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リャナンシーの誘惑



 何かよくわからないまま知り合ったばかりの人(人外)が連行されていってしまったが、私達はその後も普通に飲み食いをした。

 いやだって人間的な置き換えをしたら大分アウトな事をやっていたようだけれど、実際にされた事は人間視点で見てただ温かいだけだったのでうーんという感じ。

 犬がこちらの足に腰振ってようが鳥がダンスしてからバッサバッサしようが人間からしたら別に、みたいなアレである。

 向こうが興奮してようがこっち基準じゃ基準外なのでどうもこうも無い。

 実際あの行為の実質的なヤバさがわかっているのはハルピュイアであり卵生であるカトリコ、そしてどういう行為なのかを苦情出た時に説明されたらしいリャシーくらいだ。

 ノーサはブラックリスト入りしてるのを知ってただけなので、実質的にどういう行為かはわかってなかったご様子。


 ……まあわかんないよねー。


 種族が違うと諸々変わる。

 ともかくそんな感じなので、普通に食事を続行と相成った。

 そうして食べるだけ食べて飲むだけ飲んで、明日出発らしいノーサに気を付けてねと別れを告げ、ペレレにはまたねーと挨拶して、お雪にはご馳走様と言って解散である。

 ケタリは支払い済ませたら別の店に知り合いが居たらしく、もうちょっと夜更かししてくるね! と言って去って行ったのでよくわからん。

 まあマイコニドに睡眠が必要なのかは不明なので、本人がエンジョイしたいならご自由にすれば良いと思う。自己責任自己責任。


 ……うん、まあでも流石に昨日飲み過ぎたからってセーブしたから意識はあるね。


 酔って寝落ちる時は大体意識ふわふわ系になっているらしいが、今はわりとハッキリしてるので大丈夫と思う。

 そう思い入浴を済ませたが、一段落してホッとしたからか一気に眠気が襲い掛かってきた。

 まあ性犯罪者に襲われたようなもんだし負担はあるか。

 いや正直全然実感無いけど。


 ……今思い出しても羽毛ふっかふかだったって感想しか出ないんだよなあ……。


 ああ種族差よ。

 その種族差があるお陰で変なトラウマにもなってないのは良い事なんだろうが、トラウマ以前に実感が湧かないのが実のところである。

 マジでよくわからん。



「…………んー?」



 大きなベッドは、ベッド使って寝る組全員が一緒に眠れるだけの大きさとなっている。

 丸一日爆睡状態のエルジュはまだ寝たままで、ミレツとニキスもさっさとベッドに入ってすやすや状態。

 ミレツとニキスはちょっと前までおめめぱっちり開けたままぐうぐう寝るという野生ウサギみたいな事をしていたが、最近はこの屋敷や他の人が居る環境に慣れたのか、それとも無意識下でも私達に対する警戒は不要と判断したのか、目を瞑ってすやすや眠るようになっていた。

 夜中にうっかり目が覚めた時にビビらなくて良いのでとても助かる。


 ……まあ私が起きた時点で他の子達も目ぇ覚ましちゃうし、そもそもイーシャに至っては寝て無かったりするけど。


 動物って人間が身じろぎしただけでパッチリおめめになるので申し訳ない。

 睡眠の感覚も人間とは違うから、とフォローされているが、眠気に忠実な身としてはやっぱり申し訳なく思うものだ。

 眠いと寝るの優先するのが私だし。


 ……ストーカーさん達の最初の一件でも、眠気の方が勝ったからなあなあで済ませたっていうのあるしね。


 いやでも眠気は駄目だと思う。アレは負ける。

 もし眠気がカードゲームの中に手札として存在していたら大会では最強カード過ぎるからと禁止扱いされるレベルだ。

 そのくらい眠気は強い。私基準ではの話だけど。



「リャシー?」



 さておき他の皆もそれぞれ寝る準備をしている中、寝る前に水でも飲もうかとキッチンに来てみれば、そこにはリャシーが居た。

 無言で手招きをされたのでソファの方へ近付けば、五十センチサイズという小柄過ぎる体格でどうやったのかわからないけれど、引っ張られたと思ったらぐるんと回されソファに仰向け状態で転がされていた。

 えっ本当に何が起きた?



「……えーと、リャシー? 今何が……?」


「マスター様自身の魔力の流れを少し操作すれば流れの方向性を作れるだけですよ」


「だけって言うには何か物凄い技術のような……」


「それよりも」



 ずい、とリャシーの顔が目前へ迫る。

 体躯に見合った小さな顔はお人形のようで、それでも睫毛の一本一本が視認出来るくらいには近く、細やかな造形をしていた。

 相手の見た目に対して造形って表現も変だと思うが、本当、造形美という感じ。



「マスター様はもう少し警戒心を抱いてくださいまし。今だって、私がその気だったら物理的に食べているかもしれないんですよ?」


「えっ食べられるの私」


「かもしれないって言ってるんです!」



 もう、とリャシーは溜め息を吐いた。



「…………私、とっても心配したんですよ」


「うん、大変申し訳ない。でもアレ私悪くないと思うの」


「私はマスター様が好きなので理不尽を言いますけどマスター様が無抵抗過ぎるのも悪いと思います! というか同じ奴隷仲間ならマスター様の所有物扱いなので気になりませんけど、そうじゃない方があんな行為をするっていうのはアウトです! ギルティです!」


「ギルティレベル!?」



 そんなにかアレ。

 ただハグされただけに近いようなのだったのにアウトなのかアレ。



「勿論マスター様が好かれるのは私にとっても嬉しい事ですし、別に誰と仲良くしていても私を捨てたりしないならそれで構いませんが、だからといって無抵抗なまま性的なアレコレをされるのは許せません!」


「いや性的のアレコレってわかってないから無抵抗だったんだけど」


「今は感情の話をしてるんです! 真実はどうあれ、私の! 感情の! 話なんですよ今は!」


「はいごめんなさい!」



 ソファに仰向けにされながら思わずホールドアップ。

 彼女に叱られる彼氏ってこういう気分だろうか。


 ……まあでも感情ってどうにもならないしなあ……。


 栄養があるのはわかるけどそれはそれとしてパセリ食べるのは嫌です、みたいなヤツ。



「……というわけで、精気をください。血でも良いです」


「いやどういうわけ?」



 妖精はわりとテンションとノリが最優先とは知っているけどだからって本題についての説明全く無しは困る。

 いや、うん、妖精は子供に近い性質で、子供の喋り方を思うと本題の部分抜けてて何が言いたいのかわからない時もあるけれど、それはそれ。

 何もわからないまま精気や血をどうぞするのは流石の私でも躊躇われる。

 いくら警戒心皆無と言われたって本当に皆無なわけじゃないんだよ。



「警戒心を育てるには! そういう状況下にすれば警戒心を抱くと思ったんです!」


「はいゴメンナサイ!」


「ごめんなさいじゃなくて!」



 叫び、リャシーは翅をしょんぼりさせて声のトーンを下げる。



「…………私は今、精気と血を得ていないからこのサイズですが、マスター様の精気、あるいは血をいただければマスター様と変わらない身長になれるんです」


「あ、ああ、そう言ってたっけ」


「なのでマスター様好みの見た目と背丈で誘惑しようと思って」


「いやだからそこが何故?」


「だって、私の今の背丈じゃそういう対象に見てもらえません。あとマスター様に性的な意味で迫ってたあの男が不愉快だったので、でもマスター様は無反応だったので、私が迫ってマスター様の動揺する姿を見れたら不愉快さが無くなるかなって」



 どういう事なの。


 ……アイツより上回れば勝った感を味わえてもやもやがスッキリだぜ! みたいな?


 よくわからないけれど妖精はその時のテンションで生きているからあんまり深く考えない方が良いよ、とクダが言っていた。

 なので多分、リャシーの言動に対してはあまり深く考えない方が良いのだろう。


 ……何かもう酔いが醒めちゃったなー……。


 対するリャシーは顔色こそ変わって無いが、この体躯に合わせた量とはいえ体躯と量を改めて計算してみると結構な量の酒を飲んでいた。

 つまり、酔っている可能性がある。

 妖精は素面でそんな感じらしくてあまりわからないらしいが、酔うとタガが外れやすいとかも聞いた。


 ……うん、もう、頷いた方が楽かもしれない。



「…………ええと、まあ精気や血は、うん、死なない程度ならオッケーって事で」


「本当ですか!?」


「死なない程度にね!?」


「勿論です!」



 では精気をいただきますね、とリャシーはこちらの首に軽いキスを落とした。



「ぐえ」



 それと同時に、凄まじい倦怠感が押し寄せる。

 これは夜更かしして少ししか寝れなかった上に早朝から出る必要があり満員電車に乗る羽目になった時のだるさ。

 今すぐあったかい布団でいつもの睡眠時間に三時間以上を追加した時間寝たい、みたいな気分。



「ふぅ…………ご馳走様でした」


「へあ?」



 ぼんやりしていると、影が差した。

 否、室内の光が遮られたと言うべきだろう。

 リャシーの体躯が私と同じくらいになり、その長い髪がカーテンのように光を遮っている。

 少し距離を縮められただけでその柔らかい肌の感触が伝わってきた。


 ……そうだよリャシーの服装って殆ど下着みたいな状態だもんね!


 水着でも良いけれど、布面積が本当そのくらいなので、このレベルで密着されるとすべすべの肌の感触がわかるのだ。

 あとこう、今までもリャシーのスタイルが良いのはわかっていたが、同じサイズの体躯になるとより一層そのスタイルの良さが浮き彫りになる。

 抱えられる人形サイズと等身大では、同じスタイルでも感じる印象が全く違った。

 具体的に言うと私が童貞男ならはわわと屈していただろう状況下だった。

 水着かというレベルの露出度なスタイル抜群睫毛バシバシ柔らかめの微笑みを浮かべた美女に押し倒されての髪の毛カーテンとか、同性でも危うく百合の装飾がされた扉が開かれそうだ。


 ……まあ開かれる以前にそこまでの忌避感無いけど。


 多様性を謳う令和時代というのもあって、あと単純にリャシーがあまりに美女なので拒絶感が殆どない。

 ま、令和時代も何も、大昔から百合っぽい話が普通にあったりするので今更だが。

 ギリシャ神話なんか成りすまし偽装百合NTR話があったりするくらいだ。女同士の百合過激派からしたら地雷だろうなあと思う。ええはい勿論有名なギリシャのトップ神が関わる話ですとも。



「…………どうですか? マスター様」


「すっごい美人だなあって惚けてる」


「ううん……マスター様の様子を見る限りあんまりそうは見えないんですけど……」



 誘惑用の姿なのに、とリャシーは溜め息を吐いてそのまま圧し掛かるように寝転がった。

 私を下敷きにするような体勢である。

 わかりやすく言うなら森に昔から住んでる妖精的なあの方と、あの方と出会う幼女の有名なあのポーズ。

 とはいえ体格差が全く無いので、単純に重なるように寝転がっているだけだけれど。



「普通はもっと興奮して襲い掛かるはずなんですよ」


「そう言われてもなあ」


「確かに女性姿ですけど、それでもマスター様好みの見た目に見えてるでしょう?」


「そりゃかなり美女だなあって思うよ」


「ふ! つ! う! は! もっと興奮気味になるんですよ!」


「あばばば近距離で叫ぶのやめて耳キーンってした頭ぐわんぐわんする」


「私の見た目でぐわんぐわんしてくださいそこは!」



 仰向けにされたままリャシーに肩を掴まれシェイクされた。



「リャナンシーとして! 相手を誘惑出来ないなんて恥ずかしいじゃないですか!」


「いやリャナンシーの感性知らんし……酔うし……」


「もー!」



 ぼすりとリャシーの頭が私の胸をクッションにして押し付けられる。

 やっぱりリャシーは酔っているらしく、いつもに比べてかなり子供っぽい態度だ。

 対する私は酔いこそ醒めてたものの酒を結構な量飲んだのは事実なので、危うくリバースするところだった。

 マジであぶねえ。



「……良いですか、マスター様」


「うい」


「リャナンシーは相手によって見える姿が違うんです」


「そうなの?」


「相手が好む姿に見えるのがリャナンシーですもの。だからマスター様が見る私と、クダが見る私、イーシャが見る私……それらは全く別の姿なんですよ」


「えっ」


「マスター様は私に翅があると仰いますけれど、クダ達には見えていないと思いますわ。人外の方の場合、人間に近い姿として見えるようですから」


「え、人間に近い姿って普段浮いてるのはどう見えてるわけ?」


「普通に浮いているように見えるそうですよ。まあ、相手から好意を抱かれやすい見目に見えるだけですから、私自身の動きに差はありませんし。この服装も素の私です」


「成る程、つまりボディが人によって千差万別」


「そうなります」



 見る人によって姿を変える、という伝承はわりとある。

 化け狐だってそういう傾向にあるし、有名な児童小説に出て来る鏡は見る人によって見せる物を変えていた。

 大抵そういう場合はトラップだけれど、リャナンシーの性質的にはトラップで合ってると思う。


 ……要するに相手が思わず手を伸ばしたくなるようなお宝に見せかける、って事だもんね。


 そうして相手を惚れさせて専用ドリンクバーにするのがリャナンシーとの事なので、トラップ用で間違いあるまい。

 誘蛾灯と言うとアレだが、要するに囮用の見目という事だろう。

 タイプとしては美人局に近いような。



「だから女性の見た目であっても! 普通は! 好みの相手にここまで接近されて迫られたらもうちょっと違う反応があるでしょう!?」


「元々そういうの鈍くって」


「もー!」



 痛くない程度に胸をぽかぽか叩かれたが、これに関しては本当、ストーカーさん達を受け入れてた時点でお察しである。

 警戒心というか危機察知能力が皆無なのだ、私は。


 ……あとストーカーさん達、男女両方居たしね。


 聞いてないので知らないけれど、もしかしたら中にはニューハーフの方も居たかもしれない。

 でも別にそれで私に何か害があるわけじゃないし、寧ろお世話してくれるのありがたいので気にしない。

 独り立ちしてからはそんな感じに過ごしてきたので鈍さに関しては今更だ。

 そりゃ流石に油ギッシュなオッサンからねとついた視線を向けられたら寒気がするし普通に無理だけど、女性とはいえ好みな造形をしている相手に迫られて嫌な気はしないわけだし。

 ただ性的興奮とまではいかないだけ。



「ううう……マスター様、もしかしなくとも性欲が皆無なタイプの方だったりしますか……?」


「流石にそこまで酷くはない……と、思う、けど……どうだろ……」



 声がつい尻すぼみになってしまう。

 エロ漫画や官能小説は普通に読むけれど、だからといって興奮するわけではないのは事実である。

 照れる事はあれども興奮した事は、あれ、あったっけ……?



「リャナンシーとして自信を無くしそうです……ここでマスター様が興奮すれば精気が漲ってしばらく食に困らず私はこの姿で誘惑出来ると思いましたのに……」



 ここまで興奮されないなんて……、とリャシーがしくしく泣き始めた。

 とても気まずい。



「……な、何かごめん」


「………………」


「あの、リャシー? 興奮に関しては本当私もよくわかんないけど、見た目がかなり好みなのは事実だし、興奮とまではいかなくても迫られた状況については結構ドキドキしたからー……」


「…………すぅ」


「寝てる!?」



 まさか絡み上戸かつ、怒り上戸からの泣き上戸を経ての寝落ち傾向だと言うのか。何そのわがままセット。

 というかリャシーが私と同じくらいの体躯になっているからこれ動けなくないだろうか。


 ……あ、でも全然重くないからいける。


 羽のように軽いリャシーを寝かせるようにしてソファから脱出し、ふぅ、と一息。

 さて、リャシーを抱えて皆が待つベッドに戻ろうか。

 その前に本来の目的である水を飲みたい。

 まさか就寝前にちょっと水分補給しようと思ったらこうなるとは思わなかった……というか、思い至る方がおかしいと思う。



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