【本編19】 国王作戦の種明かし
*
仕立屋はまだ人で溢れている。
ジオーヴェは警察が捕まえた。だが、リリアーナも国王襲撃の容疑者であることに変わりはない。
部屋にいる一人の警察官が言う。
「ヴィヴィアーニ巡査部長、あの女性も捕らえるべきでしょう」
ヴィヴィアーニ=警察官のリリアーナは、マフィアの構成員であることを隠して警察官をやっている。
つまり、警察官としては同意せざるを得ない。
「ええ、そうね……」
警察官のリリアーナは仮面のリリアーナに声をかける。
「ちょっと、そこの鈴蘭と言う方。あなたも署まで同行いただきましょう」
警察官のリリアーナはゆっくり仮面のリリアーナに近づく。
さて、仮面のリリアーナとしては──。
リリアーナの行動理念は正義としての悪だ。
であるならば、リリアーナも取り調べを受けるべきだとリリアーナ自身も思うところだが……。
──すまない。今はまだ捕まるわけには行かない。まだ成すべき事が残っている。私がダブルスタンダードであるとは重々承知だ。
リリアーナが心の中でそう呟いた時だった──。
「ちょっとー。ジオーヴェは逃がさないわよー!」
と、店の入り口から声がした。なんと、外で見ていた群集が入り口から店の中に入って来たのだ。
群集の先頭に立つのは、女装した2mを超える大男。勿論、ゴメルだ。
「なんですってー!?」
と、警察官のリリアーナはわざとらしく驚く。
「ジオーヴェを警察なんかに渡さないわよ。あたし達の手で罰を与えるわー!」
ゴメルがそう言うと、群集が店に雪崩れ込んだ。
「そうだ! そうだ!」
店の中は群集でごった返して、もはや収集のつかない状態だ。
「これはーまずいわー。警官は引けー! 裏口から引けー!」
警察官のリリアーナは、ジオーヴェと警察官に逃げる命令を半ば棒読みで下した。
ゴメルと民衆はそれを追おうとするが、何気に、ゴメルは民衆が警官に近づけないように体で抑えている。
実はゴメル達はただの演技なのだ。本気でジオーヴェを追うつもりはない。目的はリリアーナを逃すことなのだ。
そうして、警察官達はジオーヴェを連れて裏口から出て行った──。
そこで、入り口からセドムが入って来る。
セドムは倒れているオルカの元へ駆け寄った。
オルカのそばにはリリアーナ、シルヴィア、ヴァンツァが付いている。
「さあ、みんな、馬車を用意してあるですぉ。行きますぉ」
と言ってセドムは血だらけのオルカを背負い、リリアーナ、シルヴィア、ヴァンツァと共に店の入り口から抜け出した。
一向は大通りに待機していた馬車に向かう。
シルヴィア、ヴァンツァが特大の馬車に乗り込むとリリアーナもそれに続く。
後から来たセドムはオルカを馬車に寝かせた。
「ありがとう、セドム」
リリアーナが言うと、セドムが応える。
「ええ。ここの後片付けはお任せ下さいですぉ、ボス」
「ああ、頼んだ」
そうしてセドムは現場に残り、一向を乗せた馬車は走り出したのだ。
*
馬車は大通りを走り、商業地域を抜けた。
馬車の中でリリアーナがオルカに呟く。
「オルカ、もういいぞ」
が、しかし──。
オルカは沈黙したままだ。
「オルカ……? もう死んだふりしなくていいんだぞ?」
そう言いつつも心配になったリリアーナはオルカに顔を近づける。
同じ馬車に乗っているシルヴィアとヴァンツァも心配そうに見守る。
「まさか……! オルカ、オルカ!」
リリアーナはオルカの体を揺らす。オルカのことが心配でリリアーナは泣きそうだ。
と、その時──。
「……ボ」
オルカが呟いた。
「オルカ、生きてたか!」
「……ボス」
「何だ? オルカ、まさか怪我をしたのか!? 大丈夫か! オルカ!」
オルカが応える。
「……眠り姫を起こす方法は一つです、ボス」
その言葉にリリアーナはキョトンとする。
「は?」
「ボス、どうかオレに目覚めのキスを」
オルカが言った途端、リリアーナはカーッと真っ赤になった。
「ば、ば、馬鹿オルカぁ! 誰がキ、キスなんてするかぁ! さ、さっさと起きろ!」
恥じらうリリアーナ。オルカはパチリと目を覚ますと、ムクッと起き上がった。
「やれやれ。まあ、可愛いボスを拝めたからよしとするか」
その言葉にまたリリアーナは真っ赤になる。
「お、お、お前なぁ!」
そんな二人のやり取りを見てシルヴィアが笑った。
「はー熱い熱い。青春だねぇ。あんた達」
「シルヴィアも茶化すなぁ!」
「ははは。いやーお似合いだよー。ボスとオルカは」
「も、もー! ま、まあいい。で、オルカは本当に無事なのか?」
リリアーナがオルカに尋ねる。
「ええ。この通り」」
そう言ってオルカはシャツをまくる。
シャツの下には血のりの袋があって、オルカがそれを避けると、綺麗に割れた腹筋が現れた。
「良かった……」
と、そこで、ポカーンと見ていたヴァンツァが口を開く。
「あ、あの……。良ければどういうことだったのか私に説明していただけないでしょうか?
私は事前に指示された役はやりましたが、作戦の全貌がよく分からないのです」
するとリリアーナが言う。
「ああ。そうだな。君には説明しておくべきだな」
そうして、リリアーナは種明かしを始めた。
*
「君にはあらかじめジオーヴェを西区の商業地域に連れて来るよう指示した」
と、リリアーナが言うとヴァンツァが応える。
「ええ。そこで偽の襲撃がある旨は聞かされていました」
「ああ。建物の爆破は私が仕組んだ。
言っておくが、爆破した建物は私が買い上げているし、あらかじめ付近の住人に説明して建物も周囲も無人にしておいた。
だから死傷者は出ていない」
「ええ。落馬した近衛兵もきっと大きな怪我ではないと思います」
「うむ。で、襲撃は成功し、君にジオーヴェを仕立屋に連れて来てもらった」
「ええ。それからはあの通りですね。事前に指示された通り、私は空砲の銃を持って来ていました」
「うむ。それでジオーヴェが使った君の銃では、私は傷つかなかった」
「でも、陛下が持ってきた銃はどうしたんです?
私は事前に空砲の銃を陛下に渡そうとしたのですが失敗しました。
なので、陛下の銃には実弾が入っていたはずですが?」
「君たちは路地を走る時にトマトをぶつけられただろう?
あれは私の指示だ。
そして服が汚れたのでシルヴィアが店で着替えさせた。
その時に、近衛兵に扮していたオルカが銃をすり替えた」
「なんと。あの時に!?」
「もともとジオーヴェの銃はすり替える予定だった。
そのためにジオーヴェの銃の機種は何ヶ月も前から調べていた。
そして勿論、弾は空砲だ」
「なるほど。陛下がオルカさんを撃ったとき、オルカさんは血のりの袋を自分で傷つけて血を流した。
だから陛下は実弾だと思ったんですね」
「その通り。実はオルカだけでなく、私もシルヴィアも血のりの袋を身につけていた。
誰が撃たれてもジオーヴェを騙せるようにね」
「なんと用意周到な」
「本来は私が撃たれて、シルヴィアがジオーヴェを追い詰めるはずだった。
が、なぜかオルカは私を庇った」
そこでオルカが口を開く。
「空砲というのは紙が入った弾を使っています。
実は空砲でも至近距離で撃てば殺傷の危険性はある。
少しでも危険があるのならオレはボスの盾になります。
誰にもボスは傷つけさせない。それだけは譲れない」
それを聞いてシルヴィアが茶化す。
「いやーん。かっこいい」
そこでリリアーナは過保護気味のオルカに「はぁ」と半ば呆れたが話を続ける。
「まあ、オルカの機転のおかげで、私がジオーヴェにとどめをさせた。
商業地域の人々から私に対して、マフィアのボスとしての信頼も上がることだろう」
そこでオルカが胸を張って言う。
「まさに、オレの狙い通り」
そんなやり取りにヴァンツァは感心してしまう。
「そうだったんですか。あなたは本当にすごい方だ」
けれど、リリアーナは思い上がらない。
「いや。全てはみんなの協力があったからこそだ。特にヴァンツァ君、君がいなければこの作戦は成り立たなかった。感謝する」
「ええ……」
ヴァンツァは少し思いを巡らせる。ヴァンツァは王を守る立場だ。にも関わらず王を裏切る計画に加担したのには思うところがあったのだろう。
「……あのビラの犠牲者の中に、私の姉の名がありました」
「うむ。知っていた」
「姉は大学の助教授で、陛下の悪政を糾弾するコラムを冊子にして配っていたんです」
「それで、ジオーヴェに目をつけられたんだね」
「ええ。私が病院で対面した時は、姉はもう還らぬ人でした……」
ヴァンツァは辛そうに口を閉じた。リリアーナにはヴァンツァの悲しみはよく分かる。
「復讐してもお姉さんは生き返らない。
悲しいことに君の気分が晴れることもないだろう。
だが、少しはお姉さんに報えたはずだ」
「ええ。きっと姉はあなたに感謝しています。全てはあなたのおかげです」
「そう言って貰えると私も嬉しい。で、君はこれからどうするのかな?」
「わかりません。私は王を守ることに身を捧げて来ました。しかし王が悪人であるならば、私はもう役目を果たせません……」
「では君に頼みがある」
「何でしょうか?」
「次の王を守って欲しい」
「次の王というのは、今の状況ですとアンナマリア殿下のことでしょうか?」
「私が名を言うとその方の迷惑になるかもしれない。
だから敢えて名は言わない。
だが、誠意のある人が次の王になるだろう」
「分かりました。それならば私は私の務めを果たします」
「うむ。君なら安心だ。それで、私達の正体のことなんだが──」
リリアーナが言う前にヴァンツァは応えた。
「心配いりません。私は秘密は守ります。私は法を尊びますが、この国にはまだ、あなたのような方が必要だと思います。
法を破ってでも世を正そうとする方が」
「そう言ってくれて感謝する」
一向を乗せた馬車はある場所で止まる。
ここが皆が解散する場所だ。
やがて一向は散り散りに別れ、リリアーナとオルカは別のアジトへ向かった。
こうして、国王の失脚劇は幕を閉じのだ。
【一口メモ】
この種明かしについてはいろいろ突っ込みどころはありますが、細かいことは気にしませんでした。
【後書き】
読んでいただきありがとうございます!