序章 第九話
オール9、素晴らしい。
*呪文の詠唱
第一の呪文ラウル。でもラウル。でも可。
ただし呪文を扱うのは精霊なので前者のほうが狙いを定めやすくなるという利点がある。
「さて、まずは一段落ですね。ジーノ様、クロから落ちない様マリア様にしっかり掴まって下さい」
「分かりました」
宙吊りになっていたジーノが引き上げられクロの背に乗る。クロはそこまで体が大きい訳ではないのでずり落ちないようしっかり掴まらないといけない。ジーノはずり落ちない様前のマリアにがっしりしがみつくが、掴まれた彼女は少し恥ずかしかったらしくその頬を少し赤くしていた。
「あの、そんなにくっつかれるとちょっと恥ずかしいかな」
「あ、ごめん・・・」
「お二人さん?くっつけとは言いましたけどイチャつけとは言ってませんよ?」
ロメーネが呆れたようにそう言う。
吊り橋効果ってやつなのかもしれない、吊橋宜しく落ちたら死ぬし。
「ご、ごめんなさい・・・。それとありがとうございました、危険を犯してまで助けて頂いて」
「礼には及びません、これもお嬢様のためです。しかしまさか悪魔憑きなんて嘘っぱち信じてるとは思いませんでした。この伝承がホントなら数年前にロスムヤは滅んでますよ」
そう吐き捨てるロメーネ。とはいえ彼等に残された時間は多い訳ではない、目下話しておくべき事を話しておくことにした。
「さてと、そろそろグリフォ・ウィンガの効果も切れそうですし、話しておくべきことを話しておきましょう」
そう言ってロメーネが腰に括り付けていた布袋をジーノに渡す。そこには大量の硬貨が詰まっていた。
「逃亡用の資金です、用意出来るだけ用意しました。返す必要もないから利子も付かない、それは今から貴方の物です」
「助かります。けどこんな大金本当に貰っても良いんですか?」
「構いません。使う事が無いからそんなに溜まっているのですから」
「じゃあ遠慮なく」
そう良い自分の腰に布袋を括り付けるジーノ。これにてやっておくべきことは一つ終わり次の話題に入る。
「さてと、そろそろ呪文の効果も切れそうなので地上に降ります。ですのでこれから行う作戦について説明しておきます。まず私は地上に降りた後皆さんと別れて追手の妨害に回ります、来ているとは考え難いですが念の為にね。マリア様とジーノ様はそのままクロに乗って王国の東端にある都市レクリアに向かってください」
「分かりました。けど妨害ってどうやって?顔を晒す訳には行かないでしょう?」
「流石は公爵のご子息。我々が今やってるのは住居破損と人攫い、そんでもって悪魔憑きの援助という立派な犯罪行為だ。それが王城の使用人によって行われていると知られたら国家の大恥なんてものじゃない。間違いなく私は殺されるでしょう」
ロメーネが真剣な声色でそう言った。王国、ひいてはフィンチ家の目から見てみれば悪魔憑きの命を助けようとする者の方が悪だし、悪魔憑きを殺そうとする者の方が正義だ。つまりロメーネ達の行動は裁くべき悪であり、フィンチ家の行動は肯定すべき正義ということになる。だからこそ王城の使用人にして騎士軍軍長であるロメーネがそれに手を貸していたとバレるのは大変不味い訳なのだが彼女はその辺もちゃんと弁えている。
「ですがその点に関してはご心配無く、ちゃんと策があります。それでは地面に降りますよ、落ちない様にしっかり掴まって下さい」
その直後地に降り立つクロ。そこはちょうどフィンチ領とレクリアを繋ぐ道路の上である。
「マリア様、レクリアへの道案内よろしくお願いします。そこにたどり着けるかどうかはお嬢様次第です」
「分かったわ」
マリアが強い決意でもってそう返すとロメーネは満足気に微笑んだ。もうあの頃の後ろ向きな彼女はいないのだと感涙に咽びそうになる。
「あの生きる事に無頓着だったマリア様がこんなにも、従者として感激の思いです。さて、我々も負けていられませんね。来い!!カイム!!」
ロメーネが虚空に呼びかけた刹那、大気の水分が凝固し人の姿と青い本を形取る。
「えっ、嘘!?ロメーネの精霊ってクロだけじゃなかったの!?」
「精霊とはまた違いますが・・・、まぁ実はもう一人いたのです。そしてこれが私の策、追手を追い払うなど造作もない、物陰に隠れて呪文を唱えるだけの簡単なお仕事ですから」
「フォフォフォ、初めましてですなマリア嬢。ですが貴方様の事はロメーネを通じて良く知っております。ここは我々に任せて先に行きなされ」
柔らかい物腰でそういう者、カイム。彼は剣を持った騎士の姿を取っていた。だがその顔はどういう訳か鳥である。
「ではマリア様、準備はよろしいですか?」
「大丈夫。だからロメーネ、絶対死んじゃ駄目だからね」
「ははは、それはカイムを舐め過ぎです。人間じゃ彼の相手は務まらない。んじゃマリア様、ご武運を。クロはしっかり役目を働きなさい。さぁ行け!!第一の呪文、ゴウバレル!!」
その術の後マルコの四肢が丸太の如く膨張する。彼はその足で強く大地を蹴り疾風の如く疾駆する。