キャバ嬢だってもっと優しい額を提示するよ
ちょっぴりアクシデントがあったものの、翌朝にはリャシーもいつも通りに戻っていた。
記憶が残るタイプらしく恥ずかしそうにしていたが、その場のテンションで生きる妖精だからかそこまで引きずっても居ないらしく、特に変化らしい変化は無い。
まああれから吹っ切れでもしたのか堂々と精気を求められるようになったので、依頼とかが無い休日ならオッケーという事に決定した。
何せ精気を吸われるとめっちゃ疲れるので。
「本当は私の姿に興奮する事で精気が増加して疲労感以上に回復するはずなんですが……」
そう言われても興奮とまでいかなかったんだから仕方がない。
ちなみにあまり頻繁に精気を吸われると衰弱死の危険性があるらしいが、リャシー自身が他の食事で賄っているから少量で良い事、そして毎日吸っているわけではないのでわりと大丈夫との事だった。
クダ達にも確認したので問題無いのは本当らしい。
結局あの後も二日程寝てから元気に起きて来たエルジュにも聞いて確認したので事実だろう。
……まあ休みなく満員電車に乗り続けたらメンタルやられるけど、週一くらいなら別に、って感じかな。
そのくらいの頻度ならぐっすり寝れば回復出来るレベルの疲労感で済む。
あと何かしらテンション上がれば精気も回復、あるいは増加するようなので、休日という事もあって皆のブラッシングとかを積極的にする事が決定した。
皆と触れ合うのは好きなので充分回復になる。
……それにオタクが推しジャンルでテンション上げるみたいな感じだしね。
ああいうのが精気漲り溢れる状態、なんだと思う。
クダ達が色々説明してくれたが、自分なりに解釈した結果一番わかりやすい例えがコレだった。
確かに命燃やしてるわなああいう人達。
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そんな事がありながらも他には特に何も無いまま数日経った頃、ギルドで依頼を探しているとサンリに声を掛けられた。
「先に言っておきますが断る事も可能です」
「声掛けて一発目にソレなの?」
それなりの付き合いになってきたのでサンリに対してもすっかり敬語が無くなったが、それにしたって声掛け直後にソレは酷い。
というか怖い。
「まず何がどうなってるのかわかんないんだけど……指名依頼か何か?」
「はい、首領への指名依頼が来ています。断りますか?」
「そんな語尾みたいなノリで拒否求める? え、そんなにヤバい内容なの?」
「いいえ、少し話をしたいというだけのものです。報酬が桁違いなだけで」
「…………お安い方?」
「話をするだけでこの額なら人類は総じて話の聞き手に回るだろう額です」
「具体的な額を提示されてないのにただただ凄い事だけはしっかりと伝わってくる!」
具体的な額は結局全くわからないままなのに凄い額だというのはとてもよくわかった。
確実にお高い方の凄い額だコレ。
「少し話しをしたいだけでそれってどういう……」
「不明です。こちらとしては内容と額の差にドン引きでヤバいヤツの片棒担がされているのでは疑惑が出ましたが、残念な事にお世話になっている先でもあるので無下に出来ないというのが一つ。そして相手はこんなわかりやすい証拠を残してやらかす事は無いというのが一つ。
なによりギルドとしては近場の魔物を倒したり雑用依頼こなしたりしてくれている首領達はとても助かるので、囲い込む為の媚び売りの一環として害意のある依頼は却下しているのですが、そういった害意も無い様子でした」
「媚び売りって真正面から普通言う?」
「好印象を残したいでも媚びを売りたいでも結局変わらないと判断しました。どう言ったところでうちのギルドの為に働いて欲しいなーという事実の部分は変わりませんし」
「聞く側の感情に差が出るんだよサンリ……」
「そうですか」
知らんがな、という声色で返された。
マイコニドを植物系と言って良いのか不明だが、ハトリ達もわりとその辺が雑だった。
もしかしなくても、植物系はそういう取り繕い系が不得意なんだろうか。
いやまあ単純にサンリがそういった機微を理解出来ない性格という可能性もあるが。
……人間だって個人差あるしね。
ただまあ国民性によって傾向が似通る時もあるのでつまり深く考えないでおこう。
種族が違う時点で感覚の違いが出るのは当然だし、そこを掘り下げたところで意味はあるまい。
今重要なのはちょっとお話するだけでとんでもねえ額を渡しますという謎の指名依頼についてだ。
「っていうか、ギルド側としては親しい相手って感じなの?」
「…………親しいとは言えませんが、業務上お世話になる事が多いですね。情報の信用性が高いので」
多少間が開いたものの、サンリは手である葉っぱ部分をひらりと揺らす。
「その分、わかりやすくやらかしさえしなければ多少あこぎな真似をしていても見逃すという暗黙の了解が発生しています。真っ黒です。ダークネスです」
「闇なのか……」
っていうか本当に誰なんだ依頼人は。
「それで、どうしますか首領。断りますか。ギルドが勝手に握り潰すのはグレーなので囲い込みたい首領への依頼でヤバそうなのはそうしていますが、情報屋相手にそれをやるのはブラックなので出来ないのです。しかし依頼された側が断る分には問題ありません。真っ白です」
「お相手情報屋なの?」
「おや、知り合いなのでは? 目撃情報などもありますが」
「目撃情報!?」
「目立ちますからね、あの方。まあ目立たないよう動くのも得意なようですが。というかそうでなくてはあの量の情報は取り扱えないでしょうし」
だから本当に誰だその人。
多分人外なんだろうけど。
……目立ちそうな人外、か……。
知り合いは大概目立ちそうな人外ばかりなので難しい。
まさかザラームとかココノツとかその辺じゃあるまいな。
……でも情報屋では無いよね。
魔王とその四天王だし、多分あの二人はそこを誤魔化すタイプじゃないので情報屋と名乗ったりはしないだろう。
ザラームはそもそも知られているっぽいし、ココノツに至っては隠さない事で相手の反応を楽しんで草だし。
ココノツは一度しか会ってないが、それでも何となく、そういう感じの性格だというのはわかっている。
「……サンリとしては、断った方が良いと思う?」
「通常であればそう思います。だからこうしてお断りをオススメしてます」
「通常であれば?」
「相手はこういった手を使わず自分から囲い込みに行くことが多いですし、依頼対象が首領ですので。そもそも相手は情報量が凄いからわざわざ場所を設けずとも話す機会を作るくらいは容易いはず。
だというのに、依頼した事実が情報として残る上に出す報酬とは別にギルドから仲介料をかなり取られるのを知りながらこの依頼……天変地異かもしれませんね」
「天変地異!?」
「ジョークです」
「わあい……サンリ表情変わんないから心臓に悪ぅい……」
表情が変わらないというか根本的に表情が無いのだけど、まあ対して変わるまい。
というか人外が言ったとなると本当にありそうなのでそういう系のジョークは勘弁だ。
表情が無いと嘘か本当かわかりにくいし。
……まあ表情あっても嘘か本当かわかりにくいけどね!
人外ならさらっと笑顔でそういう事を言うのもあり得るのが怖い。
人間の場合は眉唾と言う事が可能だけど、人間じゃ感知出来ないものも感知している人外相手だとどうにもこうにも。
「…………ううん……クダはどう思う?」
「クダはあくまで万が一が無いよう主様についてるだけだから、そういうのの判断は主様次第かなー」
ぴょこりと胸元から顔を出した小さなクダはピルピルと耳を動かす。
「クダ基本的には主の命令に絶対服従な式神だし」
「私も流されがちで押しに弱いから自分で選ぶの苦手なんだけど……」
ストーカーさん達が用意する着替えが好みだったら当然のようにソレを着てたくらいなので自分で選びたい欲の有無についてはお察しである。
好みじゃないなら嫌だけど好みに合ってればオッケイというタイプ。
「…………うん、まあ、知り合いっぽいなら良いや。受けまーす」
「なんと。本当に受ける気ですか首領。危機察知能力はありますか」
「自他共に認めるレベルで皆無です」
「植物でも持ってるのに……?」
そう驚かれましても。
・
依頼内容は私とお茶でもしつつ話をしたい、というもの。
依頼料はたったそれだけでこの額とかおかしくない? というものだった。
いや本当におかしい。
……私との会話料こんな額じゃないよ!
そもそも私との会話料は普通に無料だ。
なのに提示された額は異様な程高い。
最早お茶飲ませて眠らせてる内に仕留めて内臓から何から引っこ抜いてバラバラにして骨も皮も何もかも全て売る気なのでは、と思うレベルの異常な額。
……でも、向かう先はミッドガルドなんだもんなあ。
ミッドガルドとは、つまりガルドル関係だ。
目立つけど目立たないように動けるとか、やたら情報に詳しいとか、サンリが言っていた情報と私の知っているガルドル情報は一致する。
ぼったくりな仕事をしているとは聞いていたけれど、情報屋だったらしい。
……それもあってこういう治安悪そうなトコにお店構えてるのかな?
前にシュライエンから絡まれたところに近い。
そう思いつつ周囲を見渡し、ミッドガルドだろう建物の前へと立つ。
……多分、ここだよ、ね。
他よりちょっと綺麗めで大きい建物の扉をノック。
「えーっと……呼ばれてきた喜美子でーす」
ノックしてそう告げれば、間もなくして錆び付いたようにギィと音を響かせて扉が開く。
「ようこそ、首領。お待ちしておりました」
「あっはっは……今の状況下でガルドルに首領呼びされるの、ヤバそうな香りがぷんぷんするなあ……」
「それはそれは」
ガルドルは目を細めたりはせず、しかし楽しそうな声色で口元に指を持っていきシュルシュル笑う。
「まあ、首領呼び以外の呼び方をしたいのも事実ですからね。本日の本題はその辺りについてですから、ゆっくりと話しましょう」
どうぞ、と手を差し伸べられたので、どうも、とそのしっとりしている大きな手を取った。
伝承系であれば蛇に誘い込まれるというのは神隠しルートな気がするけれど、クダも居るので大丈夫だろう。
にしても実際ガルドルには手があるから不思議でもなんでもないとはいえ、蛇の手を取るというのは文章的に随分愉快な図になるなあ。




