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まともな同業者(人外)



 日常に何か変化があるわけでもなく、のんびりとした時間が過ぎていく。

 ガルドルが仲間になってから既に一週間以上が経過したが、実に平和的な日々だ。

 ちょいちょい会う太勇から聞くのは愚痴ばかりなので勇者としての進捗がどういう具合なのかさっぱりだけれど、噂を聞く限り順調なようなのでなにより。

 いや、その結果太勇とザラームがガチで殺し合うような事になるなら何もよろしくはないが。

 さてそれらについては今私が悩んだところでどうしようもないし、そもそも部外者なので考えても意味などはない。

 それよりも今この場にある問題は、先程からガルドルに巻き付かれている事だろう。



「ガルドル、どうかした?」


「旦那様が人気過ぎて面倒な事になったなあと思っているだけですよ」



 はああ、とガルドルは本気で面倒そうな溜め息を吐く。

 しゅるしゅると舌を出して笑うようなヤツではなく、ガチの溜め息。



「あー、前に言ってたヤツかい?」


「はい」



 休みでもある為、丁度同じリビング内でおやつに野草をもさもさ食べていたイーシャが問えば、ガルドルは私の首に顔をぐりぐり押し付けながらそう肯定した。

 甘えてるなら撫でた方が良いかなと思ったが、十メートルサイズなガルドルに全身をぐるぐる巻きにされているので無理だった。

 指先ならばともかく腕ごとホールドされてるので頭撫でたりが出来ない。


 ……これが全身ホールドか……。


 全身で全身に巻き付かれている。

 これが野生の大蛇だったらメキッとやられてお陀仏して本日の食卓に上る事になるだろうが、相手はガルドルなので身を強張らせたりもせず体を預ける。

 ガルドル流のハグみたいなものだろう。


 ……うん、捕食じゃないなら良いや。


 少なくともガルドルが私を害する事など無いとわかっているので、警戒する理由もない。

 何かあればイーシャ居るし。


 ……ケンタウロス対ヨルムンガンドって字面だけで凄そうな……。


 怪獣映画みたいだ。



「前に言ってたヤツって?」


「旦那様以外に先日相談した事です」


「何で私だけ除け者!?」


「旦那様に関する事なので」


「ええ……」



 私に関する事ならいの一番に私に報告して欲しい。

 いや、だからって何か答えられる事がありますかって言われると微妙だけど。


 ……そういえばストーカーさん達もその辺私に教えようとはしてなかったなあ……。


 何かあれば私が気付く前にストーカーさん達がどうにかしてくれていた。

 ストーカーさん達とは違うお客さんがやたら頻繁に来てはよくわからん話をしてこちらの事を探ろうとするのに辟易してちょっと愚痴れば、翌日にはその人がやらかしてきたらしい罪状がリークされたとかでニュースに出てたりしたものだ。

 これでもう安心ですよとかストーカーさんに言われたりしたので確実にあの人達が何かしてたんだと思う。


 ……具体的に何をしてたかはサッパリだけどね!


 まあ知らない方が良い事も世の中には多々あるので、知らないままでいようと思う。

 少なくとも私は嫌なタイプの付きまといが無くなってハッピーだったわけだし。

 ストーカーさん達は統率取れてるしこちらに不安抱かせないし押し付けよりも気遣いを優先してくれるので安心なのだが、押し付けがあまりに強いのはどうも苦手だ。


 ……押しかけて来ても色々気遣ってくれたりお世話してくれるから奴隷の皆は好きだけど、こうあるべきだそうするべきだみたいな押し付けする人は苦手なんだよねえ……。


 そういったものを幼少期から押し付けられ続けたらマリクみたいな状態になりそうなので、多分これは苦手で良いヤツ。

 本能的に避けるべきヤベェのを避けてたんだろう。多分。



「…………私に関する事で私に言えないって、どういう何?」


「旦那様はその一件で一悶着ありましたから」


「?」


「あまりその件に関わらせるのもどうなのか、と。ただあの妖怪は心を読むからこそ、相性が良いだろう相手を見抜くのに長けているので…………そこが面倒なんですよ」


「あっはっは」



 溜め息を吐くガルドルに、ケラケラ笑うイーシャ。

 うーん見事に何もわからない。



「その方ですけれど」



 ひらりと翅を動かしてやってきたリャシーが、ガルドルの顔を覗き込んだ。



「交渉しにいらっしゃいましたわ」


「うげ……あの野郎」



 おっと意外な口の悪さがぽろりしてる。



「お断りだと言ったのに……」


「私の事なのに私に一切話をせず断ってたの?」


「旦那様にとって煩わしい事かもしれませんから」


「かもしれないって言うなら可能性の話で、確定じゃないんだよね?」


「…………」



 ガルドルは微妙そうな雰囲気を纏いながら舌をしゅるしゅると出し入れした。

 これで表情が変化するのであれば、突かれたくないところを突かれた顔をしていただろう。

 いや想像だから実際そんな感じに思ってるかは知らないけどさ。



「……人間関係の話なので、あまり旦那様の耳に入れたいものでは無いんですよ。人との関係ではなく、文字通り人間に関係する話ですから」


「あー」



 確かに人間とのアレコレは面倒な事が多い。

 私も人間なのに何言ってんだという感じだけれど、奴隷使いというジョブのせいで微妙な偏見があるのも事実だ。

 カモろうとしたり攫おうとしたり攻撃してきたりも全部人間だし。

 いや、性的興奮を発散しようとしたのはフクロウ鳥人(とりんちゅ)だったか。


 ……あれっ、全然意識してなかったけど私ってわりと修羅場くぐってるな?


 知らぬ間に複数の修羅場をくぐり抜けてた。

 そもそも初っ端に巻き添え召喚されてる辺りお察しだった。

 しかし巻き込まれはしても何かある前に助けてもらえたりしてるので、運は比較的良いのだろう。

 運が良いと言うならまずトラブルと顔合わせんなって話だけれど。



「でも待たせてるんだよね?」


「はい、一先ず応接室に」


「うあー…………」



 ガルドルがぐりぐりと顔を押し付けてくる。



「何というか、私もそこまでガルドルの交友関係知ってるわけじゃないけど、そんなに嫌そうにするの珍しいね? ギルド相手でも飄々としてるイメージなのに」


「…………僕は自分が優位に立てない相手には弱いんですよ」


「うん、それ当然だよね」


「情報が武器にならない相手は苦手だ……」



 はああああ、と深い溜め息が耳元で聞こえた。

 拗ねた子供みたいな声色だこと。



「…………行ってきます……」



 しゅるり、と巻き付かせていた身をほどいてガルドルはソファから降りた。



「あ、私に用があるなら私も行こうか?」


「…………」



 ガルドルは物凄く微妙そうな雰囲気で無言になった。

 そんなにアウトなのか。



「…………確かに、いっその事顔を合わせて話せばまだ良いかもしれませんね。合わないなら合わないとわかるでしょうし、合うようなら僕が止める理由もありませんし……」



 ぐ、とガルドルの手が握られる。



「でも僕が嫌なんですよアイツと話をさせるの! アイツと話すと僕の方の情報は開示されるしアイツに情報の力は通用しないし! あと種族的に人間からは拒絶されがちです!」


「最後のヤツ完全に付け足しだったよね」


「ううう……」



 ぐでりとガルドルの巨体が床に寝そべった。



「あ、ですが人間から拒絶されがちなのは事実ですよ」



 苦笑しながらリャシーが補足する。



「慣れている相手なら無視しますが、そうじゃない相手からすると率先して仕留めなくてはとなるでしょう相手ですから」


「マジでどういうどなたなんだ……」



 まさかカブリとかに近い系統じゃあるまいな。

 そう思い恐る恐るイーシャに視線を向けると、こちらの表情から何を言いたいか察したのか違う違うと首を横に振られた。



「カブリみたいなゴキ系ではないよ。害虫でも無い」


「分類としてはクダみたいな妖怪枠だねー」


「うおう、いつの間に」


「わりとさっき」



 庭で日向ぼっこしていたはずがいつの間にかリビングに来ていたクダに驚き問うと、そう返された。

 元々隠密行動を得意分野としている妖怪だからか、クダは意外にも気配を消すのがとても上手い。

 まあ私が気配に疎いんじゃないかと言われたら何も言い返せないのだが。

 そうも気配に聡くならにゃいかん生活してないもん。


 ……外から何かしらの音するのは日常だし、ストーカーさん達が居るから視線とかには慣れちゃったしねー。


 お陰で独り暮らしのはずの家に誰かの気配がしても普通に帰宅出来るメンタルになってしまった。

 そしてストーカーさん達もさらっと、ご飯今出来上がりましたよそれじゃあ、って言って食卓に食事を置いて普通に帰ってくので本当今更。

 何なら食器類を流しに入れて(丁度食後頃適温になるよう入れられてる)お風呂に入れば、出る頃には食器が洗われているし。

 うーん今思い出しても相当に至れり尽くせりな生活。

 問題はやってくれているのが複数名のストーカーという部分だろうか。

 冷静になって考えてみると致命的過ぎる問題だ。



「でも、妖怪で人間にそんな態度を取られるような……?」



 どうしよう、妖怪の伝承系って大概そんなもんだから今更過ぎる気もする。

 言っちゃえば雪女とかも人からはまあまあ避けられるだろうし。

 だって凍死したくない。



「……うん、まあ、ガルドルがそんな嫌がってるのに申し訳ないけど、一旦顔だけは出すね。あと事情も聞く。ガルドルが相手してて相手丸め込めないって事は私本人が話した方が早いかもしれないし」


「…………旦那様」


「うん?」



 むくりと起き上がったガルドルはじっとこちらを見つめる。



「それ、僕が話す時は大体相手を丸め込もうとしてるって思ってるって事ですか?」


「違うの?」



 ガルドルは思いっきり顔を逸らした。

 やっぱ自覚あるんじゃん。





 応接室に入れば、その妖怪はソファに腰掛けていた。

 先に妖怪だと知っていなければただの人間と思っただろう、男女どちらかわかりにくい子供。

 長い黒髪が特徴的で、人間にしては何となく違和感を抱かせるその子は、こちらを見た。



「今お前は妖怪にしては人間みたいな子だな、と思ったな?」


「え、あ、はい」


「今お前はうわめっちゃビンゴ、と思ったな?」



 あ、何かこのやり取り妖怪系の伝承で聞いた事があるような。



「今お前は何かこのやり取り妖怪系の伝承で聞いた事があるような、と思ったな?」



 それは当然だ、と子供らしくないしゃがれた声で続けられる。



「私は(さとり)



 そう名乗った子供の姿がまやかしのようにぼやけていって、気付けばそこには猿が居た。

 ただの猿でも猿獣人でも無さそうな、文字通り妖怪染みた猿だ。



「心を読む、猿の妖怪がこの私だ。首領(ドン)という呼び名が定着している異世界から来た奴隷使い。私は同業者として、お前に話を持ってきた」



 異世界出身である事を知られているのは今更驚かない。

 ちらほらとだが知ってる人は知ってる情報だ。

 ガルドルだって奴隷になったからとその辺について伝えたら流石の情報網と言うべきか、普通に知ってると言ってきたし。

 あと相手が心を読める妖怪なら知ってる方がスタンダード。


 ……それよりも、気になるのは……。



「同業者って?」


「国に所属している奴隷使いなんですよ、ソイツは」



 腕を組みながらちろりと舌を出して溜め息を吐き、ガルドルは言う。



「死刑にはならないが軽犯罪と扱うには重い犯罪者は奴隷となります。そこに居る覚は、裁かれ奴隷になった者達を世話し、適した相手に引き渡してるんです」


「わお」


「今お前は真っ当な奴隷使い始めて会った、と思ったな?」



 そりゃそうも居るわけじゃねえからな、と覚は零した。



「私達は国で扱うべき奴隷を扱っている。国としては死刑に出来ないのが歯がゆいけれどどうにも出来ない犯罪者を扱ってくれるから、と私達には好待遇だ。しかし数が居るわけじゃねえからあちらこちらの大きな町に配置されてんだよ。犯罪者ってのは、一か所に集め過ぎると溢れちまうからな」


「成る程」


「今お前はまあ確かに日本でもそれぞれの県に拘置所やら刑務所があったもんなあ、と思ったな?」



 めっちゃ心読んでくるなこの人。

 まあそれが覚だし、人間基準じゃ指を動かす程度の事だろうからあんまり気にしないでおこう。

 でも多分、こういうところが人間から拒絶される部分なんだろうなあとも思う。


 ……ヤバい犯罪計画練ってる人からしたら公衆の面前で暴露される危険性あるもんねえ。



「今お前はヤバい犯罪計画練ってる人からしたら公衆の面前で暴露される危険性あるもんねえ、と思ったな? どっちかというと計画段階じゃ暴露したところで周囲に警戒されるだけで終わるからそうも致命的じゃねえぜ」


「あ、そうなの?」


「誰かが心の中で何を思おうが当然自由だろ。実行に移してさえいなければ、誰を嫌おうが誰を殺したいと思おうが自由。それを実行に移せば罪になるってだけだ」


「うーん真理」



 思考の自由ってヤツだなあ。

 法律的には自由権とか言うんだっけ、コレ。



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