3.勇者さまはベリーが大好きです
「お父様っ!あのね、わたしリンデと一緒にデザート食べたいなぁ〜」
翌日、父親の執務室に忍込み書類に埋もれたエシドの膝の上に乗ったミュウナは甘えた声をだす。
きらきらガラスのように輝く透明感のある茶色の瞳に見つめられ、エシドは負けた。
「ミュウ偉いなぁ!よし、デザートを応接室に用意するよう言っておくよ」
(よしっ!)
「あっもう行くのかい?」
「うん!リンデも待ってるからー!」
目的を達成したミュウナはピョンと膝から飛び降りて、執務室を出て行く。
リンデの部屋に顔を出すと、彼は一人で静かに絵本を読んでいた。
「リーンデ!デザート食べよっ!」
「……また?さっきお昼ご飯のあとのデザート食べたのに」
「デザートは何回食べてもいいの。ほら、来てきて」
座ったまま動かないリンデの手を引っ張って応接室へ向かうと、そこにはもう沢山のデザートが用意されていた。
「わぁ〜い!」
るんるんスキップをしながらソファに座り、さっそくフォークを握りしめる。
リンデの名前を出せば何をしても許されることに、ミュウナは昨日の出来事で気が付いた。
(昨日もお母様に怒られなかったし、今日なんてデザートいっぱいだぁ〜!)
「…………」
さっそくケーキの一口目を食べようとした時、立ったままのリンデが目に入った。
「……リンデ?どうしたの?」
「どこ座ればいいか、わかんない……」
「え?」
エクォト家の一人っ子で、今までずっと一人でこうして時間を過ごしてきたミュウナにとって、それは不思議な疑問だった。
ミュウナの向かい側のテーブルを挟んだ先にあるソファには、勇者さま人形を立てかけてある。
「うーん」
勇者さま人形を自分の隣りに置き直すこともできたが、したくはなかった。
「あっちは勇者さまの席だから、リンデはわたしのとなりね!」
「うん。わかった」
「じゃあいただきまぁす」
座面をポンポンと叩いて、リンデが座ったのを確認してからデザートを食べ始めた。
リンデもおずおずとベリーが乗ったケーキを選ぶ。
一口食べた瞬間、あまりの美味しさに青磁色の瞳が光り輝いた。
「!」
(ふぅん、ベリーから食べるんだ。好きなものも勇者さまと一緒ね)
デザートにリンデを誘ったのは、ただ食べたかっただけではなく、勇者さまとどこまで似ているかを確認するためだったのだ。
頬を赤くしてキラキラした瞳のまま呆然とするリンデを見て、ミュウナは口からじゅるりとよだれが出そうになった。
(おいしそう……わたしも食べてみたい…………あっダメダメ、勇者さまとの違いを……あぁ、でもベリーのケーキはあの一個だけ…………食べたい……)
さっきまではデザートの一つでしかなかったのに、今ではテーブルに並べられた中で宝石のように輝く一番おいしそうなケーキに見える。
頭を何度も振って余計な考えを消そうとしても、リンデが食べているケーキへの欲望はなかなか消えない。
あと少しで押し倒してしまうほどの距離まで、ミュウナは無意識にリンデの持つベリーケーキに惹き寄せられていた。
「……っ、一口食べる?」
「いいのっ?あーんっ!」
リンデがそっとケーキを差し出すと、ミュウナはすぐに目を瞑り口を開いた。
真ん中で分けた前髪から覗く丸い額に柔らかく細いまつ毛。
耳より下で揃えられた横髪に、綿雲のようなふわふわとしたうしろ髪。
「…………リンデ?」
ケーキを我慢できずにゆっくりと開いたまつげの隙間から見えるグレーみのある茶色の瞳。
「―――っ!」
初めてちゃんと見たミュウナはお姫様のように可愛かった。
そう気が付いた途端、リンデの頬は熱を帯びた。
「リンデ? あーん、だって。ほら食べさせて。あーん」
「あ、あーん……」
リンデの異変を気にもしないミュウナは口元を指差して催促し、差し出されたベリーケーキをパクっと食べて満足した。
(おいし〜い!)
気持ちを切り替えて、聞きたかった質問をする。
「リンデはなにが一番好き?」
「べ、ベリー」
「嫌いな食べものはある?」
「……ない、かも」
「お肉は?」
「え?好きだけど」
疑問符を頭に浮かべるリンデを置いて、ミュウナはひとりで頷く。
(やっぱりリンデは勇者さまじゃない! 勇者さまは、お肉が好きじゃないからみんな食べてって言ってたもん!)
絵本に出てくる大好きな勇者さまとリンデとの違いに、心がすっきりした。
結局、その日の夕食を食べれなくなるまで、いっぱいのデザートを食べたせいでミュウナは母親のモモコにひどく怒られた。
半泣きしたミュウナには、リンデと一緒でも一週間の食後のデザート禁止令が出た。