードル、お誕生日おめでとう。15歳……成人し、辺境伯家を正式に継ぐことになりましたね。立派になって」
「お義母様、ありがとうございます」
成人したというのに、リードルの顔はすぐれない。
「お兄様、あれはどうするの?あれよ。お父様に言われているでしょう?」
エリエッタがリードルに何かささやいている。
あれ?お父様から何を言われているのでしょう?
リードルが不安げな顔を私に向けている。……もしかして領地運営のことに不安を持っている?お前がちゃんとしなさいとか何か言われているのかしら?
両手を伸ばして、リードルをいつものように抱きしめた。
「大丈夫ですよ。すぐにすべてを一人で行いなさいなんて言いません。リードルは学園へ入学して3年間学ぶことになります。その間領地運営は今まで通り執事のセバスと私、それに領地運営代理人のカボリアが手を貸しますから。そんな不安そうな顔をしないで」
リードルの顔を覗き込むと、泣きそうな顔をして顔を伏せた。
「お義母様……ごめんなさい……僕にはまだ……お義母様が必要なのです……」
まぁ。なんて可愛いことを言うの!
「ありがとう」
嬉しくなってもう一度ぎゅっと抱きしめると、エリエッタが声を上げた。
「リードルお兄様っ」
エリエッタのリードルをとがめるような声に、嫉妬しているのかな?と、エリエッタも抱きしめた。
「あと2年だ……エリエッタが成人したら、父との約束を果たす」
リードルがエリエッタに声をかけた。
何の話だろう。