【本編6】 第一王子、まんまと餌にかかる
*
王都の西、港湾。
港にはずらっと船が停泊し、そこら中で船乗りが貨物を運んでおり、活気付いている。
オリヴェーロは一つの帆船の前にフランコとリリアーナを連れてきた。
「殿下、これが我が社の船、真珠号でございます」
フランコは帆船を見上げる。
「ほう。なかなか良い船だ」
「はい。全長30m。排水量700トンで、300人を運ぶことが出来ます」
オリヴェーロが言うとリリアーナが感嘆する。
「まあ、素晴らしい船ですわ!」
と、そこでリリアーナは頭の中で呟く。
──ふっ。フランコを騙すために事前に船は用意していた。ついでに言えば工場だってある。
まあ、この船はツテを使って調達した借り物で、私もシルヴィアも船に関しては素人だがな。
すると、フランコが口を開いた。
「ふーむ。キャラック船が一艘とは予算に見合わぬ気がするが?」
──む。さすが第一王子。いいところを突くな。だが想定の範囲内だ。
リリアーナの思惑通り、オリヴェーロは余裕の表情で答える。
「ええ。その通りです。今回の資金が調達出来ましたらすぐに船を増やすつもりでいます。
なにぶん、船というのは高価ですから資金がないことには購入も難しく」
「ふむ。まあそうだな」
と、フランコは特に疑ってない様子。
「では、中を見せてくれないか?」
「かしこまりました」
オリヴェーロは了承して、一同はタラップを渡り、真珠号の中に入って行く──。
すると船員達が挨拶してきた。
「こんにちは、オリヴェーロ社長」
「お疲れ様です。オリヴェーロ社長」
その声にオリヴェーロも「お疲れ様」と応える。
そして、船長が出てきた。
「お疲れ様でさ。オリヴェーロ社長」
「お疲れ様、船長。突然で悪いのだけど、この方々に船を案内したいの。出資を考えて下さっている方々よ」
すると、船長は自信満々に応えた。
「いいでしょう。自慢の船をどうぞ見て行って下せえ。東洋のお茶を運ぶには最適の船でさ」
「ふむ。よろしく頼む」
と、フランコが応えるのを聞いてリリアーナは心の中で笑う。
──ふ。船長役はいいアドリブだ。まあ、船員も船長も金で雇った偽物なんだがな。
そして一同は甲板を歩いて行った。
「ほう、砲門もあるな」
とフランコが聞くと船長が応える。
「ええ。海賊対策でさ。海賊が来たらドカーンと一発お見舞いしてやりまさ」
「ふむ。そうか。船倉もみたい」
「はいな。どうぞこちらへ」
一同は船倉に移動する。積まれた樽を見てフランコが質問する。
「おや、果実の匂いがする。主要な荷はお茶ではないのか?」
と、その問いには船長を遮ってオリヴェーロが答えた。
「長い船旅には栄養が必要です。原因は良く分かっておりませんが、航海中に船員達が病気で亡くなることがよくあります。
果実を摂取することでその病気を防げるというわけです」
「そうなのか。陸にいる社長もなかなか良く勉強しているようだ」
「ええ。社員の健康管理は経営者にとって重要事項ですから」
と、またリリアーナは心の中で笑う。
──ふ。果実の件はシルヴィアも船乗りから聞いた、俄かの知識をひけらかしているだけなんだがな。
そうして三十分ほど過ぎると、フランコは納得したようだ。
「ふむ。私は満足した。リリアーナ嬢はどうかな?」
フランコの問いにリリアーナが答える。
「わたくしも満足ですわ。船については信用出来そうです」
「うむ。同感だ。オリヴェーロさん。次は工場を見せて欲しい」
それに、オリヴェーロが応える。
「かしこまりました。どうぞ馬車へ」
*
一行は西区にある商業地域に移動した。
ここはマフィア『花』の牙城でもある。
「──さあ、ここが我が社の工場です」
オリヴェーロは木造の建物の中へフランコとリリアーナを案内する。
「あら、お茶の香りがしますわ!」
リリアーナが声を上げた。
「ええ、ここでは茶葉を乾燥させています」
フランコ達の目の前にはいくつもの籠が置いてあり、緑色の茶葉が入れられている。
そして、手袋をはめて帽子を被った従業員達が作業をしている。
「ふむ。良さそうだ」
フランコの感想にリリアーナは微笑む。
──ふ。この茶葉は籠の上の方だけが本物、とは言ってもただの緑茶で、籠の中はほとんどお茶じゃない葉っぱだがな。
と、そこでオリヴェーロが言う。
「資金が調達出来ましたら、工場を拡張し、量産体制を作ります」
「うむ。安定的に供給出来そうかな? 品質に問題が起きたりしないか?」
「工場については大丈夫です。衛生対策も万全ですし人手も確保しています。
ですがやはり輸入品ですので、船や現地の状況によっては原料が滞る可能性はございます」
「うーむ。それは困る」
「ですが、このお茶は痩せると評判になるお茶ですから、供給不足で価格が上がっても、需要はあると考えます」
「なるほど。貴族の間でもダイエットに勤しんでいる者は沢山いるからね。
彼らは喉から手が出るほど欲しがるだろう」
「ええ。上客がつけば経営も波に乗れますわ」
そのやり取りを見てまたリリアーナは微笑む。
──ふ。やはり、シルヴィアはいい詐欺師だ。応答がいちいちプロっぽい。
「ふむ。視察に関しては私は満足だ。リリアーナ嬢はどうかな?」
「ええ。わたくしも」
それを聞いてオリヴェーロが応えた。
「ありがとうございます。では、隣接するカフェでお茶を試飲していただければと思います」
「あら、それは楽しみだわ」と、リリアーナ。
「うむ。是非飲んでみたい」
とフランコも続くと、一同は隣のカフェに移動した。
*
三人がカフェに入ると、突然、二人の客がオリヴェーロに話しかけて来た。
「あら、オリヴェーロさんじゃないかい! 待っていたんだよ。ねえ、あのお茶を早く売っておくれよ! あのお茶はすっごく痩せるんだから!」
「いや、あたしが先よ! 10箱、いえ、20箱買うわ!」
いきなりの展開に、オリヴェーロもリリアーナも困惑する。
が、オリヴェーロは冷静に対処する。
「申し訳ありません、お客様。あまりの売れ行きに供給が追いついておりません。
いま、生産量を上げられるように調整中ですのでしばらくお待ち下さい」
と、そこでリリアーナは、カフェの片隅でオルカがこちらを見て微笑んでいることに気がついた。
すぐさまリリアーナは理解する。
──なるほど、オルカは一足先に宮殿からここに来て、演者を調達してくれたわけか。でかした、オルカ!
そして、客を装う演者達が言う。
「まあ、品薄なの? お願いだから早く作ってね。多少高くても買うから!」
「ええ。ありがとうございます」
オリヴェーロがお辞儀すると客達は去って行った──。
そこでリリアーナが口を開く。
「まあ、凄い人気ですこと。出資後が楽しみだわ」
それにはフランコも同意した。
「ふふ。確かに。私も楽しみだ」
「ありがとうございます。さあ、今、お茶を用意いたしますので、テーブルにお着き下さい」
オリヴェーロはそう言うとキッチンへ歩いて行った。
*
フランコとリリアーナがテーブルに着くと、店の片隅にいたオルカが、リリアーナに近寄って来た。
「リリアーナお嬢様、失礼します。実は大旦那様から言伝を預かって参りました」
「言伝?」
と、リリアーナが聞くと、オルカはリリアーナの耳元で小声で用件を伝えた──。
「まあ! そんな……!」
オルカの言伝を聞いたリリアーナの反応に、向かいに座るフランコは興味有りげに見つめる。
そして、オルカは言伝を済ませるとカフェの片隅に去って行った。それを見計らってフランコが聞く。
「どうかしたのかな? リリアーナ嬢」
「あの、その……。お父様から今回の出資の件で伝言がありまして」
「ほう。グランデストラーダ卿は何と?」
「我が家の財政状況を鑑みると、必要額の50%の出資は無理だそうですの。
せいぜい10%しか出せないと。わたくしの見立てが甘かったですわ……」
勿論、これはオルカとリリアーナの作り話だ。が、その言葉にフランコは目を光らせた。
「ほう。それは残念でしたな」
フランコはわずかに笑みを浮かべる。
と、その時、オリヴェーロがお盆に緑茶を乗せてやって来た。
「さあ、お二人とも。これが例の緑茶でございます」
「……ありがとう、オリヴェーロさん……」
と、リリアーナは悄然とした様子で言った。
「あら? グランデストラーダ様、どうかなさったのですか?」
「それが……10%しか出資出来なくなりましたの……」
「まあ、そうなんですか。では、他の貴族の方にお話を──」
と、そこでフランコが口を挟む。
「待ちたまえ。私が必要額の90%出そう」
それを聞いてオリヴェーロもリリアーナも驚いたフリをする。
「「え!」」
そしてオリヴェーロが口を開いた。
「まあ、殿下! よろしいのですか? 90%となりますと莫大な額になりますが……」
「大丈夫だ。私には金を用意できる当てがある。だから、他の貴族には出資の話を持って行かないで欲しい」
「まあ、そこまでこのお話に乗っていただけるなんて、お礼の言いようがございませんわ」
「ふふふ。これで私には莫大なリターンが期待出来る。さあ、成功を祈って緑茶で乾杯しよう!」
そうフランコが言うと三人は緑茶のカップを手に取った。
「ええ。では、事業の成功に」とオリヴェーロ。
「殿下の心意気に」とリリアーナ。
「素晴らしい緑茶に!」とフランコ。
そして三人はカップに口をつけた──。
「うげ! ごほっごほっごほっ! く、臭い! まるで野草を煮たようだ!」
フランコが顔を歪めるとリリアーナが心の中で突っ込んだ。
──ふふ。正解! これはその辺に生えてた野草を煮たんだよーん。
すると、オリヴェーロが笑って言った。
「ふふ、殿下。良薬口に苦しですわ」
【一口メモ】
地理的には王都はフィレンツェをイメージしてます。現時点では、ですが。
【後書き】
読んでいただきありがとうございます!