序章 第七話
*指輪
本と同時に現れる指輪は本と同じ色の宝石がついている。見た目の割に軽い。
”アクマ”に選ばれたジーノは今は使われていない、屋敷の一階の部屋に幽閉される事となった。
悪魔とはかつて偉大なる精霊に反逆し、敗北した後その力を奪われた悪しき存在達の総称である。故にロスムヤの貴族達にとって悪魔とは不幸と災禍の象徴だ。彼等は精霊が知恵と力を授けるのとは正反対に、禍々しい性質を持つ物を契約者、ひいてはその血族に授ける存在なのだと古くから恐れられていた。悪魔にまつわる伝承が多いだけに彼等の凶暴性はその脳みそに深々と刻み込まれているのである。
精霊契約の最中誤って悪魔との契約が成されたという話は古今東西を遡っても見つける事は出来ないだろう。しかしそういった存在、”悪魔憑き”が貴族にとっての面汚しであることは間違いない。自らの血族から国に仇なす悪魔を産んでしまったのだからそれを抹消したいと考えるのが当然の心理である。
故にフィンチ家も、ジーノが悪魔と契約した事実を無かった事にすることにした。
「ジーノ、我々フィンチ家はお前を処刑する事になった。王城には事故で死んだと伝えておく」
ジーノが父からそう告げられたのは精霊契約の儀を行った日の深夜である。その声色には何の感情も籠もっていない、悪魔憑きとなった者を攻める怒りも、実の子を殺す事になった悲しみすらも。
「それは私が悪魔と契約を結んでしまったからですか?」
「そうだ。そしてお前が悪魔と契約したと王家に知られたら我が一族はお終いだ。故にお前は精霊と契約したその帰り道、事故にあって死んだ事にする。契約に立ち会ったのは我が家の者だけだったし、あの神父だって今の我々なら容易く消すことが出来る」
そう淡々と告げるラバン。だがジーノからしてみれば、はいそうですかと簡単に認めることはできない。
「でしたらグリモワールを燃やしてしまいましょう。今回なされたのは悪魔との契約だ、もう一度やれば次こそ精霊と契約できるかも・・・」
「馬鹿な事を言うな!!そのようなことをして悪魔の不興を買ったらどうする!!これは決定事項なのだ、貴様が何を言おうが結末は変わらんぞ」
そう叫びラバンがジーノの監禁部屋の前から去っていく。一人取り残されたジーノは傍らにおいてあったグリモワールに問いかける。
「なぁアクマ?お前は俺に死んでほしいのか?」
答えるもののいないその問いかけはただ静寂へ消えていく。部屋には虫の鳴く声が響くばかりだ。
「・・・お前は俺にどうしてほしいんだよ」
グリモワールをペラペラめくりながらそう問いかけるジーノ。彼と契約した悪魔は、その姿を一度として彼に晒していない。何らかの呪文が必ず一つ以上記載されているはずのグリモワールもまっさらな白紙であった。
「・・・まだ死にたくねぇな」
そうポツリと呟くジーノ。どういう訳か自分をこんな目に合わせた悪魔や自分を殺そうとする父に対する怒りや恨みは不思議と湧いてこなかった。ただ一つ望む事があるなら自分の愛するマリアにだけは会いたいと心の底から望んでいる。
囚人の様に閉じ込められた彼を、人一人出られないであろう小窓から差し込む星々だけが、その身を優しく照らしていた。