迷い家
リャシーが仲間入りした三日後、私はクダと共にやたらと霧が濃い森の中に居た。
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まず順を追って話すと、リャシーが仲間入りした当日に採取をしに行って大体を採取し終えてそろそろ帰れば丁度良い頃合いかな、という頃に小さな犬がやってきたのだ。
二足歩行の小さな犬だった。
普通なら犬獣人か犬系の魔族だろうと思うところだが、その犬はまた違う雰囲気を醸し出していた。
なんというか、意思疎通が出来るのかわからない目をしていた、というか。
有り体に言って謎の不気味さがある。
「あれ、山彦だ」
「やまびこ?」
「そうそう」
高い位置の実を採取していたクダは、イーシャよりもずっと背の高い木の枝からひょいっと飛び降り着地した。
あまり高くないフェンスをひょいっと飛び越えるような気軽さで凄いパフォーマンス。
「妖怪……みたいなものだね。山彦が来たって事は妖怪ネットワークで何か伝達かな?」
「妖怪ネットワークも気になるけど、妖怪みたいなものっていうのは?」
「妖怪ネットワークはその通り、妖怪達で交流しーましょってヤツ。極東の方ならその辺に沢山居るけど、大陸の方じゃあんまり居ないからね。
良い妖怪も関係なく仕留めようとするような妖怪退治系が来たぞーとか、どこどこの妖怪が嫁入りしたぞーとか、そういうの」
「成る程」
連絡網みたいな感じか。
「で、山彦はまあ、分類としては妖怪なんだけど……実質、妖怪よりも現象って感じなんだよね。
妖怪自体、生き物っていうよりは誰かに語り継がれる事で発生する伝承系の現象に近いんだけど、山彦はそれこそ声を返す現象そのものにこの姿がついたっていうか」
「わからん」
「つまりあれでしょ?」
理解したらしいニキスが背後から私の首元に腕を回し、頬を摺り寄せるようにしながら言う。
「山でヤッホーしたら帰ってくるヤッホー。アレがこの姿になって移動可能になったって感じの」
「そうそうニキスその通り!」
「……ほほう?」
凄い噛み砕いてくれたっぽいのにわからん。
「んー、飼い主様にわかるよう言うなら、リャシーの時の妖精話を思い出してって言うべきかな。あの時、神様っていうのは語り継がれないと消えるって言ってたよね」
「言ってたね」
「妖怪もそういう系で、語り継がれないと消えるタイプ。逆に言えば語り継がれれば存在として確立する」
「都市伝説みたいな……噂が噂を呼んで、それらが一種の信仰みたいになって実在に至るって事?」
「そう!」
よくできました、と言わんばかりに頬をぐりぐり擦りつけられる。
まあこれがオッサンの剃りたてジョリ髭とかだったら粗いヤスリを頬にすり付けられてるみたいになってアウトだが、ニキスの肌はすべすべしてて心地良いので良し。
「俺はニキス程頭良くないからサッパリだけど、要するにそこに居る反響音って事?」
「ミレツ、頭良くないって言う癖に察するのは得意だし発想は良いんだよねー。そゆことそゆこと」
何種類かの説明によって、成る程なあ、という雰囲気が広がる。
……都市伝説だって、アレは存在が居るから噂になるんじゃなく、噂が先に発生した末に存在が確立って方向性だもんなあ。
実在ではなく、噂が先だ。
その噂が集まる事で肉付けされるのが都市伝説、みたいな。
「で、山彦。何か伝達?」
「で、山彦。何か伝達?」
成る程山彦。
クダの声では無い、思ったよりも低い声で山彦はその言葉をそのまま返していた。
「あるならここで言っちゃってー」
「あるならここで言っちゃってー」
こだまが返ってくるように、山彦はそう返す。
これで伝達なんて出来るのかなあと思っていれば、山彦は誰が喋ったわけでもないのに口を開いた。
「いよう、オイラだ。手長だ。手長っつっても手短に行くが、どうも迷い家のヤツがこの辺に来てるらしくてよ。へっへへ、アイツ寂しがりだからって人間迷わせちまうからなあ」
クダに返すのとはまた違う声色で、表情を変えないまま山彦はそう語る。
何か気さくなオッチャンみたいな喋り方だ。
「……クダ、これは?」
「山彦は声をそのまま返すから、言った言葉をそのまま伝達出来るの。まあ記録した音声を再生するってだけで、会話は出来ないんだけど」
成る程録音機能。
留守電とかに入れておくメッセージとかのヤツか。
「迷い家がオイラ達同様に人間好きなのは知ってるが、下手に欲深な人間が押し寄せても面倒だ。前例もあるしな」
「前例」
「迷い家は無欲な人じゃないと行けない家でね、欲深な人が行こうとしても辿り着けないの。で、金が必要だった欲深な人が森を焼けば見つかるだろって言って森を焼いた事があって」
「大事件じゃん!」
「そうだよー」
さらっと言うけどマジに大変な大事件では。
でも掘り下げると人間のヤバさと愚かさがより一層クッキリ浮かび上がりそうで深掘りし辛い。
「ってなわけで、近場の妖怪で久々に集まろうかって足長と話してたんだ。参加するってんなら山彦に伝えといてくれ」
録音、というか伝言は以上だったらしく、山彦はすんっと喋るのを止めた。
……何というか、見た目生き物っぽいのに生き物っぽく無いなあ……。
クダなんかはバリバリに生きている感じがあるのに、この山彦は随分と置物感がある。
動いているのに作り物染みていて、何というか、生気を感じないとでも言うべきだろうか。
……こういうのが、現象が姿を持っただけって言うのかな。
「主様、どうする?」
「え、何が?」
突然どうしたと思ってクダに視線を向ければ、話聞いてたでしょ? と鋭い爪が刺さらないようにしながら頬をつんつんつつかれた。
「クダは主様の奴隷だから、主様が決めなきゃ」
「いやそこはクダの好きにして良いよ。私が決める事じゃないし」
「えー。んー……山彦、参加する場合何時になるかってわかる?」
少し考えるような顔をしたクダの言葉に、山彦は口を開いて返す。
「参加するってんなら三日後に集合だ。時間は適当で集まっても集まらなくても好きに飲み食いするだけだぁな。場所はその時霧が発生してる森か山」
「まあそうなるよねえ」
クダは尻尾をゆらゆらさせてケラケラ笑う。
「妖怪に時間関係キッチリ決めろとか普通に無理だし超納得。じゃあ昼頃に行くかなー……山彦、これから言うの手長に伝えて」
「山彦、これから言うの手長に伝えて」
山彦は山彦を返した。
「クダは今の主様と参加するねー。前から迷い家行ってみたかったし! 到着は昼頃になると思う!」
「クダは今の主様と参加するねー。前から迷い家行ってみたかったし! 到着は昼頃になると思う!」
「それじゃ山彦、そういう事で手長によろしくー」
「それじゃ山彦、そういう事で手長によろしくー」
山彦は声色が違うだけの同じ言葉を返しつつ、手を振るクダに同じように手を振り返して去って行った。
それこそ森に溶け込むように、だ。
……まあ、山彦って普通は姿なんて無いもんね……。
森に溶け込んでいるのが通常なのかもしれない。
「…………ん? 待ってクダ、私も参加?」
「迷い家って人間好きだから主様なら大丈夫大丈夫。あと折角だから一緒に行きたい! クダも迷い家行くの初めてだから!」
「まず迷い家を知らないんだけど……今まで行った事無かったの?」
知っているみたいだったのに、と続ければ、あはー、とクダは笑う。
「迷い家はランダム出現なとこあるから、運が良くないと鉢合わせもしないかなー。
あとクダの場合、今までの主が主だから自由行動許されてなくて行く暇が無かったんだよね。欲塗れの人間相手にその事伝えたところで意味無いし」
まったくわからん。
「迷い家……って言うと、妖怪というよりも伝承の存在であり、場所だったかしら」
クダと並んで年長枠であるエルジュがそう呟く。
「エルジュ、知ってるの?」
「元々は極東の存在だから、噂に聞いた程度だけどね」
「……妖怪といい、結構極東の存在が大陸側に来てるんだ」
「グローバルだな」
「いやカトリコ、その前に俺達のご主人様が異世界の極東出身って事思い出そうよ。正直極東の存在がこっち来てるよりも凄い事じゃない?」
「その事実を加味したところで極東の存在が大陸側に結構来ているという事実は変わらんだろうイーシャ」
「まあそうなんだけどさあ」
イーシャとカトリコが脱線しつつも、エルジュは続きを説明し始める。
「まず迷い家っていうのは、そのものずばり家なの。霧が濃い中を歩いていくと、とても素敵な極東風のお屋敷に迷い込む。
そこには馬も牛も居るし、朱色や黒色の膳なんかも揃ってるらしいわ。更に凄いのは、そこに迷い込んだ人はそこにある物を自由に持って行って構わないとされているところ」
舌切り雀のお宿無人バージョン?
「もっとも、そこは噂の迷い家だろうって事で、欲深い人が迷い込んだって言う人に連れていくよう言う事が多いんだけど、欲深い人が居ると絶対にそこへは辿り着けない……って言われてるわ」
「成る程成る程」
舌切り雀は欲張り婆さんも普通に行けてたっちゃ行けてたのでちょっとタイプが違うっぽい。
「……私行けなくない?」
「いや主様は完全セーフだよ」
「だろうね」
「だろうな」
「「うんうん」」
「行けない方が不思議だわ」
そう当然のように言われても困る。
「身内の贔屓目出てたりしない? だってほら私はお金あってもこうして皆と一緒に仕事してお金貯めてるよ? 別に困ってる人が居るから助けようってメンタルでやるんじゃなく、お金稼ぎの為に仕事してるわけだし」
そう告げると、んー、とクダが指先を頬に当てて小首を傾げ耳を伏せる。
「主様は欲を勘違いしてるのかな?」
「勘違い」
「お金をひたすら貯めて使うべき時にも使わないケチんぼは欲張りさん。そして使う必要が無い時にも必要以上にお金を浪費してしまうギャンブラーも欲張りさん。そういう感じ」
「わかりやすい。え、私は?」
「資産はそのままにした上で自由に使えるお金の為に働くのは違うでしょって話。少なくとも主様がクダ達に掛けるお金でケチった事無いし」
「本当にケチで誰かの為のお金も自分の物にしようってヤツの場合、誰かに使うのも酷く嫌がるからねえ」
イーシャの言葉に、何となく納得。
確かにそういう節約家を超えたケチは存在する。
……大事な時にお金があって、そしてそのお金を上手に使えれば良いんだけど……。
下手な使い方をすればお金さんは財布からサヨナラするだけになってしまう。
お金の使い方が下手というのは、部下の使い方が下手な上司みたいなもの。
そんな上司のところに居たがる部下は居ないだろう、という事だ。
そりゃ誰だって有能上司のところで働きたい。
「そういうわけで主様も参加ね! もう参加するって言っちゃったし!」
「えええ……いやでもほら迷い家の方がコイツ欲深だってなったらクダも行けなくならない?」
「主様、首飾りスルーした実績あるのに今更欲深アピールは無意味だよ。そういうのを前にして欲を出さずに居られる人が無欲な人だからね」
「ぐぬぬ」
あれに関してはめちゃくちゃ驚かれたので流石に自覚がある。
いやでも誰だって明らか凄そうな首飾りあったとしても、それがゲームで言うドロップ品だったとしても、明らかに凄すぎる物には腰が引けると思うのだ。
それまで普通の一般人やっててそんな豪華なアクセとかテレビ越しにしか見た事無いなら尚更。
……あとゲーム感覚で言うなら誰かにプレゼントする用のヤツとかイベント進めるのに必要なアイテムみたいなイメージあるしね! あそこまで豪華だと!
実際それのお陰で金と錫を用意してもらえたのでゲーム知識も役に立つ。
あとその後に聞いた色々なヤベェ話もあるので、今に至ってもあの首飾りを自分の物にしときゃ良かったなみたいな気持ちは湧いてこない。
面倒ごとの塊を貰ってくれて助かった、と思うだけだ。
……北欧神話で有名なファヴニールとかの金だか指輪だかを巡るアレコレを考えるとね! 優れ過ぎた物は人の身には過ぎたる物って場合が多々あるからね!
宝を得たら死ぬかもしれないけれど、宝を放棄すれば命が繋がるなら、そりゃ命を大事にすべきだろう。
自分の命は唯一無二だし。
・
そういった経緯があって冒頭に戻る。
集合に関してはめちゃくちゃ適当な説明だったが、妖怪同士じゃそんなもんなのか、それとも迷い家自体がそういうランダム性なのか。
ともかくクダにはわかるようだったのでついていけば、森の一部だけが霧に覆われていた。
ちなみにクダ以外は仕事だったりお留守番だったりである。
参加するって伝えてないのに複数人が押しかけるのは良くないだろう、という気遣いだった。
それなら私も不参加でと思ったが、私に関しては参加表明しちゃってるので致し方なし。
……というか、
「……クダ、この辺本当に霧が濃くて怖いんだけど。え、この先崖になってたりとか無いよね?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。ちゃんと掴んでてねー」
クダと手を繋ぎながら、その手にあるぷにぷにの肉球の感触を楽しむ事でメンタルを癒す。
まさか霧が掛かって視界が定かじゃない森を歩く事がここまで不安になるものだとは知らなかった。
ゲームの主人公なんかは結構な頻度で霧の中を歩かされているイメージだが、彼らも大分心細さを感じたりしてたんだろうか。
……ゲームによってはゾンビ出て来るくらいだもんねー……。
でもそういう系ゲームの主人公は大体メンタルが鬼強いので要らない心配な気もする。
「あ、ここだよー」
「え?」
見れば、黒く大きな門があった。
開いているそこをひょいっと通るクダに引かれ、足を踏み入れる。
中の庭は随分広々としていて、白と赤の花々が咲き乱れていて、
……うん、完全に異空間だわコレ!
森にこんなお屋敷無かったし。
多分彼岸とかあの世とかのそういう、私達生者側では無い世界の一つなんだろう。
妖精にも妖精達の世界があるらしいし、阿修羅族にも阿修羅族の世界があるらしいので多分そういう系。
「あ、もう集まってるみたいだし庭から入っちゃおうか」
「えっ良いの!? 玄関から入って挨拶とかは!?」
「門くぐった時点で迷い家のテリトリー内だし変わんない変わんない。迷い家からすれば誰かが自分の空間内に居る事が重要だったはずだし。あと今日は集まって適当に駄弁るのが目的だし、クダとしては主様を紹介するのが目的だしねー」
「待って初耳」
「あはは、そもそも妖怪仲間が一か所に沢山居るとかは無いからこういう機会使わないと」
ごもっとも。




