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6.勇者さまと重なって見えます

 



「…………」


 目の前にいるミュウナに一声もかけず、ダンスの先生をじっと見つめるリンデ。


 特徴的な、深く暗い金赤色の髪はツヤツヤで、青磁色の瞳は微笑んでいるものの何を考えているのかわからないくらい濁っていた。


 顔色が悪く、子供らしいふっくらとした頬も少し痩せて線が細くなっていた。


 絵本を読んでから三ヶ月会わないうちに、またリンデの印象は冷たい雪のように変わっていた。


「では一度踊ってみましょうか」


 先生の号令によりリンデに優しく手を取られ、導かれるままにステップを踏む。

 小さい腕に引き寄せられミュウナも一緒にくるりと可憐に回った。


 大人から見ても文句のつけようのないくらい、リンデはダンスが上手くリードも出来ていた。


(……なんか、ちがう)


 前に手を握った時よりも、もっと硬くなった手のひら。

 大好きなベリーケーキを食べたときのキラキラとした表情とうってかわった無表情。

 一緒に勉強すると言って絵本を読んだあのときとも違う、怖い雰囲気。


(リンデはなんか変わった……)


 異変を感じたミュウナが手をぎゅうと握りしめると、リンデはぐらりと足を踏み外し、突然力を失ったように倒れた。


「―――リンデ!」

「…………ハッ、ァ……ハァ……」

「リンデ様!」


 苦しそうな荒い呼吸を繰り返すリンデの頬は熱く、さっきまでの青白さが嘘のように肌全体が赤くなっていた。


 ぐったりと床に倒れこんだリンデをすぐさまダンスの先生は持ち上げ抱えた。


「本日の授業はここまでです!ミュウナ様はお部屋にお戻りください」

「でも、リンデがっ……!」

「リンデ様は大丈夫です。ね」

「お嬢様、お部屋に戻りましょうか」

「リンデッ……」


 廊下で待機していた侍女に引き摺られる形でミュウナはリンデの元から離れることになった。




 そうしてまた暫く会えなくなってひと月が経ちそうだった。


 ミュウナがダンスの授業を受けるための移動で廊下を歩いていると、侍女たちの噂話が聞こえてきた。


「お坊っちゃまがまたお怪我をなさったって本当?」

「……」


 リンデに関する話に、ミュウナは静かに足を止める。


「ええ、剣術の授業で担当する先生が変わってからずっとよ」

「この前も、過労による熱を出されていたわよね……」

「なんだか最近の教育は少し度が過ぎているような気も……」

「しっ。クビになりたくなければ口出ししないの!」


 ミュウナは唇を尖らせて誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。


「ふぅん。あの子ケガしたんだ」


 勇者さま人形を抱きしめる腕の力が一層強くなる。


(わたしだったらケガなんてしないもんね。勇者さまみたいにすっごいんだから!)


 そうして剣術の授業に参加したものの、剣を交える前に振るので精一杯で、リンデの剣がぶつかるだけで腕が痛くなった。


「……っ!」


 涙を目に貯めて恐怖の中何度も必死に剣を受け止めようとするミュウナに、リンデの剣を振るう力はつい強くなった。


 ミュウナの握っていた剣は宙に浮いて地面に突き刺さった。


 リンデの剣術は素人目にも美しく、勇者さまのようにあまりにも強くて怖くなったミュウナは泣いて逃げてしまった。


 剣術の先生から叱咤の視線がリンデに向いた。


「何故力加減をしなかった」

「……」

「授業は終わり。ミュウナ様を追いかけなさい」

「はい……」


 リンデは駆け足でミュウナの部屋の前へたどり着き、深呼吸を何度かしてからいざ足を踏み入れる。


 初めてこの家に来た時以来のミュウナの部屋は、リンデにとって入りづらい場所だった。


 自分と似た髪と目と同じ色のボタンが縫い付けられた勇者さま人形やぬいぐるみが所狭しと置いてある。


 あの時と違い、それらの物が増えたのと、必要以上に用意された教科書やノートが沢山広げられた勉強机が新たに置かれていた。


 棚の上に放置されたやりかけ途中の刺繍と完成品であろうボロボロの何か絵が縫われたハンカチ、床に散らばった楽譜など片付けた様子が一切見当たらない。


 リンデの一際目をひいたのは壁に立てかけてある、淑女に似つかわしくない布の剣の存在だった。


「……」


 ミュウナが自分の背中をずっと追いかけようとしてきている。その自覚はリンデにあった。


(ぼくが絵本の中の勇者と似てるから不安になってるんだ……)


 絵本の中の勇者とリンデを重ね、いつか死んでしまうのではないかとミュウナは不安を常に抱いている。

 だからこそ、リンデと勇者は違うのだとことあるごとに否定し、何かあっても守れるよう彼女自身も強くなろうとしているのだ。


(…………だからミュウが、みんなが心配しなくてもいいくらい、もっともっと強くならないと)


 リンデはそう決意して、ピンクのベッドの上にある膨らんだ山をそっと両手で抱きしめる。


「ぼくの方が剣を習い始めたのが早かったからきっと勝てたんだと思う。だからもう辞め―――」

「そうよね、そうだよねっ!わたしもっといっぱい練習する!」


 布団がパサーッと宙に浮き、その下から散々泣いて目元を赤くしたミュウナが飛び出てきた。


 羽のようなものが空から舞い降りてきて、ミュウナの周りをふわふわと漂う。


「それでリンデに勝つよ!」

「…………うん」


 自信満々に笑うミュウナが眩しくて、それ以上何も言えなくなったリンデはただ目を細めた。




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