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自分の持ち物管理すらガバいのに



 依頼達成報告に奴隷登録も出来たので、案内も兼ねて追加の依頼などはせずに屋敷へと帰る。

 情報屋でもあるガルドルなら屋敷内の構造を知っていても不思議では無いし、何ならこっちの方が迷子になりそうなレベルだけれど、こういうのを先に説明するというのは礼儀だろう。

 リャシーの時もそうしたし。



「たっだいまー」


「あら、お帰りなさい。早かったのね」



 屋敷に入って声を掛ければ、リビングの方からひょっこりとエルジュが顔を出した。



「って、ガルドル? やだ、お館様ったらソイツ結構なぼったくり野郎よ? 人間相手でも容赦しないんだから欲しい情報があるなら他に頼んだ方が良いわ」


「いやいや違うの別にカモとして狙われたわけじゃないから」


「違う意味では狙い撃ちにしましたけどね」



 しゅるしゅると舌を出し入れして笑うガルドルに、要らん誤解をさせようとしてないかと胡乱な目になる。

 が、エルジュは誤解をさせようとしている事自体を理解しているように吹き出した。



「ぷっ、アハハ! 冗談よお館様! そう心配そうにきょろきょろしなくったって、別に何か諍いがある関係ってわけじゃないわ」



 可愛いわねえ、とエルジュの手によってもにもにと頬を揉まれる。



「第一知り合いってわけでも無いもの。有名であり悪名高くもあるから一方的に知ってるってだけよ」


「それ、より一層警戒心増すヤツじゃない?」


「まあ普通ならそうなんだけど、奴隷登録したんでしょう? 奴隷契約で魔力的にも繋がりが出来てるのがわかるもの。エルフは魔法関係に強いのよん」



 綺麗に整えられた爪で額をコツンとつつかれ、成る程、と納得した。

 確かにエルフはそういうのに聡いイメージがある。

 これは勝手に抱いてるイメージなのでエルジュの言ってる事は嘘という可能性もあるが、そもそも人外はわざわざ嘘吐いたりしないから真実なのだろう。

 大前提として嘘を吐くどころかそこまで赤裸々に明かすか? というレベルで明け透けだしね、人外。



「っていうか、主が同じな奴隷同士なら契約の繋がりで普通にわかるしねー」


「えっそうなのクダ」


「うん。リャシーが警戒してたのは、あの時点じゃ契約してなかったから」


「あー……」



 そういう事かあ、と納得した。



「まあ何というか色々あって……いや、色々って程の何かは無いけど、とりあえず色々あって奴隷が増えましたって感じ」


「途中物凄くあやふやじゃないかしら」


「それが説明が難しくってさあ……」



 頬に手を当てて首を傾げるエルジュに、私は溜め息を零しながらそう答える。

 異世界に来た当日にお世話になった一人でその後もちょいちょいお世話になってて今回何と物凄い額を報酬にちょっと話したいって依頼を指名されて行ったら奴隷志望だって聞かされてさあ、とか普通に言えん。

 言えないというか内容が纏まって無さ過ぎる。

 伝える気あるのかと言いたくなる情報量。



「要するに僕から旦那様の奴隷になりたいと言い出した、というだけの話ですよ」



 リビングへ移動してソファに腰掛けると同時、ガルドルがそう話し始める。



「問題らしい問題はその話をする為に指名依頼をしたところ、つい対人間の時の癖で高額報酬にして少々怪しまれたくらいです」


「ああ、あるわよね」



 同じくソファに腰かけたエルジュは胸の下で腕を組み、うんうんと頷く。



「長生きしてるとつい物価の差額とかが数桁分ぼんやりしちゃったり……数十年で物価もお金の価値も変わるから油断すると危ない事が多々あるわ」


「ええ、存じております。屋台で購入した代物の代金として支払った硬貨が歴史的価値のある代物……金額にして相当なプレミアがついているもので支払ったとか」



 何してんのエルジュ。



「あらまあ、流石情報屋」



 しかしエルジュとしてはよくある事なのか、特に気にしてないようにそう返した。

 そういえばコレまだ残ってたっけ、のノリで聖徳太子で払うみたいな感じだろうか。



「最近の話じゃなくても知ってるのね?」


「まだ若輩者ですが、一応生まれてから百年は超えていますので」



 えっ。



「……あの、ちょっと今更なんだけど、ガルドルって幾つ?」



 ふむ、とガルドルは顎の下に手を当てて少し上を見てから、指を使ってひいふうみいと数え始める。



「百二十……そこらです。多分」


「多分」


「端数はいちいち覚えていなくて。寿命が長いと誕生日も曖昧になりますからね」


「わあい長寿系独特の感想だあ……」



 まあ人間だって何歳までは覚えてても何歳何か月何日、とまでは言わないからそんなものか。



「そも誕生を祝う事こそあれど、人間のように生まれた日を祝うという事はありません。ヨルムンガンド族に関してはどちらかというと忌まれる誕生なわけですし」


「そうなの?」


「はい」



 弾んだ声で肯定された。

 これ表情変化があるならニッコニコの笑顔だろうなあと思うような弾み声だ。

 ガルドルのテンション上がるポイントがわからん。



「まずご先祖様は害になるとされて海へ放り込まれまして」


「いきなりヘビー!」


「おや、蛇だけに?」


「重量級って言いたかっただけでそんなつもりは無かったよ!?」



 そう言われた瞬間寒いギャグかましたみたいになるからやめて欲しい。

 そんな意図は無かった。



「まあそういった経緯で海へと放り込まれたのですが、海は隔てる物が何もありませんからね。ご先祖様はそこですくすくとお育ちになられました。ええ、それはもう本当に大きく」


「あー……国をぐるんと一巻き出来る程、だっけ?」


「ええ。それでも尚余る程の体長をお持ちです。僕の全長など、ご先祖様の鱗一枚にも足るかどうか」


「それはデカイなあ……」


「はい、デカイんです。僕がとびきり小さいというのもありますが、代々人間へ近付く為か小さくなってきていますからね。人間らしい見目になり始めたのも途中の代からです」


「あ、つまりそのご先祖様のビジュアルは大分蛇だったと」


「とても大きな蛇だと思っていただければ合っていますよ」



 あまりにスケールが大き過ぎてイメージが合っているか自信無い。

 正直、サイズが大きくなるとイメージし切れなくてデフォルメになりがちだし。



「ちなみに寿命もご先祖様達の方が長くてですね、僕達のような後代の方が短命になってるんです」


「百歳越えで!?」


「ご先祖様達など、古い代はまだ全然現役でご存命ですよ。流石に大き過ぎるのでそれぞれの海域の底へ沈んでますが。巨人街の方の海底に居るご先祖様もいらっしゃいます」


「へえ、それは一回見てみたいような……」



 ……ん? あれ? それってつまり……。



「…………最近の代のヨルムンガンドは、寿命で死んだりしてるって事?」


「おや、旦那様は本当に聡いですね。革命家に適性があるだけあって目の付け所が鋭い」



 その通りです、とガルドルはぱちぱち拍手を響かせてしゅるりと舌を出した。



「代々、時間を掛けて僕達は人々に寄り添う姿へと変化していきました。同時に生きる時間も同じにしたがったのか、ゆっくりと寿命が減っているんです。まあ単純に体のサイズ差が寿命に表れてるだけかもしれませんが」


「えーっと……じゃあ、ガルドルの百二十歳くらいって人間換算すると一体幾つくらいに……」


「この体躯でも体感三百年はいけるだろうなという感じですからねえ。成体になったのは五十そこらでしたか。今の年齢を人間換算するならああなってこうなるから大体……」



 ぐぐぐと首を傾げ、ガルドルは指折り数えつつ時々こちらを見て計算するように指を動かす。



「三十代から四十代、くらい……?」


「珍しく曖昧だね」


「人間換算をした事が無かったので。そんな事を聞く方もいませんでしたし、僕もそんな奇特な方が居るとは」


「奇特て」


「ふふ、褒め言葉ですよ」


「だろうねえ」



 声色が楽しそうに弾んでいるので素直にそう受け取っておこう。

 実際こちらの常識で見た時、私は相当に奇特だろうし。


 ……まあ奇特だからって健康に何か害があるわけじゃないから良いよね!


 そもそも何が奇特かって定義するなら、まず標準をハッキリさせなくてはならない。

 そしてその標準というものは種族、年代、時代、国によって変化するので深く考えない方が良いものだ。

 もしハッキリした標準があるなら、都合の良い標準を作りたい誰かが居るという事。

 個人差がある時点で標準なんて人それぞれだろう。





 屋敷内を、多少私が間違えてはクダに修正を入れられながらガルドルを案内し、終わった頃には皆が戻ってくる時間帯になっていた。

 毎回説明をするのも面倒なので、一回で済ませるつもりでもあったのだ。

 丁度良い時間帯に案内をし終えて良かった。


 ……うん、まあ、丁度良い時間帯っていうか案内し切れない程だったけどね!


 流石に部屋数が多過ぎて一気に紹介するのは、というのが一つ。

 貴族街の屋敷に繋がっている、というのも一つ。

 そして実は私もまだ知らない他の場所にある屋敷にも繋がっている、のもまた一つ。

 ラストに皆が帰ってきて夕食の時間になった、というのが最大の理由。


 ……今日はブイヤベースだって言ってたからわっくわくだなあ~。


 エルジュは炒め物系は苦手のようだけれど、煮物系などのじっくりことこと系は美味しい。

 案内をする前に今日はブイヤベースだと聞いたので結構わくわくだったのだ。

 まあ当然ながらそれぞれ食べる物が違うので、私用のはブイヤベース、という事なのだが。



「はーいちゅうもーく」



 リビングでそれぞれテーブルに自分や他の誰かの食事や食器を並べているところに突撃してそう言ったが、言うまでもなく皆の視線は背後のガルドルに集中していた。

 というか申し訳ない事に準備の手が止まってしまっている。



「……えーと、注目って言っといて申し訳ないんだけど、先にご飯の準備してからにしよっか。食べつつ報告するね」


「「「はーい」」」



 素直で助かる。





 いただきますをして食べ始め、まだ食べているけれどそれなりにお腹が落ち着いてきた頃に改めて口を開いた。



「えーと、今更だけどさっきから大きめの卵を丸呑みしては殻を吐き出してる彼は新しく奴隷になったヨルムンガンドのガルドルでーす」


「どうも、ガルドルと申します」



 しゅるりと舌を出し、ガルドルは軽く頭を下げる。



「欲している情報があるなら奴隷仲間という事で初回無料に致しますよ」


「ほう」



 意外そうな声色で、カトリコが反応した。



「何だ、相当な守銭奴と聞いていたのに随分と大安売りだな」


「ふふ、これでも旦那様の所有物になれた事に浮かれていますので」


「あーわかるわかる。ご主人様の身内枠に入れたって事実結構浮かれちゃうよね。テンション上がるっていうかはしゃいじゃうっていうか」


「ええ、つい酒も無く酔ってしまいそうな程には」


「俺の場合は酒も無く酔ったらただの災害だけどねえ」



 いつもの仮面をつけたまま、イーシャはそう言ってへらりと笑う。

 私もこっそり屋敷の図書室にあったケンタウロスの酒癖やらかし事項を見たが、本当に災害みたいな出来事が多かったので否定出来ない。



「それにしても本当、飼い主様ってば変わったの引っ掛けるよね」


「うんうん、ミレツに同意。俺達は珍しくも無いウサギ獣人だけど、他のメンバー見てると飼い主様は珍しい種族を狙って奴隷にしてるのかなって疑ったリャシーの気持ちもちょっとわかる」


「ミレツとニキス、そしてエルジュ……獣人やエルフとパーティを組む人間も少なくはないのでそちらはメジャーですが、それ以外が珍しいですものね」



 サイズ的な問題でテーブルの上に腰掛けているリャシーは、小さなスプーンでジャムを食べながらそう言った。

 単体のジャムだけ食べるのは健康的にもどうよと人間視点では思ってしまうけれど、妖精的には単体の方が良いらしい。

 そもそも他に主食があるとしても基本的には果実や蜜、ミルクを好む妖精が多いんだとか。

 一応パンなども食べるそうだが、可能なら単体のジャムの方がテンション上がるとの事だった。


 ……まあ、ジャムよりも蜂蜜、蜂蜜よりもメープルシロップが好きみたいだけど。


 蜜らしさが強い方が好きなんだろう、多分。

 人間なのでその辺の差異はいまいち理解出来ないが、理解出来ないなら理解出来ないなりに否定はしないでいようと思う。

 良いかどうかは本人が一番わかってるだろうし。



「……というか、やっぱりヨルムンガンドって珍しい種族なんだ?」


「珍しいと言いますか……」


「俺への扱いに近いかな」



 ちらりと視線を向けたリャシーの意図をくみ取り、もしゃもしゃ噛んでいたヘイキューブを飲み込んだイーシャがそう言った。



「珍しい枠なのは事実だけど、人里にはあまり居ないタイプって感じ。それでもって人外から恐怖の対象になるタイプ」


「最近のイーシャはそういう感じ無いけど」


「そりゃ俺、ご主人様の奴隷だもん」



 何言ってんだか、という声色でイーシャは角砂糖を齧る。



「首輪も手綱もついてるなら怖がられないんだよ。野放しになってるから怖がられるだけで」


「あー、そういえばそんな事言ってたね」



 要するにいつ暴れるか不明な野良の土佐犬が居たら超怖いけど、首輪しててリード付けててちゃんと飼い主に合わせて動いてる土佐犬なら例え厳つくてもそこまで怖くないよね、みたいな。

 怖いは怖いでも、安全装置の有る無しは大きかろう。



「じゃあガルドルもそういう感じになるのかな?」


「僕の場合は存在自体が恐れられているのもそうですが、情報量などにも恐れられていますからね。手綱がつけられても武器を持っている事には変わりありませんので、そこまでの変化は無いかと」


「まあそうなるよね」


「勿論、旦那様がやめろと言うのであれば絶対服従の奴隷の身として情報を売り物にしないと近いますよ?」


「いや別に奴隷だからって絶対服従でも無いでしょ? 契約で縛ったりとかしてないし」



 罪人用の奴隷契約は万が一が無いよう色々とギッチギチに縛るようだが、私の場合は罪人相手じゃないしギッチギチ過ぎるとこっちが面倒だしという事でかなりラフ。

 殆ど縛ってないくらいだ。


 ……奴隷側の所有物は奴隷側に所有権あるしね、実際。


 自分の所有物もちゃんと把握出来てるか怪しいのに他の子の持ち物管理まで出来るかい。

 そういうのは自分の力量を冷静に見定めた上で無理な分はそのまま任せた方が効率的だと思う。

 ええそうですよ言い訳ですよ面倒だから適当にほっぽってるだけですよ。

 でも実際、任せた方が良い部分であるのは事実だ。

 別に取り上げたい何かや相手が持ってる物で欲しい何かがあるわけでもないし。



「あと情報屋に関しても、こっちに被害無ければそれで良いよ」



 ブイヤベースのエビに舌鼓を打ちながら、そう告げる。



「前みたいにぼられた人が意味わかんない思考の起承転結でこっち殴り掛かったりしなければだけど」


「ああ……あの方はしっかりと適した処理を致しましたのでご安心を。それに、あの一件以来僕の店ではしっかりとその辺りを契約の中に入れているので大丈夫です。契約を破ろうとしたり、偶然ならばともかく意図して盲点を突くようならそれ相応の罰が下るだけですから」


「怖いなガルドル基準のそれ相応」


「破らなければ良いだけの話ですよ。そもそもそれに是と答えたのは向こうです」


「そりゃそうなんだろうけどね?」



 ……ま、流石に責任能力あるだろうし良いか。


 責任能力が無いとされる子供相手にぼったくるようならアウトだけれど、自分で色々責任取れる年齢の相手なら自業自得だ。

 そもそも契約を破ろうとする側に責任がある。

 出来ない契約はまずすんなという話だろうよ。



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