【本編8】 王都で麻薬を売るなら叩きつぶす
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リリアーナはいつも通り、王都の一画にある仕立屋の二階にいた。
黒一色の服装で、目には仮面を付けている。
リリアーナが座るソファの隣にはオルカが控えており、リリアーナは対面に座る人物に話しかけた。
「よくやってくれた。シルヴィア」
すると満足そうにシルヴィアが応える。
「いやー上手く行ったね。あたしも第一王子の無様な姿を見たかったよ」
「ああ。あれは無様だった。きっと今回の詐欺は歴史に残るだろう。お前は歴史的な詐欺師だ」
「ふふっ。誰かに自慢したいが口外できないのが残念だね」
「ああそうだな。で、話は変わるが、シルヴィア。しばらく王都から離れて身を隠してくれ」
「え。もしかしてあたしを厄介払いする気かい?」
「いや、そうではない。第一王子は失脚したが、第三王子が不穏な動きを見せている」
「第三王子……マルチェロだっけ?」
「そうだ。奴は二人の兄と違って手強い。
奴は、二人の王子の失脚劇は、私が黒幕だと疑っている。
そして奴の部下が王都を徘徊していて、第一王子を陥れた犯人を探している。
だから今、お前が王都にいるのは危険だ」
「そっか。分かったよ。じゃあバカンスにでも行って来ようかな。
でもさ、あんたのこと、本当に信じていいんだよね、ボス?
なんかあんた、公爵令嬢じゃないときは冷酷そうだからさ……」
シルヴィアには、リリアーナを信じていいかどうかまだ迷っている様子。
そんなシルヴィアの気持ちを汲み取ったリリアーナは優しく言う。
「ふふ。安心しろ。私は信頼する部下を害することはない。
その証拠に、お前に『花』で通用する名を付けてやろう」
「名前? 名付け親ってやつかい?」
「ああ。今日からお前は『鬼灯の君』と名乗るがいい」
「えっと。鬼灯ってどんな花? くれたのはありがたいけど、なんかマイナーな気がするよねぇ」
「まあな。鬼灯は南の大陸が原産で、火のような赤いヘタを持つ植物だ。白い花も咲く。
だが、私が鬼灯を選んだのはユニークな花言葉を持つからだ」
「花言葉?」
「鬼灯の花言葉は『欺瞞』。つまり、あざむくこと。歴史的な詐欺師の"君"にはぴったりだろ?」
「へー。ならいいね! 気に入った! あたしの本業はやっぱ詐欺師だからね。有り難く頂戴するよ!」
「ああ。ではこれで君は立派な私の仲間だ」
そう言うと、リリアーナは手を差し出した。
「ふふ。安心したよ。仲間にしてくれてありがとう。ボス」
シルヴィアはリリアーナの手を握ると固く握手を交わした。
「じゃあ、あたし行くよ。また、あたしを頼ってくれよな」
「ああ。必ずまた任務を与える」
「じゃあ、失礼するよ。『鈴蘭の君』」
「ああ、またな。『鬼灯の君』」
*
シルヴィアが去ると、オルカがリリアーナに話しかけた。
「お嬢。娼館のマリカが来ている」
「マリカが? 会おう」
と、リリアーナが了承すると、ドアにノックがあり、妖艶な雰囲気を漂わせる女性が部屋に入って来た。
「ご機嫌よう。ボス」
「やあ、君は相変わらず綺麗だ。『ジャスミンの君』」
「うふふ。ありがとうございます」
「さあ座って」
と、リリアーナが言うと、マリカはソファに腰掛けた。
「で、用件は何かな?」
「ええ。実は娼館に気になる客が来まして」
「ほう?」
「その客は、私の館の子に麻薬を売ろうとしました。アヘンを」
それを聞いてリリアーナの顔色が変わる。冷静だが声には怒気が混じる。
「ほう。私の縄張りで麻薬を売るとは度胸があるのか無知なのか、興味深い奴だ」
「それでしたら後者でしたわ。ただの調子に乗った馬鹿な客でした。
けれど、私がその客に会話で探ってみると、元締めを知っていると言い出しました」
「ほう。素晴らしい。その元締めの名前は聞けたかな?」
「ええ。その客曰く、元締めはドラゴネッティ侯爵の令息、ジャンドメニコとのことです」
「ふむ。貴族か……」
と、リリアーナが思案していると、そばに控えていたオルカが口を挟んだ。
「ジャンドメニコ・ディ・ドラゴネッティなら知っています。ボス」
それを聞いてリリアーナはオルカを見る。
「ジャンドメニコの何を知っているんだ? オルカ」
「奴はオレがパプリック・スクールにいた時の後輩です」
それを聞いてマリカが驚く。
「まあ! オルカ様は貴族の学校に通っていらしたんですか? てっきりあなたは平民だと思っていたのに。あなたは一体何者なんです?」
興味津々で見つめるマリカをよそにオルカははぐらかす。
「もう捨てた過去の話だ。過去はどうでもいい。今のオレは、ボスの調教を喜ぶ犬だ」
「まあ、ボス! オルカ様とそんなプレイを?」
マリカが驚くと、慌ててリリアーナが制した。
「ごほっ! ば、馬鹿オルカぁ! 誤解されるようなことを言うなぁ!」
「まあ、ボス。真っ赤ですよ。可愛いわ」
「マ、マリカも茶化すなぁ!」
「ふふ。ごめんなさいボス」
笑うマリカをよそに、リリアーナはぎこちなく話を戻そうとする。
「ご、ごほん。で? ジャンドメニコはどんな奴なんだ? オルカ」
赤面するリリアーナとは対照的にオルカはクールに答える。
「ジャンドメニコは、学生時代、不良で有名でした」
「不良?」
「いわゆるインテリ不良って奴です。
頭はいいし、暴力的なことはしないが、仲間とつるんで麻薬や賭博にハマっていた。
奴らの悪事は学校にもバレたが、家の権力でお咎めを免れた」
「ほう。親の七光りを使うドラ息子っぽいな」
「まさにその通り。けれど、その不良グループを仕切っていたのはジャンドメニコじゃなかった。もっと狡猾なリーダーがいました」
「リーダー?」
と、そこで、オルカは一呼吸置いて──。
「リーダーは、──マルチェロでした。今の第三王子の」
それを聞くと、リリアーナは顔色を変えた。
「ほう。マルチェロの学生時代の仲間が、今では麻薬の売人の元締めか。
マルチェロは今もジャンドメニコと交友があるのかな?
マルチェロも麻薬組織に関係していると思うか?」
「可能性はある。探ってみましよう」
「ああ、頼んだ」
と、リリアーナが言うとマリカが聞いた。
「ボス、第三王子はそれとして、当のジャンドメニコはどうするんです?」
するとリリアーナの目がキラリと光った。まるで怒気が滲み出るかのように言う。
「ふ。決まっている。私の目が黒いうちは、絶対に王都に麻薬を蔓延らせない。
私をなめて王都で麻薬を売ろうとするのなら、全力で叩きつぶす!」
【一口メモ】
リリアーナがマフィアなのにいい人設定なのは、私がジョジョ五部が大好きだからですね。
ではでは、アリアリアリアリ、アリーヴェデルチ!
【後書き】
読んでいただきありがとうございます。