5.勇者さまのために頑張ります
「お父様お母様っ、リンデはなんのお勉強をしているの? なんで一緒にご飯を食べないの?ねぇなんで?」
最近出入りしている知らない大人達がリンデの教師だということを聞いたミュウナは、夕食の席で両親を問いただした。
ミュウナの二つ隣の席には、やはりリンデの姿はない。
「リンデは十歳になったらみんなと同じように学園へ行くんだ。今はその練習をしているんだよ」
「わたしと一緒にお家でお勉強じゃだめなの?」
幼い愛娘の純粋な疑問に、父親であるエシドは少し困った。
貴族の子どもたちは皆、十歳になると王国の学園へと入り宿舎で生活することになる。例外はあれどそれが基本だった。
とはいえ入学するのは男児が一般的で、女児は家で家庭教師をつけて最高の花嫁になるべく刺繍などを学ぶのだ。
少なくとも三年は親元から離れることになるし、リンデはその前の基本のキとも言える教育さえ学べていなかった。
そのためリンデの遊ぶ時間がなくなろうが、来年の入学に間に合うよう急いで勉強に集中させるしかなかった。
「リンデは来年学園に行かなきゃいけないの。これは絶対よ」
「……」
母親であるモモコの有無を言わさない雰囲気に圧倒され、ミュウナとエシドは口を噤む。
こういう時のモモコが言った言葉は絶対なのだ。
それでもミュウナは譲れなかった。
「じゃあ、わたしも学園に行く! 勇者さまもリンデも守るって決めたもん!」
隣の席に座らせていた勇者さま人形をぎゅっと抱きしめ宣言した。
「……痛くてつらい道でもミュウは頑張れるの?」
冷たく見下ろすモモコの瞳をじっと見つめ、ミュウナは力強く頷いた。
「―――もうがんばれない!もうやだ〜!」
机に突っ伏してミュウナは叫ぶ。
あれから、リンデと同じように遊ぶ時間は激減し勉強漬けの毎日が始まった。
ミュウナの癇癪に、傍に立ち本を抱えた貴婦人は溜息をついた。
「あと一問解けたら、ミュウナ様のお好きなダンスの授業ですよ」
「わかんない〜っ!」
「ほら、我がディサンムーン王国の北の国境線を守る辺境伯のお名前は?」
「…………エシド・エクォト」
「正解です。エクォト領地が栄えているのはひとえにミュウナ様のお父上の手腕でございます。ほらお立ちになって?」
涙目のミュウナは差し出された貴婦人の手を取り立ち上がる。
「せんせぇ、抱っこしてくださいまし……」
「〜〜〜っ!」
ミュウナが精一杯両手を伸ばし上目遣いで甘え声を出す。
娘を甘やかさないよう母親のモモコに厳しく言われていた地理学の貴婦人は、ミュウナのきゅるんと潤んだ瞳からサッと目を逸らした。
「だっ、……いけませんわミュウナ様っ!レディならばご自身の脚で歩くのです〜っ!」
(……この前はこれで抱っこしてくれたのに…………お母様がまた何か言ったのね!)
ミュウナは厶ッと口を尖らせる。
初めはデレデレになって甘やかしてくれていた教師たちは日を追うにつれ、こうしてミュウナが甘えても突き放すようになっていった。
「ではダンスのせんせぇの所まで、おててを繋いでくださいますか……?」
「……っ喜んで!」
再びきゅるんとした目で謙虚にお願いごとをすると、待っていたかのように許可が降りた。
「ミュウナ様と、手……を……」
「ふふ、ご機嫌よう……」
ダンスの先生に対し、羨ましいでしょう、とでも言うように地理学の貴婦人はバチバチと視線を飛ばした。
そんな大人げない二人のやり取りを無視して、ミュウナはドレスの裾をそっと掴み、軽く足を後ろに下げて優雅にお辞儀をする。
「ご機嫌よう。本日もよろしくお願いいたしますわ、先生」
「あっ……ええ、ご機嫌よう、ミュウナ様。本日はメヌエットを踊ってみましょうか……私と、一緒に!」
「ミュウナ様と一緒に……!?」
「ええ。さっそく授業を始めますのでオモンス婦人はお帰りになってくださいまし?」
「えっ、あっ」
「ではまた〜!」
負けじとやり返したダンスの先生は地理学の先生であるオモンス婦人を追い出し、スッキリとした表情をした。
とてもくだらないやり取りをする大人ではあるが二人の実力はあった。
「ふんふんふん、ワンツースリー」
ゆったりとした先生の掛け声にリズムよくギュムギュムと足を踏み続ける音が鳴った。
「…………ミュウナ様」
「先生の背が高くて間違えちゃうの!」
顔を赤らめながらミュウナは一生懸命言い訳を探す。
ゆったりとしたテンポとは言え、二人で踊るのは初めてで、ミュウナが出した足の先に必ず先生の足があった。
「あ、リンデ!リンデとなら一緒に踊れるし、間違えないよ!」
「リンデ様ですか?」
「うん!」
「分かりました」
リンデを呼びに行った先生の背中を見届けながら、ミュウナはニヤリと笑った。
(ククク……知らないダンスで恥をかけばいいわ!そしてダンスが下手って先生にチクられるといいわ!)
ミュウナ自身も忙しすぎて会えなくなった三ヶ月の間に、ミュウナのリンデへの感情は確実に歪んでいた。