【本編14】 暗殺者を余裕で返り討ち
*
リリアーナの部屋には人が溢れていた。
決して狭くない部屋だがこんなに人が密集するのは初めてだろう。
窓際からドアに向けて数えると、カーテンに隠れているリリアーナ、刺客のタッソとカプラとヴォルペ、ドアに立つメイド服を着たゴメル。
そして──。
「おいおいおい。ふざけるんじゃね〜! お前のどこがメイドだ〜!」
ゴメルの姿を見たタッソが憤る。
「失礼ねぇ。どう見てもメイドじゃなぁい。メイド服を着てるんだしぃ」
「サイズが合ってなくてぱっつんぱっつんじゃねえか〜! あと毛深いんだよ〜!
いや、それよりも髪形がおかしいだろうが〜!
もう全体的に気持ち悪いんだよ〜!」
タッソの言うことには一理ある。
ゴメルのスカートの丈は短く、下着が見えそうだ。
だが、すね毛が濃いのでとてもセクシーとは言えない。
また、髪形に関しては、頭頂部は綺麗に剃っているのに後ろ髪は長く、左右で三つ編みにしている。確かに気持ち悪いと言われても仕方ない。
「あらあら、傷つくこと言ってくれちゃって。分かったわ。あたしでお気に召さないなら、そこにいる彼女はどう?」
と、ゴメルが指差すと、明かりが届かなかった部屋の角にもう一人メイドがいた。
そのメイドが歩み出て言う。
「どうもぉ。セドムですぉ。お客様、おいたはダメですぉ☆」
「てめえも化け物じゃね〜か!」
そう。セドムも大男だ。
南の大陸から来た彼は、褐色の肌で身長はやはり2mを超える。
ゴメルと同じようにミニスカートで、ごつい大腿四頭筋がぴくぴくと脈打っている。
「失礼ですぉ。お客様。せっかく胸パッドまで入れて来たんだから褒めて下さいぉ」
そうセドムが言うとタッソがまたも憤る。
「分かってねぇ〜! お前らは分かってねぇ〜!」
「まあまあ。お客様は一体、何に怒ってるんですぉ?」
「お前らは〜オレの夢と希望を台無しにした〜!
メイドって言うのはな〜、メイド服を着ていればいいんじゃね〜!
その姿は蕾のようにあどけなくて、恥じらうように頬をピンクに染めていて、華奢な体にメイド服が良く似合っていて、オレが殺そうとすると可愛い声で泣いて、殺さないでっ、お願いですって、体を震わせながら懇願して来るような女じゃなきゃいけね〜んだよ〜!」
「まあまあ。あなたは、ど変態ですぉ。妄想に浸るあなたは気持ち悪いですぉ」
そんなタッソのやり取りをカプラが諌める。
「タッソ! お前の趣味を語っている場合か! 今こそお前の暗技を見せる時だ!」
だがタッソは従わない。
「いやだ〜。オレはおっさんなんか殺したくね〜。おっさんは嫌だ〜」
まるで泣き出すようにタッソは動かない。
それを見た、カプラの隣にいるヴォルペが口を開く。
「ちっ。カプラ隊長、オレがやりますよ!」
ヴォルペはナイフを取り出すと、ゴメルに向かって走り出した──。
「あらぁ。あたしを指名してくれるのー?」
ゴメルはナイフに怯まない。が、ヴォルペは躊躇なくゴメルにナイフを突きつける。
「うおぉぉ!」
が──。
ピタッとナイフが止まった。
「な、何ぃ!?」
ヴォルペが驚愕するのも無理はない。なぜなら、ナイフの刃は掴まれていたから。
ゴメルが三本の指だけでつまむようにナイフの刃を掴んでいた。
「ぐっ! 何て力だ。動かねぇ!」
「あらあら、なかなかの手練れだけど、まだまだねぇ」
そう言うとゴメルは丸太のような腕を引いて、パンチを繰り出した。
「ごへぇぇ!」
ゴメルの強烈なパンチはヴォルペの顔にまともに当たり、ヴォルペを吹っ飛ばした。
「ヴォルペ!」
カプラが、床に倒れたヴォルペに駆け寄って声を掛ける。
「ヴォルペ、ヴォルペ! ちっ。気絶している」
「あらあら。刺客のくせにだらしないわねぇ」
「くっ。こいつら、ただの大男ではない。軍人か傭兵か!?」
カプラは劣勢を理解した。
「さあ、あなた達はどちらを選ぶ? セクシーなセドム? それとも濃厚なあたし? どちらも舌が唸るほどの美味よー」
「くっ。どちらも遠慮したい」
「あら、それはダメよ。あなた達のためにわざわざ駆けつけて来たんだから。ねぇ、セドム?」
「そおですぉ。久しぶりに大暴れできると思ってゴメリンと楽しみにしてたですぉ。だから、今日は朝まで寝かさないですぉ」
それを聞いてカプラは青ざめる。
「ああ、胃が痛い……。何でこんなことに……」
そう言いながら、カプラは横目でタッソを見た。タッソならこの状況を打破出来るかもしれないと思って。が──。
「おっさんは嫌だ……、おっさんは嫌だ……」
タッソはよほど戦いたくないのか、ぶつぶつ呟いたまま動かない。
「さぁ、観念するですぉ。ちなみに私は脚技が得意ですぉ」
セドムが鍛えられた脚をこれみよがしに見せる。
「くっ。こうなったら仕方ない……。使いたくはないが仕方ない……」
カプラは自分に言い聞かせるように言うと何かを決心した。
「よし。タッソ! 許してやる! カーテンにいるリリアーナ嬢を殺せ!」
それを聞いたタッソは急に目の色が変わった。
「へへ。へへへ……。そうだよ〜。まだ娘がいたじゃないか〜。汚いおっさんを見た後は〜、娘で口直しだ〜!」
そう言うとタッソはカーテンの方へ振り向く。
「むふ〜! 娘〜! 存分にオレを楽しませてくれ〜!」
タッソはカーテンに走り出した。
「さあ! 可憐な姿を。怯えた表情を見せてくれ〜! 令嬢〜!」
タッソはカーテンにたどり着くと、シャッとカーテンを開けた。
すると──。
「やだー。開けないでよー」
と、カーテンの中にいたリリアーナが呟いた。
が、カプラが叫ぶ。
「ち、違う! そ、そいつはリリアーナじゃない!」
カプラは動揺を隠せない。なぜなら──。
「そいつは、きっと女装した執事だ!」
そう。カーテンに隠れていたのは、女装したオルカだった──。
*
タッソと対峙する女装したオルカ。オルカはカプラに見破られたことを笑って返す。
「ふふ。そうだ。よく見破ったな。カツラまで被ったのに」
それを聞いたカプラが声を上げた。
「はっ、嵌められたー! 作戦は失敗だー!」
カプラが悔しがる。が、タッソは──。
「綺麗だ〜」
その反応にオルカが驚く。
「え?」
「なんて綺麗な令嬢なんだ〜。こんな令嬢を殺せるなんて今日はいい日だ〜」
「いや、待て待て。オレは男だぞ?」
「大丈夫。オレの中ではお前は女だ〜。きっとお前はオレの殺しの中で、歴代一位のいい女だ〜」
陶酔するようなタッソにオルカは呆れる。
「やれやれ。変態もここまで来ると賞賛に値するな。まあ、オレはお前に殺されてはやらんが」
オルカはそう言うとタッソに向けて拳を構えた。
「い〜や。お前はオレが心行くまで切り刻んでやる〜! 久しぶりに暗技を披露する〜!」
タッソはナイフを取り出して構えた。切っ先を手首側に向ける構え方だ。
タッソが構えただけで、まるでタッソから黒いオーラが湧き出たように殺気が部屋に充満する。
そこで、タッソを背後から見守るカプラが感心して呟いた。
「おお。やっとやる気を出した!」
そんなカプラにゴメルが呟いた。
「あらあら。珍しいナイフの持ち方ね」
カプラは、ゴメルもセドムも自分に仕掛けてくる気がないことを察して、タッソの戦いを見守る。
「奴の暗技は東洋で身につけたナイフ術。奴はただの殺人鬼ではない。元々は優れた軍人だった」
「へぇ。よくわからないけど凄そうねぇ」
「奴が本気を出せば誰も奴に敵わない。令嬢がいなかったのは惜しいが、執事は死んだも同然だ」
「ふふ。それはどうかしら。ねぇ、セドム?」
すると、セドムが応える。
「ええ。オルカ様なら大丈夫ですぉ。なぜならあの方は私達より強いですぉ」
その言葉はカプラを驚かせた。
「な、何!? あんな華奢な奴が?」
「オルカ様の過去は謎ですが、きっと何処かの特殊部隊にいらしたんですぉ」
「そうねぇ。あたし達も軍人だったけど、オルカ様はもっと洗練された技術を持ってる。惚れちゃうわぁ」
カプラは半信半疑でオルカを見る。が、カプラにも自信はある。
タッソが敗れるわけはないと──。
*
「へへ〜。安心しろ〜。その綺麗な顔は傷つけないでやる〜」
タッソがニヤリと言うとオルカが応える。
「そいつはありがたい。だが忠告しよう。手加減しない方がいい」
「むふ〜。なぜそんな自信があるのかな〜? ミステリアスだな〜。まあ、それはそれで〜。殺しがいが、あるっ!」
タッソはナイフを繰り出した。
素手のオルカは不利なように見えた。が──。
オルカはタッソの手首の付近を払い、危なげなくナイフをかわす。
タッソが刺し、オルカが払う。何合ものやり取り。
オルカの動きを見て傍観しているカプラが驚く。
「な!? あの執事、何て動きだ! 只者じゃない!」
ゴメルが同意する。
「そうねぇ。相手はナイフを持ってる。にも関わらずオルカ様は素手であの余裕。格が違うわねぇ」
タッソとオルカの剣戟は続く。いや、オルカは素手だから格闘と言った方が正しいのかも知れない。
「やる〜。やるな〜。いい〜。いいな〜お前!」
タッソはそう言いながらスピードを上げる。きっと身体が温まって来たのだ。
「ああ。オレもこんな相手は久しぶりだ」
オルカの反応速度も上がる。
「いい〜! もっとだ〜。もっとオレを楽しませろ〜!」
タッソはついに脚技も使い始めた。
「なるほど、見たことのない武術。東洋の格闘技っぽいな」
オルカも脚で受け止める。スカートが邪魔だがオルカは気にしない。
いつの間にか二人は部屋の中を移動している。
テーブルのそば、ベッドのそば、暖炉のそばを通る。
オルカの動きにカプラが目を見張る。
「何て奴だ。なぜあんなに動ける? なぜナイフが怖くない!?」
そう、カプラが言うとセドムが解説する。
「あなたも元軍人っぽいぉ。なら分かるでしょ? 戦いの恐怖が。でもきっとオルカ様はそれ以上の恐怖を知っているんだぉ。だからナイフに怯まない」
それを聞いたカプラは呟く。
「一体、奴はどんな過去を……?」
*
そして──。
「はは〜! 楽しい! こんなに楽しいのは初めてじゃないか〜? お前は最高だ〜! お前はオレの一番だ〜! お前もそうだろ〜? お前の一番はオレのはずだ〜! オレ達は相思相愛だろ〜?」
タッソはゾーンやフロウと言われる状態に入った。
極限の集中力。達人のタッソがこの状態になる時。どんな猛者も敵わない。
だが、オルカは例外だった──。
「相思相愛? 勘違いするな」
「何〜?」
「お前が強者を求める気持ちは分からなくはない。オレもかつてはそうだった。そう。お嬢に会う前は」
「お嬢〜? この家の娘のことか〜? 娘はオレよりも武術に優れていると言うのか〜?」
「ふ。本当の強さとは武術ではない。お前には分かるまい。
ただ一つ言えるのは、お前はオレの一番ではない」
「何〜?」
「お前など、お嬢の足元にも及ばない」
「く〜。悔しいぜ〜! ならもう終わりだ〜。お前を殺して娘も殺す〜!」
リリアーナを殺すという言葉を聞いた瞬間、オルカの目が光った。
オルカから凄まじい殺気が放たれる。タッソを超えるどす黒いオーラ。
これにはタッソも怯んだ。
「なっ! 貴様、まさか〜!」
「褒めてやる。オレを狂犬時代に戻すほど怒らせたのはお前が初めてだ」
「まさか、まだ本気じゃなかったってのか〜!?」
「死ね」
オルカは目にも止まらなぬ連撃を繰り出した。
本気を出したオルカにタッソは全くついて行けない。
ついにオルカはタッソを投げて床に押し付けた。
「ごふぅっ!」
タッソが顔を床に打ち付ける。
オルカはタッソの腕を取ると躊躇なくボキッと折った。
「ぐはぁっ!」
タッソが痛みに悶える。カプラ達にはオルカがこのままタッソを殺してしまうかに見えた。
が──。
「──と、思ったが、オレはもう狂犬じゃないんでな。お嬢の部屋を汚したくはない。
これで戦いは終わりだ」
オルカは正気に戻っていた。
「く、くそ〜! 悔しいよぉぉ〜!」
タッソは泣き始めた。
「さてと」
と、オルカはタッソに目もくれず、ただ一人残ったカプラを見据える。
「あんたがリーダーか? どうする? まだやるか?」
そう聞かれたカプラは、自身の懐からナイフと銃を取り出して床に落とした。
そして両手を上げる。
「──降参する。胃が痛くてな。動けない」
それを聞いた一同は一気に緊張が解けた。
「まあまあ。私の出番がなかったですぉ」
セドムがそう言うとオルカが応えた。
「セドムには尋問を任せたい。そいつから雇い主を聞き出して欲しい」
「了解ですぉ。オルカ様」
「あたしも手伝うわぁ」
と、ゴメルが言うと、その後、セドムとゴメルの二人で刺客の三人を部屋から連れ出した──。
**
刺客が来ていた時、リリアーナは、不在にしている父親の寝室に隠れていた。
リリアーナが読者をしていると、コンコンとノックがある。
リリアーナが「どうぞ」と言うとオルカが入って来た。まだ女装のままだ。
「お嬢様。刺客を片付けました」
すると、リリアーナがオルカに駆け寄る。
「オルカ、無事だったか? 怪我はないか?」
リリアーナはオルカの顔をまじまじと見る。
一瞬、オルカはキョトンとしたが、すぐに微笑んで返した。
「はい。私は無事です。どこも怪我しておりません」
「良かった。私はお前が心配で気が気じゃなかった……」
それを聞いてオルカはハッとなった。
「お嬢様、もしかして今は素に……?」
リリアーナが令嬢を演じることを忘れているようで、オルカが突っ込むと、リリアーナも我に返った。
「あ、うん……。そうね。ごめんなさい。わたくし、取り乱してしまったわ」
「いえ。私も心配かけてすいません」
二人の間に少し気まずい空気が漂い、リリアーナがを慌てて口を開いた。
「で、セドムとゴメルも無事?」
「ええ。さすが『花』でも指折りの猛者。『ツノナスの君』も『ドクニンジンの君』も刺客を難なくあしらってくれました。来てもらった甲斐がありました」
「そう。良かった」
リリアーナはほっと胸を撫で下ろす。それを見たオルカが言う。
「刺客から情報を聞き出したら、刺客は警察に渡します」
「そうね。ありがとう。──はぁ。なんだか安心したらちょっとむかついて来たわ」
それを聞いてオルカは驚いた。
「え? むかついて?」
「ええ。だってオルカったら、女のわたくしより美人なんだもの」
オルカは慌てて否定する。
「いやいやいや。そんなことないですよ!」
「まあいいわ。言っても仕方ないことだしね」
リリアーナが諦めたようにため息をつくとオルカは突然声を上げた。
「お嬢!」
「え。な、何?」
「オ、オレにとってはお嬢が世界一可愛い!」
突然のことに、リリアーナは真っ赤になる。
「ちょ、ちょ、お前も素に戻ってるじゃないか!」
恥ずかしさをまぎらわすようにリリアーナが突っ込んだ。
オルカも珍しくクールでなかった。きっと自分のせいでリリアーナが落ち込んだことに焦ったのだろう。
「……」
「……」
二人とも恥ずかしさで黙ってしまう。
しばらくしてオルカが口を開いた。
「そ、そうですね。すいません……」
気まずそうにリリアーナも応える。
「も、もう遅いわ。今夜は休みなさい」
「はい。失礼します」
そう言うと、オルカは静かに部屋を出て行った──。
オルカの姿を見送ったリリアーナは、すぐさまベッドに潜り込んだ。
毛布をかぶって呟く。
「はぁ、どうしよう。ドキドキが収まらないよ……」
その夜、リリアーナはオルカのことがずっと頭から離れなかった。
【一口メモ】
異世界恋愛ではバトルは鬼門。でも書きたかったんです。
ちなみにゴメルは「ガラハド」で検索すると出て来るキャラのような髪型です。
【後書き】
読んでいただきありがとうございます!