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魔王が仔猫  作者: 珱実雫
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イントロダクション

「………ククッ、愚かなり…勇者………!!」

 左胸を聖剣で貫かれた魔王は、かはっ、と口から紫色の血を吐き出しながら尚にやりと笑う。

「たとえ肉体が滅びようとも…我は不滅…」

「何?」

「何故、魔王を倒した勇者が誰一人帰還することがないのか…。何故、倒した筈の魔王が数年後には復活するのか…知らぬであろう…」

 ぼろり、と魔王の指先が朽ちて崩れる。ゆらりと周囲の空気が、魔力が揺れる。

「勇者様、魔王から離れて下さい!!」

 癒術士の声にはっとした勇者は、聖剣を引き抜いて大きく後ろへ下がった。傷だらけの仲間達が、それでも勇者を守ろうと武器を構える。虚ろな眼でその様子を眺めた魔王は、次の瞬間カッと眼を見開き、王の間に響き渡るような笑い声を上げた。

「我が魂は不滅!! 肉体が死を迎えたその瞬間、他の生命を乗っ取って復活する!」

「何だと!?」

 勝ち誇るような笑い声と共に魔王の肉体がぼろりと崩れ落ち、夜闇色の分厚いローブがドサッと床に落ちる。魔力の流れは激しく渦を巻き、勇者達は巻き込まれないように足を踏ん張らなければならなかった。

「く……っ!!」

「魔導士、迷宮脱出魔法を!」

「無理よ!! 魔力の流れがメチャクチャすぎる! それに、さっきから妨害が…!」

「妨害!?」

 この魔力の渦はともかく、魔王を倒したというのに意図的に妨害してくるような相手など、と腕で庇いながら玉座へと目を凝らす。すると、いつの間にか魔力の渦をもろともせずに立っている魔族が一人。

「新たなる魔王様の誕生に闇の祝福を!!」

 ばっ、と両手を広げ、歓喜の声を上げる魔族。

「喜べ勇者ども! 次代の魔王様が最初に手を下されるのは貴様らだ!!」

「おいおいおい、俺達が魔王を倒したって忘れてんのか? 次の魔王が出てくるんなら、そいつも捻り潰してやんぜ!!」

 血の気の多い刀戦士が愛用の刀を構え直す。が、魔族はフンと鼻で笑った。

「先代様のお言葉を思い出すのだな。勇者一行が今まで何故生還することがなかったか…それは新たな魔王様が上げた闇の超爆発という産声によって息絶えたからよ!!」

「…闇の超爆発…まさか、闇系最大の破壊魔法、『ダークネス・ビッグバン』!?」

「そんなものをこの至近距離で受けては、私達の防護魔法でも守り切れません…!」

 ぞっ、と勇者達の背筋を悪寒が走った。その様子に魔族は満足げな笑みを浮かべる。

「さあ、次なる魔王様の魂の器には、どんな人間が選ばれるかな…? どこかの国の王か、どこかの村の神父か…はたまた貴様らの内の誰かかもしれんな…!」

「チッ! 魔王なんざに乗っ取られるくらいなら、舌噛んで死んでやるよ!!」

「運命に抗うことはできぬ! 魔王様の魂が宿ればその瞬間、貴様の意識など消え去ってしまうのだ!!」

「…こうなったら、新たな魔王が降臨した直後、魔法が発動する直前、その一瞬に新魔王を倒すしかない!!」

 聖剣を構えて渦の中心を見据える勇者。

 一瞬どころではない、何億分の一秒の勝負だ。しかもこの魔力の渦の中を飛び込んで正確に魔王を討ち取るなど、奇跡でも起こさなければ不可能だ。

 だが、それでもやらねばならない。勇者が勇者である限り、成し遂げなければならない。

「フン、無駄なあがきを…。…さあ、終わりだ!!」

 一筋の雷が玉座を打つ。渦巻いた魔力が一瞬にして凝縮し、闇の魔法が―――――

「くっ……駄目か…!!!」

「勇者!!」

 ぽん。

 …と、緩い風船が弾けたような音がして、荒ぶっていた空気も魔力もそよ風のように収まった。


「…………… ん? ま、魔王様!?」

 魔族が慌てて玉座を覗き込む。

 その後ろで、身構えていた勇者達もゆっくりと警戒を解き始めた。

「…みんな、無事か?」

「…みたいね」

「腕も足も、頭もくっついてんな。…魔王に乗っ取られたりとか…」

「…いえ。特に何も異常はみられません」

 四人が互いの無事と、魔王の魂に蝕まれた様子がないことを確かめる。

 どうなってるんだ、ハッタリだったのか、と魔族のほうを振り返ると、あちらはあちらで、こちらに背を向けて玉座を凝視したまま動かない。

 背中からも戦意喪失している様子が見て取れて、四人は思わず顔を見合わせて首をかしげてしまった。

 完全に無害と判断して、堂々と背中に歩み寄る。

 そして、魔王の玉座を覗き込んで、四人も固まってしまった。




「ぴぃ」



 四人の人間と一人の魔族の注目を一身に浴びて、仔猫が鎮座、もといちょこんと座っていた。




「…新しい…魔王?」

「ぴゃぁ」


 くるくるとその場で一回転して、ころんと丸くなる仔猫。

 くぴー、くぴー、と微かに聞こえる寝息。ふわふわと上下する体。






 四人の人間と一人の魔族は、ある意味で石になってしまった。


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