スチュアートエイジ「ギザストーン」
スチュアートエイジ「ギザストーン」
ギリシャ、
久しぶりのバカンスだ。
前回のミッションの御褒美として、私は長期休暇をもらった。
エーゲ海のクルージング、以前から行きたかったコースだ。
個人的に古代遺跡に興味があり、数々の文献を研究していたが、この都市は興味深い。好奇心がそそる。
今回は、エーゲ海のクレタ島、サントリーニ島などの古代ギリシャ文明の史跡を調べるためにやって来た。
しかし、
スカイブルーの空、
マリンブルーの海、
パールホワイトの街、
エーゲ海の島々は絶景だ!
私は、ギリシャ国旗のような景色に魅了され、絵画に出てくる天国を目撃した。
すべてを忘れ、この天国に浸る。
壮大なパルテノン神殿に触れ、いにしえの賢人たちの息吹が聞こえてきた時だった、
ピピピピッ、
突然、私のスマホに一通のメールが来た。
嫌な予感がする、
「SSL. plus member ID……」
やっぱりだ、再び難解なミッションが舞い降りた。
天国から地獄。
今日もまた、絶望的な心情で飛行機に乗る…
エジプト、
四大文明の一つ。
紀元前5000年ごろ、ナイル川下流地域に発生した古代文明。ピラミッドや神殿の建設、象形文字の使用など、科学技術が発展していた古代都市。
幾何学・測量学・天文学などの不明な知識も多々あるが…
私はカイロ空港から車に乗り換え、ギザに向かった。
橋下にはナイル川が見える。
この大きな川が文明をもたらしたのだろう。圧倒的な迫力に、私は古代人の気持が解る様な気がした。
前方にピラミッドが見えて来た。
大きいピラミッドが二つ。そして、小さなピラミッドが一つ。
クフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドだ。調べはついている。私の目的は一番大きいクフ王のピラミッドだ。
観光客に紛れて辺りを調べる。
「まるで山だな」
とても人間の作った建築物とは思えない。ましてや古代人には、
警備員の数を調べる。大した警備ではない。
回りも低いフェンスだけだ。
簡単に忍び込める。
しかし、このピラミッドを登る?
大変な労力だ。こういう仕事は私には向いていない。他のエージェントにやらせるべきだ。どちらかと言うと私はデスクワーク向きである。何故、選ばれた?
そんな事を考えつつ、登頂の段取り決める。
今回、頼りになる補助工作員が二人いる。
一人は、前回組んだD・サミュエルだ。
彼は、乗り物、道具の調達、限りなく仕事が早い男だ。しかも後処理も早い。頼りになる男。
そしてもう一人、
と、言っても人間ではない。AIだ。AIシグマ。CIAのAIエージェントだ。数は不明だが、今や主流のエージェントだ。スマートウォッチからアシストする。
ここまでの段取りも彼にアシストされた。すべて順調、間違いがない。CIAは最近、こんなミッションプランをする。まあ、人数が少ない方が動きやすいが、コスト削減か?
AM 1:00
調べ通り、警備員の巡回が終わった。ピラミッド郡北東の、民家の庭から侵入。小ピラミッド前を越え、警備室から一番遠い場所から近づく。
「防犯カメラをハッキング、ダミーの画像を流せ」
「OK、スチュアート」シグマの声。
私は、軽くジャンプしてフェンスを越えた。
サミュエルはESUVで待機。タイヤ痕を残さない最新の車だ。メインミッションは私一人で行う。
ここからが大仕事だ。何しろ、ピラミッドの頂上まで登るんだからな。
暗闇の中、足を掛ける。
最初の一段は1メートル50センチだ。身体全体を使って登り上げる。
「まだ一段か、まだまだ遠い。しかも暗い」
暗視ゴーグルを装着する。快適だ、昼間の様に見える。さすが軍事用。
⋯⋯
⋯⋯
疲れてきた。
「シグマ、後どのくらいか?」
「あと、49段です」
「201段あるから4分の1か」
汗を拭く。
クフ王のピラミッドの高さは138.74メートル。傾斜角度51度。
過去、8分で登ったという強者がいたらしいが、本当なのか?私は、かれこれ1時間は登っているぞ、
シグマからの定期連絡だけが、気持を落ち着かせる。
下を見る。
この高さから落ちたら、確実に死ぬな。
古代人は、2.5tもの石灰岩を、この高さまで270万個以上をも積み上げた。想像しても気の遠くなる時間と労力だ。頭が下がる。
あと少し、頂上が見えてきた。
着いた、
「目標に到着した」
「OK、スチュアート」
上から眺める。深夜だが、改めて見ても大きい。不思議な建築物だ。
平面、
ピラミッドの頂上には、キャップストーンという四角錐状の石が置かれていた。高さ8メートル弱。現在、所在不明のため平面である。
ここからだ、
キャップストーンのあった場所には、4箇所の小さな石列がある。不自然に並ぶ石列の3番目、それを事前に用意した金具でキャップストーンの10分の1の重さで同時に圧する。角度42度。これは一つでも遅れてはいけない。あくまでも同時。
さて、
リュックから金具を出して組み立てる。
残り時間も計算しての行動。テント組み立ての要領だ。
カチッ、
よし、セット完了。レバーを押す。
ギーン、モーターが動く。
カタッガタッ、順調に石が沈んでいく。
10センチ、30センチ、1メートル、1メートル50センチ……
止まった、
情報では、2メート25センチまで沈むはずだが、2メートで止まったままだ。
「シグマ、リトルストーン沈下停止」
「はい、タイムラグがあります。古代人の時間の単位なのであと20秒かかります」
私には、その20秒は長かった。
ピッピピッ、サミュエルからの連絡だ。
「警備員の巡回時間が早いです。B地点に移動します」
「ちっ、」今日に限って巡回が不規則だ。
まだ、ミッションの三分の一も終わっていないのに。
時間だ、
ガタ、ガタ、ガタ、
ピラミッド頂上の中心が渦巻き状に沈んでいく。
始まった、
理解できない。私には理解できない幾何学的な、パズルのような動きをする石たち。
ガタッガタッ、穴が現れた。
予定通り、
バッ、私はその穴に飛び込んだ。
沈んでいく、沈んでいく、
暗闇の中に沈んでいく。
息はできるか?
大丈夫だ。マスクは外せないが、
電波が途切れた。シグマともサミュエルとも不通になった。
しかし、想定内、
暗闇の中、昇降ロープだけが命綱だ。
ザザッ、着いたか。
30メートは沈んだか、角度がついたな。東方に5メートルほど移動した。
ちょうど、重量軽減の間の上だな、
ヒエログリフ書列の壁が四方に見える小さな部屋。
境目が見えない。手探りで、第二リトルストーンを探す。
あった、2箇所、
狭い空間で再び金具を組み立てる。
よし、レバーを押す。
ガチン、ガチン、
第二リトルストーンが、釘で打たれた様に沈んででいく。
パン……
突然、辺りが開けた。
広い空間、ホルスの間(正方形の間)だ。
前方に、左右対称のホルスの目がある。
大きい、直径2メートはある目。不気味に私を睨んでいる。状態はいい。
ライトで強く照らす。
「あった、ギザストーンだ」
ホルスの目の中に正五方体の鉱石がある。ギザストーンだ。
リュックから周波アナライザーを出す。これは小型だが高性能だ。
反応あり、
微量だか、IP電波信号(EPN1288-1920)との合致。
「さて、あとは、ギザストーン(正五方体石)を取り出すだけか、」
私はナイフを取り出し、荒っぽく、ギザストーンを掘り出す。
ガチン、取れた。補完。
ギザストーンを専用ケースに閉まった時だった。
ガガガガガ、
左右の石が動き出した。
やっぱり、この建物はパズルのように動ける。ピラミッド内部は、自由に移動できるんだ。
撤退だ、
慌てて、荷物をまとめてロープに捕まる。
カチッ、昇降ボタンを押す。
ガガッーー、勢いよく上がるロープ。
帰り際にホルスの間を見渡す。
四方の壁には、天井まで星座が描かれていた。
大きな星が一つ、
「うしかい座イプシロン星か…」
ピッピッピッ、「リミットアラームだ」
急がなければ、
私は、レバーを掴み、ピラミッド頂上部まで引き上がっていく。
ギッギッ、金具のきしみが気になる。
あと5メート、3メートル…
到着、地上に出た。
シュン、
来た道が、渦巻き状に閉まる。そして、一つの点になって穴が消えた。
「危ない、危ない、」冷や汗を拭く。
再び、パズルのような動きをする石たち。
ガッチャ、止まる。
ピピッ、電波が戻った。
「目的は達成した。撤退する」
「OK、スチュアート」
「了解、スチュアート博士」
空を見上げる。
朝焼けだ、夜明けが近い…
追記
鉱石名、ギザストーンA。
調査では、隕石とまでは解っている。これが少量だが、うしかい座イプシロン星から送信される電波信号(IP電波信号)と同じ信号を発している。
後日談だが、ブラックナイト1と同等の鉱物構成と解釈。当局は、ブラックナイト1の鍵と想定…
これは希望なのか絶望なのか…