人間は知能の使い方を間違ってると思う
通されたのは事務所みたいな部屋だった。
応接室、と言うべきだろうか。
事務所のようと表現したが、調度品はこの辺りには似つかわしくないレベルの物が揃っている。
……この辺って治安悪いから、こんな高そうなの置いてたら狙われそうなものだけど……。
まあ情報屋で全長十メートルな人外に喧嘩売る程の馬鹿は居ない、という事だろう。
人間の愚かさには自覚もあるし人外からちょいちょい馬鹿話を聞くけれど、そこまでの阿呆では無いようでちょっと安心。
……ま、それに加えて有名らしいしね。
この辺りをうろついていたとはいえ、この辺りに住んでいたわけでは無いのだろうシュライエンがガルドルの事を知っていた時点でお察しである。
わりと他の人達(人外達)もガルドルの事、というかミッドガルドの事を知っているようだったので、多分知っている人からすればめちゃくちゃ有名なんだと思う。
つまりわざわざ有名どころを狙ったりはしない、という事だ。
泥棒だってセキュリティしっかりしてる金持ち狙うよりは自分が狙われるとは思っておらずセキュリティ甘々な一般家庭を狙うみたいだし、わかりやすくここを狙ったりはしないだろう。
こんな調度品が盗まれて売られたりしたら普通に足つきそうだしね。
……そして質屋側も買うかどうか、かな。
有名な情報屋と考えると敵に回したくない人が大半なんじゃないだろうか。
サンリの言動からして、ギルドでもそう思っているようだし。
ギルドのような大きな組織がそう思うという事は相当だ。
「何か飲まれますか?」
「あ、お構いなく」
「まあ、そう言わずに」
ふかふかのソファに腰掛けたこちらを見ながら、ガルドルはしゅるりと舌を出す。
「僕はあなたと仲良くしたいんです。これでも初期から仲良くしたいとアピールしていたつもりですが、押しが弱かったせいか他の方々にどんどん先を越されましたからね」
ふぅ、と溜め息を吐かれた。
ガルドルの目は蛇の目らしく瞼が無い為瞬きなどをしないが、もしあったなら目を細めていただろう声色だった。
まあ瞬膜という横向き瞼みたいのがある為、実質目を細めてるようなものなのかもしれないけれど。
「ええと……なんでも良いよ」
「ふむ、では梅昆布茶を用意しましょう」
「えっあるの!?」
「これでも裏で……というか表でもそれなりに名を馳せている情報屋ですから。客層が様々だからこそ、相手に合わせた物を出せるよう用意していますとも」
それにしたって、梅昆布茶というチョイスは中々出ないだろう。
「ちょっと聞きたいんだけど、何で梅昆布茶?」
「首領についての情報も、僕は集めていましたから。紅茶も飲むようですが、好みはこういった極東風の物でしょう?」
「うん、すっごくビンゴ」
何なら梅昆布茶飲みたいけど流石に無いだろうから紅茶……でも紅茶無かったら申し訳ないしなあ、とお任せにしたのだが、まさかここまで見透かされるとは。
見透かされるというよりはこちらの好みをご存知だったのだろうけど。
「それは良かった」
ふふ、とガルドルはしゅるりと舌を出して笑う。
顔が蛇なのでわかりにくいが、こっちに来てから人間とは違う顔付きの人外の知り合いが増えたので初対面の頃よりはわかるようになった。
まあサンリやハトリなんて顔そのものが無いしね。
……いや、アレは、ある、のかな……?
顔のパーツが無いだけで顔自体はあるのかもしれないが、判別出来ないので顔は無いと言っても良いと思う。
人外となると途端にその辺りの判定がわからなくなるので困りものだ。
とはいえ、それを口にしたところで深く考えなくても良いと言われるだろうけれど。
……実際、ハトリ達と交流する時にそこまでその部分重要かって言われるとそうでもないしね。
普通に言語で意思疎通出来るから問題無し。
言語使わず表情含めたパントマイムで会話しているわけでも無いのだ。
「あ、美味しい」
出された梅昆布茶は適温で飲みやすい。
そうそう、このほんのりと香る梅が良いのだ。
あと昆布のしょっぱさが染みる。
「そちらのクダにはこちらを。緑茶です」
「ありがとねー」
「いえいえ」
……わ、可愛い。
胸元からぴょこんと飛び出てテーブルに着地したクダもそうだが、ガルドルが出した物が可愛らしかった。
なにせ、今のクダに合わせたサイズの、つまりミニチュアサイズの湯飲みである。
「小人の客もいらっしゃいますので」
「成る程」
確かに小人相手なら人形遊び用みたいなミニチュア用品が役立つだろう。
リャシーのようなサイズも居ればそれこそ指人形サイズの小人も居るので、色んな客が来るならそのレベルで多種多様な品を用意しておく必要があるという事か。
全種族対応店って凄いんだなあと改めて実感。
「それで、話っていうのは?」
「……そうですね」
あぐらを掻いているような体勢になっている胴体部分を解き、ガルドルは向かいの椅子に腰かけた。
椅子の周囲を巻くようにして、蛇部分がぞろりと伸びている。
「では遠回りをせず、本題から話しましょうか。下手に前置きを長くして、本題が気になり過ぎるあまり聞き逃されるのもアレですし」
実際私は映画とかであまりに前置きが長いと眠くなるタイプ。
「単刀直入に言いましょう」
「はい」
「どうすれば僕をあなたの奴隷にしてくれますか?」
「…………ん?」
「欲するのであればいくらでも情報を流しますよ」
「いや、ちょっと、ストップ」
「はい」
混乱のまま眉間に指を当ててもう片方の手でストップのジェスチャー。
素直に止まってくれたので深呼吸をし、思考を落ち着ける。
「えーと……面接風に言うと?」
「あなたのところで働きたいです。必要なら賄賂を用意します」
「賄賂じゃなくて心ばかりの品とか言おう!?」
「僕としては賄賂の気分なので」
「賄賂の気分なのか……」
ガルドルからすると賄賂のつもりなら賄賂か……そっか……。
「っていうか、えー……奴隷志望って事だよね?」
「はい」
「何で?」
「わりと初期からそう思っていましたが」
「えっ」
「良いですか?」
まずですね、とガルドルは言う。
「僕はあなたをとても可愛らしいと思ったんです」
「それはどうも」
「で、欲しいなあと思いました。可愛いぬいぐるみを欲しがるような感じと捉えていただければ」
「おおう……」
可愛いぬいぐるみ扱いをされても喜んで良いかわからん。
ガルドル、というか人外からすれば褒め言葉のノリなんだろうけど。
「しかしあなたはどちらかと言えば所有物ではなく、所有する側の存在。そもそういった性質ですから、所有されるのには向いていません」
「そうなんだ」
「ええ、性質ですから根本的に合わないんですよ。なめくじが水場は平気でも塩や粉状の物には殺されるようなものです」
「な、中々にハードな例えを……」
わかりやすいけども。
……実際、片栗粉とかでもなめくじって死ぬしね。
要するに粉とかで水分を奪うのだ。
きな粉餅食べたら喉乾くアレの全身バージョン。
「ですから奴隷になった方が良いな、と思い至りまして」
「思い至っちゃったか……」
イーシャが押しかけて来た頃に、わざわざ押しかける程アピールするのは珍しいと聞いた気がしたのだが、思った以上にアピールする人外が多い。
いやまあ関わった人外メンバーの数を考えるとそんなものだろうか。わからん。
「というか、これでも地味にアピールはしていたんですよ。僕だって相手が人間だからと誰も彼も助けたりはしませんから」
「あ、シュライエンの時の?」
「はい。どちらも人間ですから、人間同士で解決すべきだろうと普段ならスルーのところ、片方があなただったので割り込みました」
「わお」
「あとプレゼントした本もさりげないアピールです」
「あっ! そういえばガルドルがさらっと追加して買ってくれた恋愛ものの本、全部オチ、っていうかお相手が情報屋系統だった!」
「アピールです」
「わかんないよ!」
先にガルドルが情報屋だという事を知っていたならまだしも、ぼったくりの店を経営しているらしいとしか知らない状態でその結論へは至れない。
私の場合、そこまで聡い方じゃないし。
……わかりやすいアピールなら流石にわかるけど、だからといって遠まわしなアピールでもわかるってわけじゃないからねえ……。
少女漫画とかでありそうな遠回しアピールとか本当よくわからない。
思いを告げるのは良いけれど、受け取る側にも一定以上の教養あるいは発想を強制するの止めろ。
アレは選ばれし者にしか理解不能だと思う。
まあ、そういった前提で彼ら彼女らは告白してるんだろうけれど。
「で、わりと初期から交流しているつもりですが」
「まあ確かにクダと出会う前にお世話になったしね……」
「気付けば首領は沢山の奴隷を作っていて、こちらの気持ちには一切気付く様子を見せないじゃありませんか」
「いや、仲良しな相手に「この人私の奴隷になりたいのかな?」とか普通思わないからね? 思ったらソレは特殊なメンタルの方か特殊な性癖の方だよ。私はそこまで特殊じゃない」
というか単純にそんな思考になる方がヤバいと思う。
人間関係に問題大有りな人の思考じゃないかソレ。
「なのでこうして強行突破に出ました。奴隷にしたいと思うよう、お金も持ってますよアピールもしましたし」
「まさかあの意味不明な額の報酬の事言ってる!?」
「はい。ギルドを通す事で後ろめたい事はしませんよ、という意思表示もしました」
「わかりにくい……」
私は名探偵じゃないので言ってもらわないとわからん。
「今言いました」
「そうだけどね?」
確かにそうだけど、そういうこっちゃないと思うの。
いやでも結局意味は理解出来たから良いんだろうか。人外のテンポって独特な事が多いからわからん。
「…………じゃあ聞きますけど、他にどういった要素があれば奴隷にしてくださるんです?」
ハァ、と溜め息を吐かれた。
他に何を求めてるんだと言わんばかりだけれど、そもそも求めてないんだよ。
あと根本的にメンタルが庶民なので急に物凄い額を提示されてもビビるだけだ。
「まず大前提として、私は奴隷を求めてないのね」
「そこは求めていただきます」
「うん、落ち着いて?」
まず話を聞いて欲しい。
「あとこの種族だから! とか、この性別だから! とかも無いの。お金持ってるからとかそういうのも無い」
「エルジュの時は屋敷関係っていうのがあったけどねー」
「ああ、まあ、うん、それはあったけど」
テーブルの上に座っているクダの頭を指先で撫でてから、ガルドルに頭を下げる。
「あの時のメモにはお世話になりました」
「いいえ、印象に残ろうとしてアピールしていただけですからお気になさらず」
アレもアピールだったんかい。
「んーと、とにかくそういう感じで、私も積極的に奴隷を増やそうとかそういう事を思ってるわけではないっていうか……」
「僕としては是非増やしてもらいたいところですが」
「ううん……」
だから困っているのだ。
部署的に考えるなら、上司である私はこれ以上部下いても捌き切れるか心配だし今の段階でお世話になりまくりだからなあ、という感じ。
そこに新しく入りたいですと言われても、こう、私が決めて良いのかしらみたいなのもある。
まあだからって他の皆に聞いたところで別に良いんじゃない? という返答になるんだろうけれど。
流石にわかる。
……そもそも、主である私に決定権あるしって感じだしねえ。
つまり自分で考える必要があるという事だ。
わりと流されるまま派な私には厳しい。
「……首領、良いですか?」
「うん?」
「例えば首領がチケットを持っていたとします。首領達の数よりも一名多い……そうですね、ドリンク無料券とでもしましょう」
「ふむふむ」
「残った一回分は後日自分で使っても構いませんが、そこに僕がやってきたとします。僕がドリンクを飲みたがってたら、そのチケットをどうしますか?」
「そりゃ丁度余ってたからってあげるよね」
「では奴隷にしてくださるという事ですね」
「待って!?」
起承転結の結がおかしい。
どうしてそうなった。
「では聞きますが、何故僕に対してドリンク無料券を渡しても良いと思ったのでしょうか」
「え、ええ……えーっと色々お世話になってるし、丁度余ってるし、別に渡したところで問題あるわけじゃないし、それでガルドル喜んだら嬉しいし……?」
「奴隷だって同じ事です」
「同じかなあ……?!」
「同じですよ。ドリンク無料券貰えたらハッピーというのは、首領の奴隷になれたらハッピーみたいなものです」
「みたいなものかな?!」
「みたいなものです」
全然違うと思うけれど、ここまでキッパリ断言されるとそうなのかなって思えてくる。
「で、首領はドリンク無料券と考えた場合、僕にソレを渡しても問題無いと判断しました。つまり僕を奴隷にするのはオッケーという事です」
「そ、そうなる、の……かな?」
「理由が無ければ奴隷にするなんて、と思っているのでしょうけれど、僕達の感覚からすれば問題が無いなら奴隷にして欲しいという感じですから。寧ろ断られるとこちらにそれだけの問題があるように思えます」
「まあ、あなたのお店で働きたいですって言ってるのに断られたら、断るだけのアウト材料があったのかなって思うよねー」
「私は知らず知らずお悔やみメールを出していた……?」
確かに職場の面接的に考えるとそうなるかもしれない。
私としては奴隷にするなんて、それもお世話になった顔見知りを奴隷にするなんてアウトじゃないか、と思ってしまう。
けれど向こうが面接気分で来ている場合、顔見知りの方が通りやすいんじゃとなるのも当然だ。
そしてそこで落とされるなら、仮に入社試験として考えるとそれだけ問題な面があったのではとなる。
……入社試験で考えるなら他にも新入社員が居て人数制限が云々ってなるかもだけど、この場合はそうじゃないしね。
少なくとも人数的な問題は無い。
エルジュが提供してくれた屋敷のお陰で物理的にも余裕だし。
……で、面接官っていうか上司ポジションの私が断る場合、入社希望者に何かしらの問題があるとみなしたって感じになるのか……。
何かもう難しいし面倒臭い。
毎回の事だが、奴隷になるならない云々で色々考えると脳みそがパンクしそうになる。
「ふーむ…………あと一押しというところでしょうか」
「口にしなくて良いよそういうのは」
「では別の事を言いますが、首領はもう少し柔軟に考えてください。言葉に惑わされてどうするんですか」
「へあ?」
「首領のジョブが奴隷使いではなく革命家であるという前提で考えてください。実質的には同じですよ」
……革命家として、考える……?
自分が革命家として考えるなら、革命軍に入りたいと言ってもらえたみたいなものだろう。
そして革命をしたいなら人員は必須。
しかもめっちゃ有能そうな相手が希望してくれている。
「…………あれっ? 断る理由なくない?」
奴隷というワードへの拒否感で断っていたけれど、改めて冷静に考えると断る理由が無い。
スパイとして、という事も無いだろうし。
「あれっ!? 今まで私は何に拘って拒絶してたのかとかの理由全部無くなったよ!? あれっ!?」
「それが革命家の芽が出る前に潰そうとした政府側の策略ですよ。革命家になる程のメンタルだからこそ、奴隷を扱うという事に拒否反応が出るのです。どちらかというと奴隷解放側ですし」
「な、成る程……!」
政府側が革命家を危険視して名称変更した理由がよくわかる。
奴隷使いという名称にされると途端に仲間作りが難しくなるという事か。
うっわ今更ながら名称の力を思い知ったよ。
まさか名称が違うだけでここまで精神や判断力に影響を及ぼすとは。
……人間ってどうして改善策を出すのはクソ程いまいちなのに、相手を貶める事に関してだけ異様にピンポイントなとこ突くんだろう……。
同じ種族ながらその悪辣さにドン引きだ。
現代人はもう少しマシな作りであって欲しいと願う程にはドン引きした。
「それで」
「うお」
いつの間にかこちらに忍び寄っていたらしいガルドルの尻尾がこちらの頬を下から上へとなぞるように撫でてきた。
指先で頬を撫で上げるような動きだ。
「僕は、あなたのそばに居られますか?」
しゅるりと舌を出して小首を傾げたガルドルの言葉に、へらりとした笑いを返す。
「長い問答させて悪かったね。うん、断る理由無いし、今まで以上にお世話になります」
「シャシャッ」
蛇らしい笑い声を響かせ、ガルドルはずるりとした動きでテーブル越しの目前までやってきた。
立ち上がる動きとかも無く、完全に蛇ボディ部分の筋肉で支えてる動きだった。
「では、これからよろしくお願いいたしますね、旦那様」
「旦那様!?」
「ええ。奴隷になるのでしたら首領以外の呼び方をさせていただこうと思っていましたので。最初にそう言ったでしょう?」
そういえばそんな事言ってたね。
呼び方云々の話は、奴隷になって違う呼び方にするねという意味だったのか。




