序章 第四話
*ロスムヤ王国
歴史ある大国。その領土の大半は平原からなり、その領土自体もかなり広大。
城の中庭、そこに備え付けられた茶会用の椅子に腰掛けるジーノ。彼はロメーネがお茶を持って来るのを待っていた。
しかしそこに腰掛けているのは一人ではない、彼の他にも暇を持て余していた第一王女フィリス、そして第二王女のシャンべも腰掛けている。ロメーネの予想通りジーノは彼女ら二人と鉢合わせてしまったのだ。
そんな彼女達二人だがフィリスの方は金髪でかなり肥えている。シャンべも同じ金髪、だが体型は姉とは対称的でかなりスリムだ。しかし身に纏う装飾品は姉と同じく品が無い。金銀財宝が欲深く煌めきジーノも少々居心地が悪かった。
「お茶とお菓子をお持ちしました」
ようやくロメーネが帰って来る、両手には茶と菓子の載ったおぼんを抱えていた。
ジーノの他にフィリスとシャンべの姿を見たロメーネだったが、別に王女達がいてもおかしくはないと考えていたので、その姿を見掛けてもそこまで驚く事は無かった。
「あらご苦労さん、味は大丈夫なんでしょうね」
「問題ございません。マリア様もお気に入りの一品で・・・」
「はぁ!?あの悪魔憑きと同じ物なんて食べたくもないわ!!さっさと取り替えなさい、客人に失礼でしょう」
「しかし・・・」
「シャンべもどうか〜ん。さっさと取り替えてきなさいよ〜」
「・・・ではそのように」
平静を装い茶と菓子を下げるロメーネであるがその内心はマグマのようにふつふつと煮だっている。自分が侮辱されたなら我慢出来た、しかし自分の主を侮辱されるのは我慢ならない。今回は相手が主人の兄弟であり王族だから黙っているだけの事、例えばこれがチンピラとかだったなら間違いなく手が出ている。
しかしその内心を顔に出してしまっては従者失格なのだ。ロメーネは煮えたぎる感情をうまく押し殺し再び城の方へと消えていく。そしてそれを見たフィリスがジーノに話しかけた。
「あんたもあんな悪魔憑きを嫁入りだなんてとんだ災難ね」
「ほんと〜。あなたきっと呪われるわよ」
そう言ってくすくす笑う二人、しかしジーノにはその話の内容がよく掴めない。特に”悪魔憑き”だなんて言葉は全くもって意味が分からなかった、それがどうして彼ら二人の妹であるマリアと関係があるのだろうか。
「その悪魔憑きというのは何なんでしょうか」
「分かんないなんて馬鹿なのね、あんた。やっぱ所詮は男爵の子ってところかしら」
「・・・すいません」
「ふん、素直なあんたに免じて教えてあげる。マリアはね、うちらと違って妾が産んだ子なの、しかも両親と全く違う髪色だし本当は悪魔と妾の間の子どもだって皆言ってるのよ」
「呼んでるってか、かくて〜い。お父様もそう言ってるしいつも部屋に引き籠もってる。どうせ人に見せられない様なとんでもない事やってる〜」
「そうに決まってるわよ。万が一にもあの悪魔憑きに使い道が出来るかもと思って育ててたみたいだけど、貰い手が出来てよかったわねぇ」
そう言って高笑いをするフィリス。それを聞くジーノは得も言われぬ怒りというものを覚えていた。悪魔憑きマリアにではなくこのフィリスとシャンベにだ。同じ家族なのにこの扱いは何なのだと行き場のない憤りを感じている。
しかし彼はそれを表に出すようなことはしない、父から粗相はするなときつく言われているからだ。
「それはまた・・・、災難ですね」
「ほんと〜う。でもまぁ、縁談を受けちゃったからにはしょうがないよね〜。地位欲しさに自分の息子を悪魔に売るなんて、あんたの父親どうかしてる〜」
「そう言わないで上げてよフィリス。一年の間に蜜の味を覚えてしまったものだから、もっともっと欲しくてたまらなくなっちゃったのよ」
そう言って性悪な笑みを浮かべる二人。父を侮辱された瞬間、ジーノの彼女達二人への評価は地へと落ちていた。
「・・・」
「ま、あんたのお兄さんの精霊が優秀過ぎた故の悲劇だよね〜。男爵で大人しくしてればあんたが悪魔に売られる事なんてなかったのに〜」
「本当よ、ちなみにあんたの精霊はどんななの?まさかもう消えちゃったりして」
「あぁいえ、私はまだ十三なので・・・」
「あらそうなの!!じゃああんたの精霊もきっと教えなさいよ。まぁ私達に比べたらだいぶ劣るんでしょうけど」
オホホホとフィリスが笑う。彼女は自分より下の者を笑うのが大好きだった。
「では私達はここで。マリアと違って忙しいのです」
「私もで〜す。それじゃあまた会いましょう」
品無く笑いながら二人が去っていく。
訪れる静寂、それとは真反対にジーノは烈火の如く燃ゆる怒りの念を抱いている。常人なら何かに当たるなり何なりして発散するかもしれない、しかし彼はそれを無理やり抑え込む。粗相をするなと言われていたのも原因の一つだが、一連のやり取りを影で見ている王族関係者がすぐそこにいるからだ。彼は始めからその存在に気が付いていた。
「来なよ、いるんでしょ」
ジーノはぐるりと首を回し木陰の茂みの方へと声を書ける。そして待つことしばし、茂みから人が出てくる。
「なんで分かったの?」
それは白の長袖と黒い長丈を纏った一人の少女だった。背はジーノより一回り高く、髪の色は白、というより色という色が全て抜け落ちて白だけが残ったと称したほうが良いだろう。肌の色も髪と同じ色合いで、目だけが血の如く赤く、視力が悪いのか赤と白の片眼鏡を掛けている。だが彼女を見たときのジーノは髪色がどうとかなんてどうでも良く、ただ単純に”綺麗”だと思った。
「・・・ねぇ、聞いてる?」
「あ、ごめん。なんだって?」
「なんで隠れてるって分かったの?」
「お、音がしたからだよ。生まれつき耳が良いんだ」
「ふ〜ん」
囃し立てるかのような心音を聞きながらそう答えるジーノ。答えを聞いたその少女はただ一言そう言ってその場を立ち去ろうとする。
だがジーノはそれを呼び止めた、今日の機会を逃せば二度と会えなくなる気がしたからだ。
「待って、もう少し話をしないか?」
「なぜ?盗み聞きしてた女となんて話したくないでしょ?」
「まぁ褒められた行為じゃないけど今は目を瞑っておくよ」
「ふぅん、不思議な人ね」
そう返して再び木陰の方へと戻る少女。彼女を引き止められた事に安堵しつつジーノは彼女を質問攻めにする。
「君、名前は?」
「マリア」
「そっか、じゃあ君が僕の許嫁か」
「私は認めないわ。あなたも認めないでしょう?」
「まさか。それよりこっちに来たらどうでしょう、君の麗しい声をもっと近くで聞いてみたい」
「気色悪い言い回しね。悪いけどお断りよ、だって私、日光苦手だもの」
「そのための日傘じゃないのか。それを指しながら来たらどうだろう」
「・・・私のこと、よく見てるのね」
ため息を付きながら日傘をさす少女、マリア。彼女はゆっくりと歩きながらジーノの座る椅子の対面に腰掛ける。
「やぁ、やっと会えましたね。私の名はジーノ、以降お見知りおきを」
「以降なんて無いわ。今日で終わりよ」
「何故だい?」
「だって分かったでしょ、私の事」
淡々とそう述べるマリア。彼女はジーノと姉達の会話を聞いていた、自分が悪魔憑きだと告げられるその瞬間をルビーの如き赤い瞳孔で見ていたのだ。
その瞬間彼女の中でこのあまりにもお人好しな男の子との関係は終わったのである。悪魔憑きと仲良くしてくれる人なんていないのだ。ロメーネという例外もいるがそれは例外中の例外、自分の肉親だって誰も自分の事を気にかけない。明日会いに来るといった新入りの召使いもその次の日には腫れ物を見るような視線を向けてきた。
でも彼は、ジーノは違ったのである。
「確かに聞いた。でも関係無い、だって君に悪魔が取り憑いているなんて思えないもの」
「なんで?」
「だって君は綺麗じゃないか」
「・・・え?」
思わずと言った様子でマリアがそう漏らす。彼の言う”綺麗”というのはその容姿もそうなのだが、何よりその心が綺麗だと感じていた。
「君は僕達成り上がり一家を見下してないだろ?」
「あら、それはどうでしょうね」
「その言い方はしていない。だけど君のお姉さまたちは僕達を見下してきた」
「・・・そうね」
「だから僕は君が綺麗だと思う」
「裏で悪口言ってるかもよ」
「言わない。君はきっと言わない」
根拠の無い反論だ、しかしジーノは根拠も無いその意見を強く確信していた。
「でもあなた、悪魔憑きとの結婚なんて嫌でしょ」
「まぁたしかに悪魔憑きとの結婚は嫌だろうね。けどそれは心が汚い悪魔憑きであって君みたいな良い悪魔憑きなら別だよ。てか僕は君に一目惚れしちゃってね、結婚が嫌なんて微塵も思ってないんだよ」
「・・・女の子なのにえらく格好良く口説くわね」
「あ、やっぱそう見えるんだ・・・」
「女の子に、ていうか口説かれた事自体初めて。でも悪くない気分よ」
マリアが恥ずかしそうに顔を赤らめ下を向く。彼女は今まで一度も純粋な好意を向けられたことが無かったのだ、親からもきょうだいからも。
「・・・本当に信じていいの?」
「勿論、だって君が悪魔に憑かれてようが無かろうが、君は僕が今までであった女性の中で一番綺麗なんだから」
「っ!?よくそんな歯が浮くようなことを・・・」
そう言ってそっぽむくマリアだがその顔はりんごのごとく赤く、嬉しそうで、その顔は年頃の少女といった表情だった。
そのやり取りを向こう側で見ていたロメーネは自分の主人のその表情を見て、”あぁ、落ちたな”と確信していたという。