【本編18】 国王、ざまぁ
*
ショーウィンドウのカーテンが閉めきられた店内で、ソファに座る二人。
ジオーヴェと仮面を着けたリリアーナ。
ジオーヴェは銃口をリリアーナに向けているが、リリアーナに怯える様子はない。
リリアーナの傍らには近衛兵に扮したオルカがいて、シルヴィア、ヴァンツァは周囲で見守っている。
そして、ジオーヴェが口を開いた。
「大通りの襲撃も貴様がやったのか?」
リリアーナが答える。
「知らない」
「どうやってヴァンツァを取り込んだ?」
「知らない」
「くっ。貴様、余を馬鹿にしているのか!?」
「お前はどうなのだ?」
「あ? 何がだ?」
「今朝配られたビラに、お前は罪なき人々を暗殺したと書かれていた。
お前はそれを認めるのか?」
「認めるわけがないだろう! 余は何も知らん」
「ふ。だろうな。であれば探り合いなど時間の無駄だ。お前と私が話すべきことは一つだけだ」
「一体、何を言っている?」
「お前は、この国をどうするつもりだ?」
「はぁ? わけの分からんことを」
「お前が否定しようとも、今朝のビラは真実だと国民は気づいている。
お前は自分の政治に逆らう者を暗殺し、警察に圧力をかけて揉み消している」
「戯言を!」
「お前は国を統べる立場にあるくせに、この国を良くしようとはしない。
王族や上級貴族は私利私欲を肥やし、公平な社会とは程遠く、平民は悲嘆に暮れている。
貧民街ではパンさえ買えない人々で溢れているのに、お前は社会問題に見向きもしない。なぜだ?」
「それを聞いてどうするつもりだ」
「お前が裁きを受けるべき人間かどうか判断する」
「ふ。神にでもなったつもりか?」
「勿論、私は自分を神などとは思っていない。私はただの一市民に過ぎない。
だが国は国民なくしては成り立たない。
であれば、お前は国民に説明する義務があるはずだ。
お前を裁くのは国民だ。
ここに、多くの国民がいると思って話すがいい」
「はっ。馬鹿馬鹿しい! 先程から世迷言ばかり言いおって。
だが答えてやる。貴様の思い上がりをへし折るために!
先程の答えは簡単だ。一言で言い表せる!」
「何だ?」
「弱肉強食! 余が行うのはただそれだけだ!
強い者は天井で暮らし、弱い者は底辺に甘んじる。そういう社会だ。
だが、これはただの自然の摂理だ。
余を糾弾するなどおこがましい。
この世に公平などない! 弱者が苦しむのは、強者に成れぬ自分が悪いのだ!」
「弱者を助けるつもりはないと?
貧民街で生まれた者は今日を生きるのに必死で、まともな教育も受けられない。
金も学もなければ、強者になれるチャンスなどない」
「獅子が蟻を気にするか? 生まれつきの弱者など、余のような絶対的な強者にとってはどうでもいいことだ」
リリアーナに驚きはなかった。答えは分かっていたことだ。
「そうか。良く分かった。お前が君主でいる限りこの国に未来はない」
「貴様に言われる筋合いはない!」
ジオーヴェは声を荒げたが、リリアーナは気にせず続ける。
「お前は今朝のビラで、殺人の容疑がかけられている。お前を警察に突き出す」
「はっ。それが無駄なことだと貴様は分かっているはずだ。警察は余に勝てん!」
「そうか。なら、民衆に突き出してもいい」
「何ぃ?」
「民衆はお前の犯罪に憤っている。
彼らがお前をどうするかは分からないが、きっと彼らの前ではお前は、強者ではいられないだろうな」
その言葉はジオーヴェを激昂させた。
「調子に乗るなよ! 小娘が! 貴様は今、銃を向けられているんだぞ!
余は貴様ごときを殺すのに躊躇はせん! 撃たれたくなければ、跪いて今の非礼を詫びろ!」
リリアーナは全く動じないどころかさらにジオーヴエを焚き付ける。
「先程お前は自分のことを強者だと宣ったが、お前は勘違いしている。
なぜなら、お前は私より弱い。
弱者のお前に私は殺せない」
その言葉は、完全にジオーヴェをキレさせた。
「余が弱者なわけあるか! 狂人が!
余に赦しを請うどころか、虚勢を張って余に楯突く者などに、生きる価値などありはしない!」
ジオーヴエは最早止まらない。
「貴様はここで死ね!」
ジオーヴェは銃を持つ手を伸ばした。
その銃口は完全にリリアーナを捉えている。
ついに、ジオーヴェは引き金を引く。
弾丸はリリアーナを貫く、誰もがそう思った。
が、その刹那──。
リリアーナの横から何かが動く。
オルカだ──。
近衛兵に扮しているオルカがリリアーナの前に被さった。
「な!?」
リリアーナは、オルカが自分の盾になったことに驚愕した。
──オルカ!? なぜだ!? 台本と違うぞ!
が、銃は火を吹いた。
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! と甲高い音が響き、オルカの身体を衝撃が貫いた。
周りにいたシルヴィアは、口に手を当てて泣き出しそうに見守り、ヴァンツァも声が出せなかった。
カチッ。カチッ。カチッ。
ジオーヴェは弾が無くなっても、まだ銃を撃とうとしている。完全に理性が吹っ飛んでいる。
リリアーナは、そんなジオーヴェのことなど構わない。
急いで自分の盾になったオルカを抱きしめると、呼びかける。
「なぜだ! なぜ君は私をかばった!? 私が犠牲になるはずだったのに!」
どんどん身体が紅に染まるオルカ。口からは血が伝う。
オルカは意識が朦朧とする中で呟いた。
「あなた……は、死ぬべきじゃない……。オレが守るべき……は、あなただ。王は法を破った……」
「だからと言って君が、私の代わりに死ぬことはないだろう!」
「オレは……見つけた……。あなたという光を……。暗闇の中でもがいていたオレを、あなたが救ってくれた……」
「ガ、ガブリエル!」
徐々にオルカの声は小さくなる。もう、リリアーナ以外には聞こえないほどに。
「オレは……、あなたの盾でいられたことを誇りに思う……」
そして、最後に囁いた──。
「お嬢、愛してる」
リリアーナの目に涙が溢れる。
「ガブリエル! 死ぬな! ガブリエルーーーー!」
オルカは、息絶えた──。
*
店の中は静まり返っていた。
リリアーナはオルカを抱きしめ、シルヴィアは泣き、ヴァンツァは苦悩の表情を浮かべている。
そこで、ジオーヴェが口を開く。
「ふん。良く分からんが命拾いしたな。小娘」
その言葉を聞いてリリアーナの中で何かが爆ぜた。リリアーナはキッとジオーヴェを睨みつける。
ジオーヴェにはその目が気に食わない。
「貴様ー! まだ余に歯向かうか!」
ジオーヴェはヴァンツァから奪い取った銃を構える。
そして引き金を引いた。
パンッ! パンッ! パンッ!
閃光と銃声がするも、リリアーナは動じない。リリアーナはすっくと立つと、歩み始めた。
「な、何!? なぜ、当たらん!?」
パンッ! パンッ! パンッ! カチッ、カチッ、カチッ。
リリアーナは撃たれているのを無視してショーウィンドウの方へ歩み寄る。
「な、なぜ弾が当たらんのだ!? 一体何をしている、貴様は!?」
ジオーヴェは気が動転して事態が理解できない。
そこで、リリアーナがカーテンに手をかけた。
「……見るがいい。ジオーヴェ」
リリアーナは静かに言うと、シャッとカーテンを開いた。
そこには──。
「な、何ぃぃぃぃ!?」
ジオーヴェはショーウィンドウの外の景色を見た途端、驚愕した。
なぜなら──。
ショーウィンドウの外には、民衆が集まっていた。数百人はいる。全員、店の中を静かに見ている。
実はこの仕立屋は大通りに面していて、ずっと群集が店の前にいたのだ。
「ば、馬鹿な!?」
ジオーヴェはそこで初めて気づいた。
「き、貴様! 余を嵌めたな!?」
リリアーナが誇らしげに言う。
「そうだ。言っておくが、私はテロリストではない。
私は、有罪が確定していないお前を民衆に引き渡すつもりはなかった」
「余にわざと銃を撃たせたな!」
「勘違いするな。お前がお前の意志で撃ったのだ。
お前がお前の手で、罪なき者を殺めたのだ。
現行犯ならば、お前は罪を否定出来ない」
「貴様ぁー!」
と、その時──。
突然、店の奥から人がぞろぞろと入って来た。
「ひっ」
と、ジオーヴェは怯える。暴徒かと思ったのだ。
だが、裏口から入って来たのは警察官だった。五、六人の警察官はみんな銃を構えている。
一人の女性警察官がジオーヴェ銃口を向けて言う。
「銃を捨てて下さい! 陛下!」
「ちっ」
と言って、仕方なくジオーヴェは銃を捨てる。
「陛下、私はヴィヴィアーニ巡査部長です。あなたを殺人の現行犯で逮捕します!」
そう。店に踏み込んで来たのは、第三王子の時に活躍した、警察官のリリアーナ・ヴィヴィアーニだった。
ジオーヴェは、苦い表情をする。
が──。
「ふは。ふははは」
突然、ジオーヴェは笑い出した。
警察官のリリアーナは戸惑う。
「何がおかしいんです? 陛下!」
すると、ジオーヴェはショーウィンドウの方のリリアーナに向かって言う。
「ふはは。貴様は勘違いしているぞ! 小娘!
余が撃ったのは正当防衛だ!
こいつらは余を襲撃し、この店で余を暗殺しようとした!」
「……」
ショーウィンドウのリリアーナは何も言い返さない。
「店はカーテンが閉まっていた!
群集が外にいようと、誰も一部始終を見てはいない!
貴様がどう言い訳しようが、貴様はテロリストだ!
正当防衛だから余の勝ちだ!!」
ジオーヴェは高らかに宣言した。
だが──。
「ふ。馬鹿め」
と、リリアーナは呟く。
「何ぃ?」
ジオーヴェが眉をひそめると、リリアーナはシルヴィアの方を向いた。そして口を開く。
「シルヴィア。説明してあげて」
すると、さっきまで泣いていたシルヴィアは立ち上がった。
「かしこまりました。実はこの店には仕掛けがあるんですよ、陛下」
その言葉にジオーヴェは戸惑う。
「仕掛け、だとぉ?」
シルヴィアはとことこと壁に向かい出した。そして、棚の奥を指差す。
「これ、何だか分かります? 上手く隠してあるんですが、これ、伝声管なんですよ」
「伝声管……?」
「この部屋の会話はずっと伝声管の先に聞かれていました。
さて、この伝声管は何処に繋がっていると思われます?」
それを聞いて、ジオーヴェは青ざめる。
「ま、まさか……」
「ええ、きっとそのまさかです!
この伝声管は、大通りに繋がっています。裏口の路地にも!
つまり、外にいた群集も警察官も一部始終を聞いていたんですよ!」
「な、何ぃぃぃぃっ!?」
そこで、警察官のリリアーナが言う。
「そうです。陛下は無害な人間を殺しました。ここにいる全員が証人です。
つまり、正当防衛は通用しません。逮捕します!」
警察官のリリアーナが言った瞬間、そばにいた警察官がジオーヴェを取り押さえに行った。
「無礼者ども、放せ!」
警察官に捕まえられて、もがくジオーヴェ。
そんな、連行されるジオーヴェに、リリアーナは言い放つ。
「群集ではなく、警察に引き渡されることを有り難く思え。
お前はここにいる国民に、悪政を変える気がないことを自ら語った。
彼らに引き渡せば、すぐにお前の体は首を失うだろうからな」
「貴様ぁー! 許さんぞ! この借りは必ず返すからな! 貴様だけはこの手で殺してやるぅぅぅー!」
そんなジオーヴェにリリアーナは冷たく言い放つ。
「ジオーヴェ、何度も言わせるな」
「何がだ!?」
リリアーナはジオーヴエを見下して。
「お前は私よりも弱い。ここにいる誰がそれを疑う?」
それを伝声管を通して聞いた、店の前にいる数百人もの人間が一斉に頷いた。
「そうだ! ジオーヴェ! お前は弱い!」
「そうだ! お前は負けたんだ! ジオーヴェ!」
「裁きを受けな! あたし達の苦しみを味わうといい!」
それを聞いてジオーヴェは顔を歪めた。
「くっ。愚民どもがぁ」
そして、リリアーナが畳み掛ける。
「ジオーヴェ、最後に教えてやる。
お前はもう二度と強者にはなれない。
なぜなら、私は既にお前を極刑にするために、あらゆる所に手を回しているからだ!」
ジオーヴェは目を見開いた。
「な、何ぃぃぃぃっ!?」
ジオーヴェにはそれが嘘でないことが直感で分かった。リリアーナならきっとそれが可能だ。
まるで、目の前に立つ女は悪魔の化身──。
ジオーヴェは完全にリリアーナの手のひらの上で弄ばれていた。
ジオーヴェの全身から汗が噴き出る。
初めて感じる恐怖──。
圧倒的な強者への敗北感──。
そんなジオーヴェに、リリアーナはとどめを刺す。
「地獄という底辺で、永遠に苦しみ続けるがいい! ジオーヴェ!!」
リリアーナの言葉は、ジオーヴェの心を完全に打ち砕いた。
「よ、余は……。余は……」
徐々に顔を伏せるジオーヴェ──。
「きょう、しゃ、だ……。ぜったい、てきな、きょうしゃ、なんだ………………」
どんどん小声になり──。
「……」
やがて、ジオーヴェは口を閉ざした。
【一口メモ】
まだもうちょっと続くので引き続きよろしくお願いします。勿論、ハッピーエンドです。
【後書き】
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