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巨神転生〜デカすぎる自分の体の上で国作り〜  作者: 各車
一章 オレノカラダ太平記
3/4

巨神覚醒へ

 「さあ!無遠慮で愚かな!人間どもを!」


 石畳みの上で、恐ろしげなセリフに合わせ、アンドゥトロワのステップを踏む少女。

 狂乱の彼女は、リーズという名前で、巫女装束に身を包んでいる。最初に見た時は、本当にかわいい女の子だなと思っていた。それも過去の話だ。


「根絶!廃絶!するために!」


 ダンスの相手はこの俺だ。

 俺は人間から巨神に転生した後、リーズの魔法によって人形になっているらしいという、並々ならぬ経歴を持つ。履歴書に書けばきっと採用しまくりだろう。


「立ち上がって下さい!巨神よ!」


 ともすれば天井にぶつかりそうになる勢いで、リーズは俺を持ち上げた。

 薄暗い部屋の中で、リーズの腕飾りの鈴の音が、大きくジャリンとこだました。


「立ち上がるって……何すんの?」


 俺は言葉の意味を考えた。

 立ち上がる?蜂起的な意味で?


 部屋の窓越しには、俺の本体であるという、人型の大陸が見える。

 そこにどれぐらいの人が住んでいるのだろうか。

 巨神状態でも、人間状態でもほとんど動けない俺が、ちっちゃな少女の蜂起運動に加わったところで、何か状況が変わるのだろうか。


「文字通りです!」


 そう言うと、おもむろにリーズは、散らかった机の近くに歩み寄った。


 机に散らばっていたのは、五芒星が描かれた和紙だとか、仏のような木彫りの像などの、怪しげな祭具だった。おそらく魔法とやらに使うのだろう。


「あなたが一度その身を起こしてしまえば、地表はたちまち崩れ去り、町や城は跡形もなく流れ去って、全て海の藻屑となるでしょう!」


 机の上にあった諸々の祭具を、リーズは長い袖のついた腕で豪快に薙ぎ払った。

 いくつかの木像は砕けたりして、中身のスライムみたいなドス黒い液体が、割目からどろりと溢れ出た。


「あなたの、元の体を動かしていた感覚は、まだこの人形に移植していません。」


 リーズは俺の、人形の手をゆっくりと持ち上げて、今度は木製の棚に近づいた。

 そこには、鏡や土偶など、また別の祭具が入っている。


「ですから今すぐにでも、あなたが右手を持ち上げようとすれば、大地は割れ!あなたが寝返りを打とうとすれば、天変地異が起こり!人間のほとんどは死にます!」


 リーズは、俺の手を包んだ握り拳で、先ほどと同じく乱暴に、棚に入っているものを掻き出した。

 そして落ちた鏡や土偶がバリバリ割れた。割れた時、悪霊の悲鳴みたいなものが聞こえた。


「ま、マジか。」


 少女のトンデモな行動と発言に、俺は二重の衝撃を受けていた。


 なんなんだこのおそろしー奴……。

 もう恐ろしい通り越してドン引きだよ……。


 てか、俺の寝返りで人類滅亡するのか。

 自分の体の上に住む人類のことなんて気にもせず、さっき、寝返り打ちたいわあとか、無責任にも思ってしまってすみませんでした。


「さあ!巨神よ!お願いします!」


「えぇ……。」


 いやお願いしますと言われたって、急に困るよそんなこと。

 いきなり全人類の生殺与奪の権を握った俺は、判断の時間が必要だった。


 この少女は、何の目的があってそんなことをお願いするんだ?

 なにか人間に深い恨みでもあるのか?振る舞いはともかく、この子も見た目は人間っぽいのに。


「姉様!お待ち下さい!」


 いきなりドアがバタンと開いた。

 部屋の中に、風と共に、颯爽と一人の女性が駆け込んできた。


「大きな物音がすると思ったら。ああ……ついに巨神を復活させたのですね。」


 彼女は喜びとも落胆とも付かない表情をしながら、落ち着いた声でリーズに言った。

 地味な黒色の袴と(ひとえ)を身につけて、上から動物の毛皮を纏った、金髪の女性だった。


「えと……誰なのか説明お願いしまーす!」


「彼女はわたしの妹です。あなた様の復活を手伝ってくれました。ナギといいます。」


 リーズの紹介に預かったナギという女性は、その場で床に手と膝をついた。

 綺麗な座礼をした後、すぐに顔を上げ、キリッとした黒色の瞳を俺に向けた。


「ナギと申します。微力ながら、巨神殿(きょしんどの)の復活に尽力させて頂きました。」


「へえ、妹ね。」


 なるほど、この二人は姉妹なのか。


 二人は髪の色が違う。リーズは黒髪で、ナギは金髪だ。


 だから一見姉妹には見えなかったが、確かに、二人ともよく似たオリエンタルな顔立ちをしている。

 大きな瞳や、目立たない小さな鼻のあたりなんか、似てなくはないかもしれない。


 あれ?姉様?妹?


「妹って……。えっ!?この()よりも君の方が年上なの!?」


「はい。巨神よ。それがなにか……?」


 俺はあらためて二人を見比べた。


 ナギは長身で、しっかりとした肉付きをしている。色々なところがデカい。

 それに、言葉使いや、礼儀正しい振る舞いも、まさに大人の女性って感じだ。


 一方、リーズの体型は誰がどう見ても、せいぜい中学生である。

 もしかしたら、死ぬ前の俺の体格よりも、一回り小さいんじゃないのか、とも思う。


「こんなに妹さんが大きくて、君の方は小さいのに!?君いくつ!?」


「なっ……巨神殿!」


 俺の言葉がリーズに対して失礼だったなと気づくのは、ナギが目配せしてきた後だった。


 他意はなかった。驚きのあまり思わず本音を口走ってしまったのだ。

 もしこんな狂いきった少女を怒らせてしまったら、俺はきっと酷い目に遭わされるかもしれないということに、頭が回らなかったのだ。


 俺は恐る恐るリーズを見た。


「ふふふ!良く間違われます。巨神よ。実はわたしは25なのです。驚きましたか?」


 リーズはニッコリと笑って答えてくれた。その笑顔はあどけなく、なんの含みも持っていないように見えた。


 俺は急に、見るも無惨でいたいけな、このリーズという少女にシンパシーを感じ出した。

 俺も自分の子供っぽい見た目に、幼少期から死にたくなるほど悩まされたものだ。


 彼女の世界を滅ぼしてやろうという気持ちも、十分に理解できる。

 実際、俺が死ぬ前に、世界を滅ぼせる力が持っていたならば、迷うことなく使っていただろう。


 よし!決めたぞ!


「君の、世界を滅ぼしたいって気持ちはよーく分かった!今すぐに起き上がって、うんと伸びをしてやる!見てなさい!」


「本当ですか!巨神よ!ありがとうございます!」


 リーズは自分のその小さな胸に、俺をぎゅっと抱きしめる。

 本当に嬉しそうだった。


 表面上はにこやかに取り繕っているが、俺と同じく体格に恵まれない人生を送ってきて、胸中には計り知れない闇を抱えているのだろう。

 同情のあまり、俺は涙が出そうになった。


「うおおおお!」


 俺は大声を出して、自分を奮い立たせた。この小さな少女の願いを叶えるために。


 血がたぎる!気持ちがみなぎる!

 誰かのためならば、不思議と力が湧いてくるぜ!

 なんだか今回いけそうな気がするよ!


 俺は体の末梢神経に渡るまで、めいっぱいに筋肉を動かす信号を送る。

 大気が少し、揺れ動いたように思えた。


「動けぇ!俺の体ァア!」


 ◇◇◇


「……あれ?」


「……姉様。やはり無理なようですね。」


「……そうですね!」


 人形に移る前と同じように、俺の体、つまり外の大陸は、全くうんともすんとも言わない。

 大気が揺れ動いたのは、気のせいだったようだ。


 え?何?なんだかいけそうな気がしたのは、本当に気がしただけだったってコト!?


「巨神よ!安心してください。あなたの体が動かせないということは、事前によく分かっていました!」


 そう言ったリーズは、先ほどの失敗を全く気にしてないかのように、ニッコリ笑ったままだった。


「そ、そうなの?じゃあなんでその気にさせたの?」


「もしかしたらワンチャンあると思ったからです!」


 お、おう。確かにトライアンドエラーは大切だ。

 でも先に言ってくれ!

 うおおおお!動けぇ!俺の体ァア!とか言っといてピクリとも動かないって、恥ずかしすぎて今夜寝る時にフラッシュバック確定だよ。


「巨神よ。」


 そんな俺の羞恥心を見透かしたかのように、リーズは俺の頭に手をポンと置いた。そして俺を抱き直す。


「あなたの体には封印が施されているのです。」


 リーズは暗く澄んだ瞳を俺に向けた。そして俺の額にしなやかな人差し指をぴとりと当てる。


「額から印堂(いんどう)迎香(げいこう)人中(じんちゅう)(しょう)しょう。顎を下って胴体にいくと、天突(てんとつ)膳中(ぜんちゅう)鳩尾(きゅうび)中脘(ちゅうかん)……」


 該当する箇所に合わせて、人形の体の正中線を、リーズの人差し指がつるつると滑り降りていく。

 人形に感覚はないのに、指の腹の触れるところがしびれるような感じがした。


「……このように頭から股下まで、さらには手足に渡り、あなた様の体には、計360の封印の楔が打ち込まれています。」


 リーズの人差し指が俺の全身を撫でまわり終わった。

 何だか年端のいかない少女と赤ちゃんプレイをしているようで、とんでもない犯罪行為をしていた気分になる。


 リーズは25らしいから合法だろ!?セーフだよな!?


「ですから、動かなくて当然です。あなた様が気を負う必要はありません!」


「そうだったのか……。」


 説明が終わると、リーズは俺を、空いた机の上にちょこんと座らせた。


 なるほど、俺の本体である巨神は、ケン○ロウに身体中の秘孔をつかれて、ノックアウトしているような状態って訳だな。

 それならば、全く体が動かせなくて当然か。


 あれ?でもこの人形の体になる前は……


「……でも、この人形の体になる前、唇の辺りが少し動いた気がしたんだよなあ。」


 俺の発言を受けて、リーズとナギは顔を見合わせた。


「……姉様!」


「ええ、きっとシバが封印の一つを解いたのです!数時間前、わたしも遠くの下唇山脈(シモシンサンミャク)の峰々が、微小に震えているのを観測しました。」


 また新しい名前が出てきたな。彼か彼女かは知らないが、シバという者もまた、リーズ達の協力者なのだろう。

 そしてシモシンサンミャク……しもしん……。


下唇(したくちびる)か。でも、さっき“うおおおお!”って踏ん張った時は動かなくなってたんだけど。」


「ああ!口の感覚は、あなた様がここで喋れるように、今は魔法で人形に移植しているので、あなた様の本体の方は動かないのです!」


 はーん。そういうもんなのか。

 唇の感覚は移植済みだから、俺が口を動かそうとしても、その命令は人形に行って、人形の口が動くから、巨神の口は動かない。そういう理屈かな?


 この質問フェイズが終わらないうちに、俺はリーズに一番気になっていることを尋ねてみた。


「あと先ほどからずっと股間がムズムズするんですけど、先生これは何なんでしょうか。」


 病院に往診に来た患者みたいに、俺は丁寧に質問した。

 2人はそれぞれ何か考え込むようにして、しばらく俺をじっと見つめた。


「……なっ!何をおっしゃっているのですか!」


 はっと何かに気づいたように、ナギが頬を赤くした。


「いや下ネタ的な意味じゃなくてね!」


 そう思われないように配慮して、やんわりと事務的に質問したのに、彼女こそ何を言っているのだろうか。

 俺が必死に弁明していると、ふいに、リーズが小さな口をゆっくりと開けた。


「……骨盤平野(こつばんへいや)です。」


「……!」


 リーズの一言をきっかけに、ナギの表情はがらりと深刻に変わった。

 え?なに先生方。俺の骨盤の症状ってそんなに悪いものなんですか!?


「俺の骨盤で何が起きてるんだ!?」


「おそらく、戦争が始まったのでしょう。」


「せ……戦争。」


 まさかそんな恐ろしいものが俺の体の上で起こっているとは。


 たしかに、ある程度の人間が俺の体の上にいれば、自ずと国はできるし、国があれば戦争も起きるだろう。

 ファンタジーの世界には、戦争はつきものかもしれない。


 しかしこの世の全ての悲しみや憎しみは、全て戦争が原因で生まれたとはよく言うが、股間の痒みも戦争で生まれたとは思わなんだ。


「巨神よ!あまり悠長に話している暇は無いようです。早速、あなたの封印を解きに行きましょう!」


 リーズは俺を持ち上げて、机の上に立ち上がった。今度は何をする気だ!?


感覚混線(スクランブル)!」


 リーズの目から、白熱灯のような白い光が溢れ出した。光は瞬く間に部屋を見たし、窓の外まで漏れ出す。

 この白い光にはデジャヴを感じるぞ!これが、俺の感覚を人形に移し替えた時の魔法なのか!?


 しばらくして光は止んだ。リーズは机から飛び降りた。


「これで右手以外は、人形の体を自在に動かせるはずです!」


「本当だ!こいつ……動くぞ!」


 俺は立ち上がって、割れてない鏡を見た。


 人形はじっとしていると、妙にリアルな造形をしていたので、ホラー映画に出てきそうな不気味な見た目であった。

 しかしいざ動かしてみると、鼻がないのを隠せば、生きている人間の狩人みたいに見える!


 やっぱり身長は小さくて、どう見てもお遊戯会に出ている幼稚園児だけど……!


 でもこれで股間の感覚も移されたから、存分に痒いところを掻ける!先生ありがとうございます!


「ではナギ。頼みます。」


「はい、姉様。」


 リーズに命令されると、ナギは袖口から、紙で折られた黒いカラスを取り出して、窓の外に放り投げた。

 折り鴉(おりがらす)は空中で回転すると、黒い羽毛が生え初むり、みるみる膨らんで、でっかいカラスになった。


 スゲェ!これは魔法っぽい!なんか和風だけど!


 ナギは俺とリーズを抱えて、塔の窓からカラスの上に飛び移る。

 一人の人間と一体の人形を抱えているのに、窓とカラスの間の2〜3メートルの距離をいとも簡単に飛べるとは、ものすごい跳躍力だ。


 外に出ると、凍りつくような空気が俺たちの体を吹きつける。

 標高が高いのか気温が低く、眼下の鼻山(はなやま)は一面真っ白な雪に雪に包まれていた。


 遠くには、うっそうとした針葉樹林の広がる、巨神のほっぺたにあたる地域が見える。

 さらにその向こうに見える海には、今ちょうど真っ赤な夕陽が差し掛かり、水平線に沈んでいくところだった。


 リーズはナギに抱えられながら、太陽の沈んでいる方角を指差した。


「目指すは、体で表すと口角左側のあたりにある、地倉(ちそう)の集落です!」


「ああ!さっさと行って俺を復活させてくれ!」


 俺たちを乗せた大ガラスが、鼻山の頂上で大きく羽ばたく。

 それから、冷たい空気を切り裂くように、寒空の中を一気に滑空していった。


 大ガラスは、俺たちを乗せて、鼻山の頂上の塔をぐんぐんと離れていく。

 しばらくして振り返ると、鼻山は遥か後方に見えた。その距離はどんどん離れていき、やがて鼻山の全体を視界に収められるようになった。

 確かにその雪山は、人間の鼻の形に似ていた。


 そのとき同時に、巨神の顔の全貌が初めて見えた。

 顔の表面は、大部分が深い緑の樹林や、キラキラ輝く雪の白粉(おしろい)に包まれていた。たまに湖も見えた。


 巨神の目に当たる部分は、やはり目の形をした、大きく窪んだ地形があった。それが俺には、瞳孔の空いたうつろな目が、オレンジに染まっていく天をひたすら凝視しているように見えた。

 まるで魂のないマネキンのようだった。


 ふいに、その巨人の目が、ぎょろりと俺の方を向いたような気がした。

 俺は怖かったので、先ほどの失敗と同じように気のせいだったということを願って、見なかったことにした。おそらく気のせいだろう。うん。

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