【本編5】 第一王子を釣り上げよう
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宮殿。第一王子かつ財政省大臣の執務室。
「──やあ、リリアーナ嬢。久しぶり」
爽やかな雰囲気を漂わせる第一王子が挨拶した。
「フランコ殿下、お久しぶりですわ。今日はお時間を取っていただきありがとうございます」
リリアーナはカーテシーをし、背後に控えるシルヴィアがそれを見守る。
今回、オルカは部屋の外で待機している。
そして、フランコ第一王子が口を開く。
「いやいや、儲け話は大歓迎だよ。そちらが手紙に書かれていた貿易商の方かな?」
フランコがシルヴィアを見ると、シルヴィアもお辞儀した。
「オリヴェーロ商会の、オリヴィア・オリヴェーロと申します。よろしくお願いいたします」
シルヴィアがオリヴィアと名乗ったのは身分を偽るためだ。勿論、オリヴェーロも偽名だ。
「よろしく、オリヴェーロさん。さあ、座って」
フランコが勧めると、一同はソファに座った。
「さて。リリアーナ嬢、君が手紙でくれた儲け話の詳細を聞かせて貰えるかな?」
フランコの問いにリリアーナが答える。
「はい殿下。ここにいるオリヴェーロさんから、新しいお茶の輸入経路を確保したので、出資しないかと持ちかけられまして」
「ほう。新しいお茶とは?」
「東洋のお茶。緑茶の一種でございますわ」
「緑茶? 聞いたことはある。新しいと言うほどではないと思うが?」
「それが、このお茶は、何でも仙人が愛飲していた茶葉とかで、効能が凄いんですの」
仙人や効能という怪しいキーワードが出たことでフランコは眉をひそめた。
「……効能?」
「なんと、痩せる効果があるんだそうですよ!」
「……ほう。にわかには信じ難いな……」
明らかにフランコは疑っている様子。そこで、オリヴェーロが口を挟む。
「殿下。疑われるのは無理もありません。私どもも当初は疑っておりました。
ですが、ものは試しと、西区の商業地域だけで発売してみたのです」
「ほう。それで?」
「すると、あれよあれよと、痩せると評判が広まるではありませんか。
そこで、思い切って増産しようと思った次第です」
「ほう。それはすごい。なるほど。もし本当に痩せるのなら、莫大な利益を見込めるな……」
が、しかし。ここでオリヴェーロは今言ったことを否定してみせる。
「ですが、殿下。私はこのお茶に痩せる効果はないと思っております」
「何? 話が違うじゃないか」
「はい。ですが、こういう健康食品と言うものは、信じれば効果が出たような気がするものでございます。
きっとお客様達は痩せたと信じたのでしょう」
「ふーむ。そう言われると説得力があるな……」
そこでリリアーナが頭の中で呟く。
──ふふ。最初に怪しい商品を提示し、しかしそれは偽物だと否定してみせる。
これで相手の信用を勝ち取る。
オリヴェーロが続ける。
「ですが、偽物でも私どもは別によいのです。
このお茶を飲んで痩せた方もいる、と宣伝するだけで、痩せたい方々は飛びつくでしょうから」
「確かに」
「なので、私どもはこのお茶を増産したいのです。が、生憎、資金が足りません。
実は会社を立ち上げたばかりで、まだまだ実績がないため、銀行からの融資も難しく……」
「そこで、個人的に出資して欲しいと言うわけか」
「左様です」
そこでリリアーナが口を開く。
「わたくしのグランデストラーダ家も出資いたしますわ。
けれど、何せ東洋でも山の奥地からの輸入になりますので、莫大なお金がかかり、グランデストラーダ家としては必要な資金の50%しか出せませんの」
「ほう。いくら必要なのかな?」
そこで、オリヴェーロは鞄から計画書を出して、フランコに渡す。
フランコは記載された予算の額を見て驚いた。
「な! これほどの額とは……」
そしてリリアーナが言う。
「グランデストラーダ家としても挑戦ではありますが、みすみす利益を逃したくはありませんから」
「ふーむ」
と、ここでオリヴェーロが畳みかける。
「実はありがたいことに、他の貴族の方々も出資に興味を示していただいておりまして、後日、お話を持っていく予定なのです」
「ほう。つまり、私がもたもたしていると先を越されると?」
「ええ。ですが、やはり高貴な方を優先したいというのが私どもの考えでして」
「なるほど」
と、そこでフランコはあごに手を当てて思案する。
数秒の沈黙の後──。
「いいだろう。私も出資しよう」
そこで、オリヴェーロは来たっ! と、目を輝かせた。
「──しかし、条件がある」
と、切り出したフランコの言葉にオリヴェーロは虚を突かれる。
「条件と申しますと?」
「君は貿易商だ。当然、船と工場を持っているのだろう? それを視察させて欲しい」
「え、それは……」
「この話はリリアーナ嬢も乗っているし、疑うわけではないが、高額な取引だ。私も自分の目でそのお茶を確かめたい」
それを聞いて、オリヴェーロはリリアーナを横目で見る。どうする? とでも聞きたそうに。
すると、リリアーナは涼しい顔だった。それを確認したオリヴェーロは答える。
「しょ、承知しました。ではいつ視察されますか?」
「ふむ。では今から行こう」
「えっ」
「馬車を出す。案内したまえ」
【一口メモ】
ちなみに文明としてはざくっと19世紀をイメージしています。シャーロック・ホームズらへんの時代の異世界です。
【後書き】
読んでいただきありがとうございます!