管轄外の相談内容
メンバーにガルドルが増えても、特に何か変わるとかは無かった。
同じベッドで寝る為、ベッドのサイズがより一層大きく設定されたくらいである。
……まあ、十メートルサイズだもんねえ。
元々大きいベッドなので人間ボディ部分だけなら全然問題無かったのだが、だからといって全身の大半を占めている蛇ボディ部分をベッド下にでろりんと落とすのも何だろう、という事でそうなった。
私は寝る時に大体誰かとくっついているけれど、ガルドルはサイズ差もあるし寝ぼけて本能のままに締め上げたら危ないから、と微妙に距離を取りながらの睡眠となった。
とはいえ起きた時、私の足首にガルドルの尻尾がくるりと巻き付いていたけれど。
……何か、懐いた猫みたいで可愛かったな。
ガルドルは寝起きが悪いようでのろのろとした起床だったが、それを見た瞬間に照れか気まずさか顔を逸らしてそろそろと尻尾を外していたのは可愛らしかった。
足首に残った鱗の跡は可愛いとは言えないけれど、まあ、足首がゴキッとやられたわけではないので良しとしておく。
ガルドルサイズなら余裕でへし折れるだろうから、跡がつきはしたもののかなり加減をしてくれていたんだろうし。
さて本日の予定だが、そちらもまたいつも通りだ。
それぞれ依頼を受けたり仕事に行ったり家でのんびり。
ガルドルも情報屋ミッドガルドはこれまで通りの営業をするつもりのようで、普通に出勤していった。
「うーん」
私は私で受けたお手伝い依頼を終了し、まだ昼には早い町中をふらふらり。
さっさとギルドへ戻って報告して次の依頼、とやっても良いのだけれど、もうちょっとしたらお昼の時間だし混む前にどっかで軽く食事済ませちゃおうかなあ、とも思う。
「……よし、ギルド戻るまでの道で美味しそうな屋台があったら料理買って食べよう。そしたらギルド戻って報告したらすぐ次行けるし。ピンと来るのが無かったらそのままギルドで報告してからどっか食べに行く事にしようかなーっと」
「…………なら、私が奢る場合は……?」
「うおっ」
突然の声に驚いて隣を見れば、いつの間にかマリクが立っていた。
前と同じく、随分風通しが良さそうな格好だ。
「び、ビックリした……久しぶり、マリク」
「……うん」
こくり、とマリクは頷く。
「何か用事?」
「…………わからない」
何か用事でもあって声を掛けたのかと思い聞いてみれば、少しの思案の後眉を下げてそう返される。
相変わらず独特のテンポをお持ちのようだ。
「わからないっていうのは?」
「……あなたのお陰で新しい考え方が出来たから、そのお礼を言おうと思った」
「それは用事になるね」
「…………あと、相談も、したい」
「それも用事だね」
「……それと」
話す事自体が不慣れらしく、ぽつりぽつりと箇条書きのようにマリクは言う。
「私は立場上、庶民の暮らしを知る義務があって」
「うん」
「私の立場なら、息抜きを兼ねて外へ出て、ついでに庶民の暮らしを見た方が良いって言われて」
「それもう息抜きじゃなくて仕事だね」
「……とにかく、一定の仕事をこなしたら、こっちに来るようにしてる」
「ふむふむ」
「…………それで、ええと……」
どう言葉を繋げれば良いのかわからないという様子でマリクは言葉に詰まった。
「……その……」
「別に焦って言葉探さなくても良いよ。人によって喋りやすい速度はあるだろうしさ。私も焦ってないからその辺座る?」
「…………うん」
マリクが素直に頷いてくれたので、人気の無い近くのベンチへと隣り合って腰掛ける。
相変わらず言動や動作が幼女みたいな人だ。
「……元々、私は息抜きがよくわからない。言われた通りにするだけだったから」
「まあ、話聞いてたらそんな感じだったね。一定量の仕事をこなしたらこれをやる、って感じで息抜きっていうより作業感ある言い方だったし」
「……そう。私は言われた通りにするだけだから、息抜きの必要性がわからない」
「大前提としてマリク自身がその行動を本当に息抜きとは認識してないからって可能性もあるけどね」
「…………どういう、こと?」
こちらを見て首を傾げたマリクに、えっとね、と私は答える。
「疲れたから息抜きしたーいって思って甘い物食べたりちょっと散歩したりが息抜き。要するには肩の力を抜けるかどうかって事」
「…………聞きたいんだけど……」
「私に答えられる事なら答えるよ。どうぞ」
「……肩の力を抜いたり、息抜きをしたり…………って、必要?」
「人間には必要かな。他の種族はそれぞれだから知らない」
「…………人間に必要なら、必要じゃないの?」
「だって人外相手じゃ体の作りが根本的に違うもん。二足歩行に適した骨格と四足歩行に適した骨格じゃあ作りが全然違うし、陸上生物と深海生物でも体の作りは明らかに違うでしょ。
草食動物でも牛と馬じゃ腹の中で飼ってる微生物に違いがあるだろうし、そもそも微生物を飼ってる内臓が違うから栄養吸収度で違いが出てる」
これはイーシャに教わった事。
牛と馬では栄養の吸収率が違う為、食べる量や必要栄養素なんかが色々と違う云々の話だったか。
「だから勿論、息抜きをしない生き物も居ると思うよ。でもそれはそれぞれの種族によるから、人間がとやかく言う権利は無いかなー」
「…………偉い人でも?」
「偉い人が人間で、相手が人間じゃないなら意味無くない? こっちだって偉い牛獣人に労いとして美味い牧草食わせてやるって言われても困るよ。牧草食べる種族じゃないもん私」
「…………」
真顔だが、言われてみれば、というようにマリクは頷いていた。
「要するにはさ、その人その人で必要としてるのが違うって部分を重視した方が良いよねって話。同じ人間でも息抜きに使う物が違うとかザラにあるし」
「そうなの?」
「甘い物が好きな人は息抜きに甘い物を食べるだろうね。でも甘い物が嫌いな人からすれば、甘い物を食べさせられたって息抜きにはならないよ」
「……息抜きなのに?」
「重要なのは肩の力を抜けるか、って部分だから。嫌いな物食べさせられたってストレスになるだけ。
私は渋い物とか食べたら全身ギュッてなっちゃうからさ、私からしたら全然息抜きにはならないよアレ。体が緊張状態になっちゃう。甘い物は好きだから、甘い物を摂取すると嬉しさで体が緩むけどね」
「…………息を抜いたり肩の力を抜いたり、体を緩ませたり……」
はぁ、とマリクはあまり表情を変えないまま溜め息を吐く。
「……面倒臭そう」
「あはは、そりゃ細かく考えすぎだからじゃない? とりあえずはマリクなりの息抜きを見つければ良いんだよ。他の人の息抜き法はその人用のものだから、その人が息抜きする分には好きにさせた方が良いんだろうけどさ」
「結局……息抜きって、必要?」
「結局同じ事を言うけれど、人間には必要だと思うな。普段肩肘張ってるなら余計にね」
私はハーフアップお団子に纏められている髪を軽く手で梳いてみる。
下ろされている髪に何度か手を通せば、寿命で自然と抜けた長い毛が一本だけ指に絡んだ。
それを両手の人差し指で持ち、ピンと真っすぐにしてマリクへと見せる。
「気を張ってたり肩肘張ってたり……要するに力入ってる状態がコレね」
「うん」
「で、息抜きをすると緩まる。こういう感じ」
「うん」
「逆に時々こうやって緩ませたりせずにずっと気を張ってると」
引っ張って伸びた毛が、ぷちんと軽い音を立てて二つに千切れた。
「こういう風に切れちゃうわけだ。こうなったらアウト」
「……アウトなの?」
「心の弦が切れるってのはアウトだよ」
日本では社畜が心の弦切れまくりで過労死オア自殺のオンパレードである。
いじめられた子なんかもわりとそういう感じ。
そして心が死ねば、自殺をせずとも肉体が生命活動を終えようとし始める。
疲れた時に体が重いのは、きっと肉体的な疲労蓄積以上に、メンタルの限界で肉体と精神の接続が鈍くなっているというのもあるんだろう。
まあ私は精神科医とかじゃ無いので想像だけれど、体感ではそう思う。
「例えば足とかもさ、大事な線……アキレス腱とかそういうの? 私もあんま詳しくないけど、そういうのが千切れたらアウトなわけでしょ。その後普通に歩けるまでそれなりの時間が掛かるレベルで」
「……うん」
「心だって同じだよ。どっかを構築してる糸だとしたら、どこを構築してようが一本死んだら終わりじゃん。歯車で動いてるヤツも一つの歯車がアウトになれば他の歯車全部が途端動かなくなるようにね」
「成る程…………」
うん、とマリクが頷く。
「……私の息抜き、わかった……と、思う」
「お、良いね。息抜きポイントわかってるとメンタル的に消耗少ないし。何々?」
「…………あなたと話す事が、私の息抜き……になってると思う」
「わお、私?」
「気兼ねなく話してくれるから」
「成る程」
確かマリクはお偉いさんの中でもお偉いさんっぽい事を言っていたし、気兼ねなく話せる相手というだけでレアなのだろう。
マリクの事を知った上で気兼ねなく話すようなら不敬とされかねないわけだし。
……うん、今後も私はあまり積極的に情報を求めないようにしておこう。
下手にマリクがどんだけ凄い人かを知ったらアウトな気がする。
知らないからこそ許される態度というのもあると思うんだ。
……あとあんまり気遣い系得意じゃないんだよね私!
魔王であるザラーム相手にいつも通りの態度な時点でお察し。
サンリ達に対しても気付いたら敬語無くなってたレベル。
油断するとどうにも敬語が旅行に出てしまうので困りものだ。
「ま、誰かと話すっていうのが息抜きになる人も居るよね。それこそ愚痴るだけでもそうだし、誰かと一緒に居るだけで息抜きになるって人も居るかな。言っちゃえばぬいぐるみに向かって喋るだけでも気分転換にはなるだろうしさ」
「…………私は、ぬいぐるみを買えば良いの?」
「そこはマリク次第」
マリクが何歳か知らないが、男のお偉いさんがぬいぐるみを所持してるのはどうなんだろう。
一瞬そう思うけれど、別に誰がぬいぐるみ持ってたとしても問題無いし別に良いか、と流す。
外国じゃテディベアをずっと大事にしてるとかもあるらしいし、別に持ってるところで世界が終わるわけでもないのだ。
大人になってもぬいぐるみ持ってたせいで人が死にましたとかになるなら今すぐ手放せとなるだろうが、別にそういうのも無いんであれば問題あるまい。
老若男女がゲーム機持ってたって何も言われないんだから、老若男女がぬいぐるみ持ってたって別に良いじゃんね。
「勿論人によってはぬいぐるみの視線が苦手とか、ぬいぐるみの置き場所が無くてストレスだとか、ぬいぐるみを置いてたら埃被って邪魔になるしとか、そういうタイプなら買わなくて良いと思う。でもぬいぐるみが居ると心安らぐとかなら買っても良いんじゃない?」
「…………うん、考えてみる」
「判断するのも息抜きになるかどうかもマリクの事だからね。ゆっくり考えると良いよ」
「うん」
ふ、とマリクは僅かに微笑んだ。
「……こうやって町を見て回るのは、私にとって息抜きじゃなくて仕事の一環になってる……んだと、思う。息抜きとして見て回れば良いって言われたから、息抜きって思っただけ。……多分、そうだと思う」
「本人がそう思うなら、マリクの感じ方ではそうなんだろうね」
「うん。…………また、新しい発見が出来た」
「お役に立てたなら何よりだよ」
「……うん。前も、そうだけど……今も、色々教えてくれてありがとう」
「私は私の意見を勝手につらつら言っただけだけどね。でも役立ったなら良かったから、どういたしまして」
笑いながらそう告げれば、マリクはこくりと頷く。
「と、そういえば相談もあるって言ってたっけ? さっきの息抜きについて?」
「ううん」
違う、とマリクは首を横に振る。
動きに合わせ、長い髪が揺れた。
「……今、あなたに教わった通り、私のところで働いている人外達に色々と聞いている」
「そうなんだ」
「私が教育係達から教わったのはほんの一部だったと知った」
「ふんふん」
やっぱりマリクって自分で言葉を探す時に時間が掛かるだけで、既に纏まっている言葉や事実を喋る分には途中で詰まったりもしないんだなあと思いながら相槌を打つ。
「物事には真実があって、真相があって、闇に葬られた都合の悪い本当があると知った。私はそれを知って、それらを知らないままで私は上に立とうとしていたのかと思って……」
「うん」
す、とマリクは僅かに眉を顰める。
「…………内臓が、寒くなった」
「ヒュッとなる感じ? 高いところから落ちるみたいな」
「……そう。多分そう。高いところから落ちる時、着地に失敗した時と同じ……だと思う。バランスを崩しながら落ちる瞬間に近い、かもしれない」
「つまりはゾッとする感じに限りなく近いけど、ただ寒気がするんじゃなくて寒気プラス足元が無くなったような不安と不安定感があったって感じ?」
「うん」
こくり、とマリクが頷く。
「上に立つなら、その本当の部分を知っているべきだった。今までにある間違いを知らないでいたら、また間違いを犯してしまう。同じ失敗を繰り返す。それはいけない」
「まあ、それはかなーり無駄な部分だろうしね。パン焼く時に失敗して、失敗する理由もわかってて、なのに同じやり方でやったらそりゃ失敗するだろって思うもん。
そこは失敗から改善策見つけて改善したやり方にしないと次に進めないし、次に出る失敗は新しい失敗だから、そこを改善すればより一層良くなってく」
「私もそう思う。……けれど、そう思い始めたのはあなたと話してから。それまでは言われた通りにすべきだとしか思わなかった。民の為に動くのが私だから、民の為に動こうという気はあるけれど、だけど」
「うん」
「………………教育係達が言うなら、民の為にならないのではと思っても、言い出せなかった。……違う。言い出せないじゃなくて、その発想が出なかった。私の意見は求められてないから。私の決定権だけが求められているから」
「でも一応、止められはするんだよね?」
「そう。重鎮の人外達がきちんと否定材料を揃えて却下する。私は否定材料を集められないから、却下出来ないけれど」
それってつまり否定材料を集める事について妨害されてるとかでは。
……まあ、考えようによってはマリクへの妨害に手一杯になってる間に人外の方々が動けるって事かもしれないけどね。
マリク側の実情について詳しくないのでよくわからん。
色々好き勝手言ってはいるけれど、そこまで踏み込むつもりも無いし。
「…………私は、血筋で選ばれている。上に立つべきだと決められている。でも、私は自分で考えられない。決める事も却下も出来ない。民の為と思っても、民の為の行動が出来てない。私は色々な真実を知って、そう思った」
「そっか」
「……あなたは、キミコは今のを聞いてどう思う?」
「マリクが上に立つのに向いてるかどうか?」
「そう」
ふうむ。
「すっごい正直に言っても良い?」
「うん」
「管轄外」
「え」
マリクにしては珍しく感情が思いっきり表に出た顔になった。
目をまん丸にしてパチクリしている姿は、成人男性だろうに幼女のよう。
いや本当、お偉いさんだろう男性にそう思うのはどうかと思うけど、どうしても幼女らしさが垣間見えてしまうのだ。
「私がどう言ったところでそこに何か変化起こせるわけじゃないからねえ。向いてないよって言っても私の一言に決定権無いし、向いてるよって言ってもマリク自身のもやもや晴れるわけじゃなくない?」
「…………うん」
「マリクが何らかの後押し欲しいなら望む答えを返すけどさ、本当正直に言うと、私はそういうお偉いさんのアレコレに関わりが無い。だから庶民視点での勝手な意見になっちゃう。でも勝手な意見じゃ個人の感想でしかなくって、正当な評価にはならないでしょ」
「…………確かに、そう」
「だからまあ、言えるのは今後についてかな」
きょとりとマリクの目がこちらを見た。
「今マリクがそういったアレコレに気が付いて、改善すべき点を知る事が出来た。隠されていた真実についても知る事が出来たなら、今後は対策出来るわけでしょ?
例え誰かが却下してこようとしても決定権がマリクにあるならどうにかなるし、それでも却下されるんなら盲点を突くなりすれば良い」
要するにはそういう事だ。
「私は無関係だから無責任に言うし、これも無責任な言葉なんだけどさ」
「……うん」
「今マリクは過去と現状についてを考えて悩んでるわけだ。でもそれは、過去に出た死亡者やたった今出た死亡者を見てどうしようって言ってるわけね。死んでる相手にソレ言っても仕方なくない? 勿論リアルに考えるなら弔いとか色々あるだろうけど、次が無いよう考えた方が良いでしょ、そこは」
「……次」
「今後の部分だね。今より後の事。今出来る事は今出来る事しか出来ないから、それなら今後、それ以上を出来るようになってればもっと沢山の手が打てる。
今の自分じゃ足りないって思うなら、今の内に色んな事を学ぶなりやってみるなりすれば良いんじゃないかな。足りてないなら足りるようにしちゃえば良いよ。幸い、マリクの周囲には色んな種族や色んな立場が居るっぽいし」
「…………」
無言の後、マリクは静かに頷いた。
「……わかった。そうしてみる」
「いや、私の勝手な意見を鵜呑みにせずちゃんと自分でも考えてね? 責任持たないよ?」
「大丈夫」
ふ、とマリクが笑う。
「……ちゃんと考えて、良いと思ったから、私もソレをやってみたい。まだ本当に重要な部分は教わってないけれど、順番に知っていかないと教えられないと言われているけれど……自力でも色々調べてみようと思う」
やってみたい、とマリクは言った。
「……ありがとう、キミコ」
「どういたしまして」
「…………あ、これ、お礼」
「いやお金要らない」
硬貨を渡されそうになったので受け取らず返す。
というか今見た硬貨、何か見覚えがあったような。
具体的には初日にアソウギに見せたらめっちゃガチな顔で価値を教えられた例の硬貨だったような。
……相談受けただけで百万ゴールドは嫌!
わーいお金だー! とはならない。普通に怖い。価値がおかしい。
ガルドルの時もそうだったけれど、一部の人達の金銭感覚どうなってるんだ。
いや、一部の人達と人外達と言うべきだろうか。
エルジュも結構その辺雑だし。
「……でも、奢るって言った」
「別に奢らなくても話くらいは聞くよ」
何なら指名依頼入れてくれれば良いし、とは言わない。
ガルドルの時みたいな事になったらまたリャシーやサンリのメンタルに要らん心配を与えてしまう。




