人間とは
迷い家内から見た空は常に霧がかっていてどのくらい時間が経過したのかわからなかったが、あの後合流した雪女のお雪も含めて全員で結構飲んだ。
大半は足長手長の夫婦漫才染みた言い争いやどうもこうもの小学生男子染みた言い争いが殆どだったけれど、まあ酒の肴にはなったので良し。
思ったよりも楽しめたので良い事だ。
飲みやすい上に好みの味のお酒が用意されていた事でうっかり飲み過ぎてしまったが、実に楽しい時間だった。
「主様大丈夫ー?」
「起きてるよぉーう」
「うーん声がぽやぽやだから寝落ち寸前ってとこかなー」
クダに背負われ、そのふわふわを堪能する。
いまいちまともに歩けなくなっていたので背負ってもらったのだ。
ちなみに迷い家から出てみればすっかり夜だった。
真夜中という程では無いけれど、一般的に飲みに出てからちょっと遅いお帰りですね、くらいの時間。
日付が変わるか変わらんかくらいである。
「たっだいまー」
「お帰りなさいませ」
屋敷の大きな玄関をクダが開けて声を掛ければ、仕事を終えて帰ってきていたリャシーがふわりとした笑みで迎えてくれた。
「たっだいまーリャシーィ」
「あらまあマスター様ったら随分真っ赤なお顔になっていますわ」
「いーっぱい飲んだからねえ」
言いつつ、何が楽しいのか頬がへにゃへにゃ緩むのが止められない。
おぶってくれているクダの頬をもにもにと揉む。
柴犬とかの顔を揉むようなアレだ。
思ったよりも皮がしっかりある感触で楽しい。
「随分と酔っているようですが……マスター様はお酒が弱いのでしょうか?」
「んーん」
こちらの横を飛びながら私の顔を覗き込んだリャシーに、クダは首を横に振る。
「主様って意外と飲めるけど一定量越えるとふわふわし出すんだよね。そして寝落ちるしふわふわし始めた辺りから記憶ぶっ飛ぶ」
その言葉にリャシーは思案するように顎に手を当て、ふと何かに気付いたかのように目つきを鋭くさせた。
「…………つまり諸々の合意を得やすい、と?」
「妖精そういうトコあるよ」
クダにおぶわれたままなので表情は窺えないが、声色が大分マジ。
呆れが混ざったマジな声。
「自分の楽しみ優先なトコは妖精らしさの部分だけど、合意だからって主様を干からびさせたら駄目だからね。リャシーのマスターではあるけどクダの主様でもあるし、何よりリャシーの恋人ってわけじゃ無いんだから」
「それはわかってますわ、勿論。独り占めなんて致しません。ただちょっと血か精気を貰えないかと思っただけです」
ふふ、とリャシーは微笑む。
「今はそういった主食が無くてほぼ絶食状態ですもの。まあ主食と言っても愛した相手で無くては意味がありませんし、代替品として花の蜜やフルーツを食事としてるから体躯が小さくなる以外問題はありませんけれど」
でも小さいのは問題です、とリャシーは言った。
「大きい、それこそマスター様に合った体躯になれるようになった方が良いでしょう?」
「クダは化けるなり分裂するなりで大きくも小さくもなれるからねー……小さいと不便?」
「それもありますけれど、その方が精気を沢山出していただけますし」
にっこり微笑むリャシーの言葉に、クダはこてりと首を傾げた。
耳が目の前でぴるぴるしていて可愛らしい。
「……んーと……あ、成る程そういう事かあ。確かにある程度の興奮やドキドキ系の感情は精気を強めるもんね。性的な興奮でも身の危険を感じるのでも、何であれ生存本能には繋がるし。
生存本能が刺激されれば、生命力に限りなく近い精気が強めに出る……んだっけ。怪我をした時に自己修復能力がわかりやすく発動するみたいな」
「ええ、その通り。それに、溢れた分があれば多少のつまみ食いも許されると思いまして」
「精気って吸い過ぎると干からびて死ぬからねー。それは吸血もそうだけど、精気を吸うっていうのは妖怪にも多いからよく聞いたよ」
「あら、クダは精気を吸って破滅に導くのとは違いますの?」
「クダの場合、使い手である主がクダをどう使うかによるから」
目をパチクリさせて言うリャシーに、クダはリビングへ移動しながらそう返した。
「術……魔法を使うと精気を吸うっていうのもあるけど、コレは食事なんかで代用可能。まあ勿論そういうのが無ければ主の精気を吸うんだけれど、あくまで衰弱するか寿命が縮む程度だから」
個人の破滅であって家の破滅じゃないんだなーコレが、とクダは朗らかに言いながら私をリビングのソファに寝転がらせる。
クダのふわふわとはまた違うふわふわ感だ。
「度が過ぎなければ一人が終わるだけで家まで破滅する事は無い。ただ人間って、自分にとっての得があると、自分の体がどれだけ弱っててもその次を求め始めるんだよね。ガリガリなのに目だけ爛々としててアレ結構ヤバいよー」
「欲こそ底なしでも、命は有限でしょうに」
「そこがわかんないのかクダをそのまま使っちゃうからクダが呪い寄りになっちゃってね。呪いっていうのは術者の力量がその呪いを使うのに足りない場合、術者を食べちゃうから」
がぶーって、とクダは手を口に見立ててがぶがぶして見せる。
「そして呪いは伝染する。家系に掛かれば家ごと食べちゃう。人を呪わば穴二つって言って、誰かの墓穴と自分の墓穴を用意しなくちゃいけない。
その誰かの数が多ければ多い程、確実性を持って術者を喰らう事になっちゃうのは当然だよねー」
クダの言葉に、リャシーはほうほうと頷きながら少しばかり驚いたような目でクダを見た。
「…………私も結構近くに居る人間を死なせてしまうタイプですけれど、クダもそういうタイプなのですね」
「クダの場合は使い手が間違わなければそんな事にならないよー? 主様はクダをちゃんと式神として使ってくれるからまったくもって問題無いしね。誰かを呪うならともかく、そんな事は命令するどころか考えもしないくらいだもん」
考えないというか、考える暇があるなら呪いについてよりも今後についてを考えたいだけなのだが。
だって呪いに時間使うくらいなら読みたい本を読む方がずっと自分の為になるだろうし。
人間、誰だって百年後には大体お骨になっているものだ。
……自分を含めて、ね。
「ま、包丁があるとして、その包丁をどう使うかって話だよね。包丁は自分から誰かを刺したりなんてしないけど、持ち主が誰かを刺そうとすれば刺せちゃうから。
勿論、包丁を扱うに足りなければ手を滑らせるなりして自滅する形で自分に刺さるだろうし」
「そもそも料理の為に作られた包丁で誰かを刺そうと考える事自体が頭おかしい発想なんですけれどねえ」
「普通に料理の為だけに使えば良いのに、わざわざ他人から奪う為の手段として使う辺り、謎だよね。奪うのが好きな種族っていうのはわりと居るけど、何か手段がヘンテコだし。アレかな? やっぱり素の力が弱いとそうなっちゃうのかな?」
「素の力以前に、心の在り方かもしれませんわ。奪うという特性の種だから奪う、というものならその種族の生き方と認識出来ますけれど、人間は種族的にそういうものだから、と主張するわけでもありませんし。
寧ろ奪う人間を糾弾しながら自分は別の人から違う何かを奪おうとしてたりで、何がしたいのかわからないんですよね……」
「軸がぶれてるよねー」
何か難しい話してるなあこの二人。
だんだん重くなってきた瞼と戦いながらそう思う。
「主様はどーお?」
「何がぁー……?」
「何で今までの主は、クダを呪いとして……っていうか、誰かから何かを奪う為に使ったんだと思う?」
「んー……」
眠たくて頭が動かないけれど、運んでもらったりもしたので頑張って考えてみる。
「…………自分の為に生きてるから、かな」
「自分の為?」
「誰かを思う事も無く、気遣う事も無く、他人がどうなっても気にしなくて、ただ自分が満足出来れば良いから…………自分以外はどうでもよくて、自分の為だけに生きてるから、クダを含めたその他を踏み台か何かとしか思って無かった……んだと、思う…………」
誰かの為に生きている人も勿論居る。
それこそマザー・テレサのような、ナイチンゲールのような、ジャンヌ・ダルクのような人達。
そういう人になれれば良いなと、そう思う。
そう思っておらず、自分が良ければそれで良しと思う人間が多いのも、勿論わかっているけれど。
「人間は人外程世の中の真実に詳しいわけじゃ無いから……それらをまだ学んで無い段階だから、私は学んでいきたいって思ってるけどねぇー……」
言うだけ言って満足し、私は沈む意識に従ってすやりと眠りに落ちた。
すやすや。
「そうやって自分達の種族を客観的に見て、欠点をきちんと理解しているところが、停滞している今を変えようと……思考が停滞し切ったその時代や観点に改革を与えようとする革命家らしさなんだけどなあ」
「マスター様、その辺りの自覚が無い辺りが不思議ですわよね。とっても革命家らしい思想であり思考ですのに」
「ま、革命家も全員が全員革命してやるって思ったわけじゃなくて、ただ自分の思う意見を言ったら革命になったって人も居るだろうしね。っていうか今のこの会話も明日は忘れるんだろうなー」
二人がそう会話していた事も、顔を覗き込んだクダが頬をぷにぷにつついていた事も、リャシーがそれに笑っていた事も、私は寝てたのでまったく知らない。
完全にすやすやタイムを満喫していた。




