【本編12】 そしてラスボスへ
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マルチェロの失脚劇から一週間後──。
リリアーナ・ディ・グランデストラーダは、王都の一画にある仕立屋の二階にいた。
いつもの通り、黒一色の服装で目には仮面を付けている。
「──よくやってくれた。『胡蝶蘭の君』、『アヤメの君』」
リリアーナの前に座るのは、警察官のリリアーナと新聞記者のノエミ。
「君達のおかげで、マルチェロを逮捕することが出来た。本当に礼を言う」
リリアーナが礼を言うと、警察官のリリアーナが応えた。
「いいえ、全てはボスの計画のおかげです」
するとノエミも続く。
「そうですよー! まさか警察署長を巻き込むなんて驚きました」
そこで、リリアーナが説明する。
「チャッチーノ警察署長の別名は『トリカブトの君』。
彼は先代のボスの懐刀だった。ずっと警察に潜伏して世直しの機会を狙っていた」
それを聞いて警察官のリリアーナが言う。
「私、チャッチーノ署長の部下だったのに、全然気づきませんでした」
「ああ。先代のボスの引退と共に、彼も半ば引退していたから」
リリアーナは少し顔を曇らせる。
「……彼は、今回の作戦で免職されてしまった。
そして、過去の収賄も明るみになったことにより、彼は投獄されるだろう」
リリアーナの立てた作戦は彼の警察人生を終わらせてしまった。
「彼が捕まったのは私の責任で、私に弁解する余地はない。
私が自分勝手なのは重々承知だか、私は彼の家族や、出所後の彼の面倒を見るつもりだ……」
きっと、リリアーナがマフィアを動かせば、チャッチーノの投獄前に彼を逃すことも出来るだろう。
しかし、リリアーナはそれをしない。
なぜなら、彼女の行動理念は正義のための悪であるから。
収賄であれ、善良な人々に顔向けできない罪を犯してしまったのなら罪を償うべきだ。そう、リリアーナは考えている。
そして、チャッチーノ、警察官のリリアーナ、ノエミもリリアーナの理念に賛同した上で『花』に属しているのだ。
三人はチャッチーノを思い、しばし沈黙した──。
しばらくしてノエミが話題を変えた。
「──ボス、三王子はみんな失脚しました。これで終わりですか?」
すると、リリアーナは暗さを払拭して答える。
「いや、まだ最後の敵が残っている」
「それは、つまり──」
「今上。ジオーヴェ国王だ」
ジオーヴェの悪政は国民も広く知るところ。
だが、ジオーヴェに逆らうと暗殺されるという噂もあり、誰も声を上げられないでいた。
そんな悪の国王に、リリアーナは立ち向かうという。
それを聞いて二人は決意を述べる。
「ボス、私に出来ることがあれば何でも言って下さい」とノエミ。
「私も、正義のために戦います」と警察官のリリアーナ。
「ありがとう、二人とも。実は計画は既に出来ている。あとは機が熟すのを待つのみだ。
次は今まで以上に大きな作戦になる。
我々が巨悪を倒す様を楽しみにしていてくれ!」
リリアーナは自信を持ってそう言った。
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宮殿。国王の執務室。
国王、ジオーヴェ・ディ・インフェルノは、国家治安警察公安局長のモスキーノを呼び出していた。
「──マルチェロが捕まったのは意外だった」
ジオーヴェが言うとモスキーノが応える。
「ええ。マルチェロ殿下が麻薬組織のボスであったとなると、陛下としても断腸の思いでしょうな」
「ふん。くだらん。麻薬を売ったから何だと言うのだ」
「これはこれは。国を治める方の言とは思えませんな」
「勘違いするなよモスキーノ。
余は良い国を作るために王でいるのではない。
余に王の資質があるから王でいるのだ。
税収さえ確保出来れば、国民がどうなろうと知ったことではない」
「御意。陛下はまさに王の器でございます」
そこで、ジオーヴェは顎髭に手を当てて呟く。
「が、しかし、息子三人が失脚したのは痛いな……」
「ええ。王子全員が失脚されるとは思いもよりませんでした。
これで、陛下の後継者はアンナマリア殿下だけになりました」
すると、ジオーヴェはつまらなさそうに言う。
「アンナマリアに王は継がせん」
「ほう、なぜです?」
「あの子は、潔白な政治などという甘い夢を見ておる。
それは余の政治とは真逆だ。
下手をしたら余の死後、あの子は余に従順だった者たちを断罪しかねない」
「それは、陛下のために何人も暗殺して来た、忠実な臣下の私としましては大いに困りますな」
「まあ、貴様の身を案じるわけではないが、アンナマリアについた方が得だと画策して、余の存命中に余に対する造反分子が湧いて来るのは避けねばならん」
「なるほどさすがは陛下。先見の明に敬服いたします。
ではアンナマリア殿下以外ですと、次期国王候補は陛下の甥のファウスト様になりますかな?」
「まあそんなとこだ。だがそのためには邪魔者がいる」
「アンナマリア殿下の後ろ盾になっている、外務省政務官のグランデストラーダ卿ですな」
「うむ。だが、彼だけではない」
「と言いますと?」
「グランデストラーダ卿の娘もアンナマリアの支えになっていると聞く」
「リリアーナ嬢ですな。裏の顔はマフィアのボスであるなどという荒唐無稽な噂がありますが」
「ふん。馬鹿馬鹿しい噂はどうでもよい。
だが、卿の娘がアンナマリアを推す勢力であることは確かだ。
よってあの親子には消えてもらわねばならぬ」
「御意。ですが、リリアーナ嬢はともかく、グランデストラーダ卿は一ヶ月後に行われるニカ国会談のために我が国を離れておりますな」
「では卿は後回しでよい。まずは卿の娘を排除せよ」
「御意。若い命を絶つのは忍びないですが、仕方がありませんな」
モスキーノはニヤリと笑って言った。
【一口メモ】
警察官のリリアーナを『胡蝶蘭の君』にしたのは胡蝶蘭→造花のイメージ→模倣品→影武者みたいな連想からです。まあこじつけですね。
【後書き】
読んでいただきありがとうございます!