配達配達ぅ
昨夜は迷い家での宴会が楽しかったのと色々美味しかった為にうっかり飲み過ぎてしまったが、クダが連れて帰ってくれたらしくてとっても助かった。
宴会中の記憶はあってもそれが終わった辺りからの記憶が抜け落ちてるし、実際その辺りからほぼ寝落ち状態になっていたらしい。
一応意識はあったようだが、リビングのソファに寝かせたら完全に爆睡状態となったので魔法で酒臭さやら手長の煙管による煙臭さやらを綺麗にしてベッドに放り込んでくれたそうだ。
お陰でタバコ臭さや衣服に汗が張り付くねっちょりした感覚を朝一で感じる事も無くスッキリした目覚めだった。
まあ元々衣服に掛けられた魔法によって汗のべたつきは殆ど無くなる為、わりと大丈夫だったりはするのだが。
こういう綺麗に保つ系の魔法は衣服には当然のように付与されているらしい。
他の町までの移動には日数が掛かる事もあり、基本的にそうなっているんだとか。
……まあ車とか飛行機とか無いもんねえ。
空飛ぶ種族や馬車とかはあれどもまあそういった移動ツールを使うかどうかも個人差だし、歩きたい人は歩くだろうからそんなもんなんだろう。
ともかくそんな風に迷い家でエンジョイした翌日……の翌日、つまり翌々日はリャシーの休日だった。
シフト的なアレコレを調整してもらってこれからは休日を取る事にしたらしい。
今まではお相手探しも兼ねていた為に年中無休で働いていたそうなので、マジに初めての休日だとか。
生態が人間とは違うとわかっていてもちょっと驚く。
人間の場合、年中無休で働いたら体が壊れて過労死コースである。
勿論好きでやっている事とやりたくない仕事を押し付けられているのでは天と地ほどのダメージ差があるだろうけれど。
・
そんなわけで明日はリャシーの初めての休日である。
他の皆、というか冒険者以外の仕事があるカトリコとミレツとニキスは比較的シフト調整しやすいようなので一緒に休日を……とはならなかった。
寧ろいつも通り仕事してくるから存分にいちゃつけと言った。
いちゃつくて。
……あるのは主従関係で、上司部下みたいな関係で、どっちかというと私が養われてる側とはいえ恋人じゃないんだけど……。
まあでも皆とコミュニケーション取る為にスキンシップ取ってるのは異性換算すると普通にいちゃつきなのでツッコミはしない。
頬をホールドしてうにうに揉むのも恋人らしいスキンシップだと言えば否定出来ないのだ。
んな事言ったら手を繋ぐだけでも汝は恋人という認定を貰いかねないが、まあまあまあ。
その辺は判定出す側の個人差によるものなので。
……性行為は婚前交渉とかマジ無いわ派とか、性行為しただけで恋人になるとかあり得ない派とか、本当色々居るもんねえ。
そもそもそれらをお仕事にしている方も居るので一概にこうだとは言えない。
物事の定義はわりと複雑なのである。
……複雑だからこそ面倒だからそれなりのラフさで考えるのが一番だけどね!
わかってる振りするよりもわかりませんというのを自覚した方が良い。
知ったかぶりをしたところでその知識を仕入れれるわけでも無いんだし。
寧ろ知らないと正直に言った方がその分野についての知識を仕入れる事が出来るので結果的にはそっちの方がお得だと思う。
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥と昔から言うし。
そもそも聞くのは別に恥じゃないし。
……知らないなら聞くのは当然だからね!
聞かなかった結果漫画でお馴染みのポイズン系クッキングになりかねないので本当、聞くのは必要経費と思って欲しい。周囲の為にも。
そんなアレコレはさておき、明日はリャシーに頼まれたのでカトリコ達と違い私は確実にお休みである。
「折角の初めてのお休みですので……出来れば一緒にお休みを取っていただけませんか? 私がお休みを取るのはマスター様と一緒に居たいからですもの。マスター様が一緒でないなら、お休みを取る意味がありませんわ。
あ、でも勿論外出をしたり受けたい依頼があるなら全然良いんです。私が勝手にマスター様と一緒に居たいと言っているだけですので、その、邪魔にならないようするので同行だけ許していただければ……」
流石はリャナンシーというか、恋人系妖精だけあってテクが凄い。
控えめに主張しつつもうるうるおめめで上目遣いとは、これで私が童貞歴の長い男なら一発で落ちていたところだ。
残念ながら童貞男じゃないので幸いにもキュンと母性が刺激される程度で済んだ。
成る程ああやって男を専用ドリンクバーにするのかリャナンシー。
……うん、そりゃ応じるよね!
飼い主が飼い犬飼い猫の健気な可愛らしさについおやつあげたりお散歩連れてってあげたりするアレに近い。
ただ押すのではなくて多少引きつつ力加減を調整しながら押す、という感じ。
意識的か無意識的かは知らないけれど、プロだというのはよくわかる。
種族的に恋愛プロ。
そういった理由で明日はお休みだけれど、今日はそういうわけじゃ無いので普通にお仕事デーである。
……良かった私二日酔いと無縁なタイプで!
量を飲めば酔うけれど翌日まで持ち越さないタイプなので、寝落ちレベルまで酒飲んだ翌日でも普通にお仕事が可能なのは自慢出来ると思う。
そう思いつつ、配達依頼を受けたいつものパン屋へと顔を出す。
「こんにちはー……あ、アソウギやっほー」
「ふふ、はい、やっほーです」
出迎えてくれた黄色のアソウギが笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ、首領!」
「うーん定着してる」
首領呼びが本当に定着しまくってて何かもう否定する気も無くなってきた。
というかアソウギも結構な確率で働いてらっしゃる。
「ま、良いや。配達依頼受けた冒険者でーす」
「ああ、首領が受けてくれたんですね。ありがとうございます!」
「いえいえ」
良さげな依頼を探していたらアソウギが働くいつものパン屋の名前があったのでつい受けてしまっただけだ。
今はキッチンもあるからという事でクダ(と時々エルジュ)が食事を作ってくれるけれど、パン類なんかはやっぱり普通に買う為、今もここに通っている。
あとお仕事デーはそれぞれでやりたい仕事ややれる仕事をこなすので別行動になりやすく、それぞれ好きに腹減ったら食う、という感じになっているのだ。
……まあお弁当作ろうにもそれぞれで食べる物違うしねー。
それなら自分で食べたいものを確保した方が良い。
討伐依頼や採取依頼だったとしても午前中から出てる屋台あるから先に買っておけば良いだけなのだし。
そんなわけで、私は今もこのパン屋でお昼を済ませたりしている。
勿論時々は新しい店を開拓するつもりで他の店も行くのだけど、人間向けの店は人間がやっている店だったりでどうにも合わない。
……いや地球じゃそれがスタンダードなんだけど、人外が経営してる店の居心地の良さ知っちゃうとね……。
ココノツのお陰でステータスを見られても奴隷使いと一発バレする事は無くなったが、それでも微妙な感じなのだ。
こっちが勝手に苦手意識を抱いているだけなんだけど、居心地の良い悪いがある。
というより単純に人外慣れしてしまったせいかもしれないが。
……隣で人外がミミズ食べてようが気にせずハンバーグ食べれる時点で手遅れだなー私……。
隣が微妙に土臭かろうと雨の日に窓開けてればそんな匂いだから気にならない。
今まで接した人間が、こう、やたら幼女感溢れる雰囲気だった人生初心者みたいなマリク以外が、どうにも微妙な印象だからだろうか、人外の方が安心するのだ。
普通に考えて今までの信頼の分だろうけど。
……人外のフレンドリーさとか優しさに助けられまくってるからねえ。
それに比べて人間は肩書きで拒絶したり立ち去ったり絡んできたり殴り掛かってきたり。
クダ達が居る事、人外という安心出来る味方も居る事、そしてある程度成長してから奴隷使い云々のアレコレだったので私は人格的に問題が発生したりはしなかったけれど、幼少期からあんな状況下ならそりゃ歪むだろうなあという感じ。
最近の少年漫画の敵キャラによくあるヤツ。
周囲の環境が善意と正義に満ち溢れた結果そのキャラに対して優しく無く、致命的かつ決定的なまでに歪んでヤバいキャラになるアレ。
「お待たせしました!」
「うわ大量」
配達物を取りに裏へ行っていた黄色のアソウギから六つの大きな腕いっぱいに抱えた袋たちを受け取り、何個あるかを数えながらアイテム袋へと入れる。
「コレを配達すれば良いんだよね」
「はい。一か所なんですけどここからちょっと距離がある事、そして量がある事が問題で……」
困ったように黄色のアソウギは左前の手で頬を掻いた。
「建設中のとこのお昼って事でいつもは僕が配達してるんですけど、今日はシフトにちょっと問題が出て店番が居なくて……」
「あらー」
「不慮の問題ってわけじゃ無いんですが、予定が合う店員が居なくて困ってたんです。首領が受けてくれて本当に助かりました!」
「わあい」
脇の下に前側の手を差し込まれて高い高いされた。
いやコレ大分高いしパン屋でやっても良いのかコレ。あとマジで高い高い怖い。
……これで天井低かったら首死んでた……!
ありがとう全種族対応店。ありがとうめっちゃ高い天井。
身長が高いアソウギに高い高いされても天井が高いので頭がゴッツン首がグギッの想定をしなくて良いのはとても助かる。
というか今更だけど腰にも真ん中の両手が添えられてて安定感が凄い。
何というか、ただの高い高いだとまあまあ持ち上げられる側であるこちらにも体重が掛かるのに、腰を持って支えてもくれてるので負担が無い。
……子供の時は重くないから良いけど、大人になると全体的に重くなるからねえ。
大人になっての高い高い(される側)は自分に掛かる自重の分が加算されてわりとキツイと思うけれど、腰を支えてもらえると結構安定感があって安心できる。
天井も高いし。
「…………いやでもアソウギこれ重くない?」
「阿修羅族は戦闘系種族だから全然余裕ですよ。支える腕の数も人間の平均の倍ですし」
「うーんごもっとも」
実際赤のアソウギも結構な攻撃力だったし、多分本気を出したらもっとヤバいタイプな気がするので深掘りはしないでおく。
漫画に出て来る阿修羅系というのは総じて強いのが多いイメージ。
そう思っていたら下ろされた。
「さて、では配達お願いしますね!」
「はーい了解。っていうかコレ、私が受けて無かったらどうしてたの?」
誰でも受けれるわけじゃなく、一定以上の容量が開いてるアイテム袋を持ってるか大量に抱える事が出来るかって条件あったし。
多分お昼ご飯配達だから一回で配達出来るように、という事なんだろう。
「ここで食事してく人、っていうか人外はそれなりに会話する事が多いので、最悪適当な誰かを捕まえて代理で店番させて僕が配達の予定でした!」
「あっはっは」
今日のお昼はここで済ませるつもりだったところにこのパン屋からの依頼があったから受けたのだが、受けて無かった場合は店番やってた可能性があったようだ。
・
「どうもパンの配達の者でーす」
「はーい」
出てきた姿に、ちょっと驚き。
「ルミーカ? あ、そういえば建築系で働いてるって服屋で自己紹介の時言ってたね」
「あら、ええと……今は首領って呼ばれてたっけ?」
「ルミーカまで首領呼びかあ」
最近は勇者が本拠地としている場所に住んでれば安全だろうという事で引っ越し希望者が多いらしく、新しい家を建設したりも多いんだとか。
実際のところ勇者である太勇がこの町によく顔出してるっぽいのは事実だけれど、同時に魔王であるザラームもそれなりに敵情視察なのかその辺歩いてるらしいので安全かと言われるとうーん。
……まあザラームから攻撃したりはしないだろうけど。
ザラームはそういう人で、魔王だ。
人間が裏切ったせいで人間への恨みこそまだあるようだが、少なくとも無関係な相手を無差別に攻撃しようとはしないし。
寧ろそれでもまだ人間を好きで居てくれる辺り心が広いと思う。
さておきそんなわけで建設中のところに昼食であるパンの配達をしたところ、服屋で私をひん剥いた客の一人、アリ虫人のルミーカと再会した。
「ま、良いや。こちらパンでーす。十袋ね」
「配達ご苦労様」
手渡せば受け取ったのとは違う方の手で頭を撫でられた。
今日はリボン編み込みサイドテールという凝った髪型だが、ちゃんと髪が崩れないよう撫でてくれた。
そのままルミーカは、受け取った袋を手招きして呼んだ他のアリ虫人のお姉さんに手渡す。
そこからはもうバケツリレーならぬパン袋リレーだった。
……成る程アリだもんね……。
動きが手慣れていらっしゃる。
というか他の方々もアリのお姉さん達だった。
……ハチもトップは女王バチでメスだし、アリも女王アリだから同じ感じでメスが多いのかな。
確かハチは基本的にメスばかりで、オスは繁殖用のほんの僅かな数しか居なかったはず。
くびれの形とか虫としての姿とかは結構似ている気がするので、もしかするとアリもメスが主体の生物なんだろうか。
まあカクレクマノミなんかはチーム内で一番大きいのがメスになって二番目に大きいのがオスになってその他は未成熟らしいので、自然界において性別というのは繁殖の為以上の意味は無いのだろう。
甘エビなんか最初は皆オスなのに数年経過したら皆メスになるしね。
最終的に皆ニューハーフだよ甘エビは。
「それにしてもまさかルミーカに会うとは」
「アタシだってまさかここで再会するとは思わなかったわ。あれから拷問具は身に着けてないみたいで安心安心」
胸を見てうんうん頷かれて微妙な気分。
今更過ぎて人外相手に羞恥心は特に生まれないけれど、だからといって胸を見られるのはちょっと。
……本当、タオル一枚で他の種族と混浴しといて今更何だって話だけどさ!
しかも人外は全員素っ裸だった。隠せや。
そりゃ勿論、恥ずかしがらない人しかわざわざ混浴来ようとはしないんだろうけども。




