妖精あんまりか弱くない
サンリによってすぐさまリャシーの奴隷登録が終わったわけだけれど、
「これからどういう……どうする感じなのかな?」
「今日のところはシフトが入っているのでこのままギルドの職員業をしようかと思ってます。勿論主となられたマスター様が厭うのであればすぐさま辞めるという手段もありますが」
「無い無い厭わない」
手をブンブン横に振れば、リャシーはにっこりと笑った。
「それは良かった」
「まあ主様だしねー」
ころころけらけら皆で笑ってるけど、それってつまり私の返答わかった上での言葉だったというわけか。
まあ実際わかりきった問答だろうから良いけれど。
答えがわかっている問いをするのは、じゃれ合いの一種みたいなものだ。
「ただ、どの道シフトが入っているのでしばらくは連日ギルドへ出勤ですね。次のシフト調整の時には休日を申請しようとは思ってますけれど」
「寧ろ今までよく毎日出勤を……」
「妖精は生き物でありながら物質的な生き物とはまた少し違う存在ですもの」
うふふ、とリャシーは微笑む。
「とはいえ連日出勤していたのは素敵な方を見つける為。こうしてマスター様の奴隷になれた以上、そこまで根を詰める必要も無くなりました」
「何か、リャシーが言うと謎に照れるんだよなあ……」
「それは私の見た目がマスター様の好みに合わせているからではないでしょうか。見た目がとても良い食べ物であれば、食べてみるまで味がどうなっているかなんてわかりませんものね」
それはつまり見た目にときめいてるだけだよという事では。
まだ仕事場での交流しかしてないから表面上の態度と見た目に好意抱いてるんじゃない、と言われても反応に困る。
いやそりゃまあ梅干し見て唾が出るのは梅干しの酸っぱさを知っている人じゃないと駄目だろうし、実際私が照れるって事はそういう感性的なところに謎のダイレクトアタックが仕掛けられてるからなんだろうけど、うーん。
……相手の好みに変身するリャナンシーだからこそ、の超自然的な特性だったりするのかなあ。
「リャシーは自分に対してそんな言い方で良いの?」
「そもそも私にとって見た目は可変的なものですので、見た目や中身にはあまり。その時の私の感情が最優先です」
「まあ、妖精となればテンションが上がるかどうかが最重要事項だろうからな」
「栄養足りなくても即死じゃないけど、妖精の場合はテンション下がった状態が続くと消えるように死ぬからわりと本気でそうなのよね」
カトリコとエルジュからとんでもない情報がさらっと開示された。
「え、妖精ってそんなか弱いの?」
「か弱くはないよ」
「か弱くはないな」
「か弱さなど無いぞ」
「「妖精がか弱いとかナイナイ!」」
「わりと図太いし」
「その場のテンションで動くので数分前の事も忘れる場合が多々あって、結果的に図太さと見られる事はありますね……」
とりあえずか弱くないという事はよくわかった。
クダ達は真顔だしミレツとニキスはんなわきゃあ無いとばかりに笑ってるしどちらかといえば妖精枠なエルジュは通常運転でリャシーに至っては照れ臭そう。
……妖精にか弱さを見出すのは人間くらいだったりするのかな……。
小さいし細いし繊細な翅なのでか弱く見えていたが、意外とそうでも無いらしい。
「でもテンションが下がると死ぬ……?」
「妖精は「楽しい」の感情で出来てるようなとこあるからねー」
それが核に近いかな、とクダはもふもふな人差し指をくるんと回して言う。
「例えば神系は伝承とか信仰心で出来てる。天地創造系なんかは他の種族居ない時から居るから、その神が司ってる事象さえ存在してれば良いんだけど、基本的には何かしらを司ってるのが多いから信仰が薄れると弱ったり消えたりするの。妖精もそれと同じで、テンションが下がると存在が薄まっちゃうっていうね」
「成る程」
神様で例えてくれたのはわかりやすい。
確かに信仰が途絶えたりすると、そこの神様はさてどちら様だったかしら、みたいな事になる。
大昔の、それこそ文字を使わない民族とかが崇めていた神々については文字が無いせいでわかってない事が多い、みたいなヤツだ。
エジプトやギリシャ、そして日本は文字として残ってるからわりと濃いめなんだけど。
……あれだよね、今を生きる有名人と過去の偉人の差みたいな……。
偉人の場合、情報が残されなかったりすれば存在が消えたも同然になる。
やり遂げた事があっても、当人の存在が主張されなければそれまでだ。
人は二度死ぬ事があり、二回目の死とは存在を忘れられた時だとも言うけれど、妖精は忘れられた時こそがマジの死になるという事か。
「ま、それでも本人達が楽しんでれば問題無いし、妖精は基本的に風が吹くだけでもテンション上げる事出来るから主様は気にしなくてもだいじょーぶ。そもそも消えたり発生したりとか、そういう物理的な存在とは違うタイプにはよくある事だし」
「よくあるの!?」
「だって物理的な存在じゃないし。クダだって主が居ないまま放置され続けたら消えるよ? だって絶えるもん。まあクダは式神でもあるから増えすぎてコントロール利かなーいってなると川で溺死させられたりとかあるけど」
「リアルな実情を持ち出すのはやめてくれる!?」
同族が川で溺死させられたりする事あるよ宣言は普通に辛い。
人間だってそりゃあ事故なり事件なりで溺死する方は一定数いらっしゃいますけれども、それだってニュースで聞けば微妙な気分になるものだ。
まったくの他人でも食事時には食欲が失せるレベルなのだから、クダという親しい相手と同じ種族がそんな目に遭ったりするという話は、どうにも身近に感じられてしまってよろしくない。
……関係が無いととことん他人事な癖になあ……。
人間というのは面倒だ。
人外と接するからこそ思う事だが、クダ達みたいにもう少しサッパリした思考回路だと楽そうなんだけど。
「落ち着いて、ご主人様」
よしよし、とイーシャの大きな手で頭を撫でられる。
「ようするに泡みたいなところがあるって事だからさ」
「あわ」
「湯船の中で手を大きく動かせば泡が発生するように、ちょっとの動きで妖精も沢山生まれる。そして泡が弾けるようにしてふと居なくなる妖精も沢山居るってだけ。でもその分、どんな感情でも良いから大事に思う特定の相手が居れば問題無いよ」
「ウンディーネ等が具体例だな。愛を得て物理的な存在に寄る為、簡単には消えないようになるものだ」
「なる、ほど……?」
よくわからないけれど、イーシャとカトリコの説明にとりあえず頷いておく。
「とにかく、あんまり気にすんなって事?」
「ええ、そういう事です。消える妖精も確かに居ますけれど、再び生まれた時に昔の記憶を引き継いだ状態で生まれる妖精も多々居ますし」
「居るんだ!?」
「人間にわかる言い方だと前世に近いものですね。まあどちらかというと夢の中の記憶に近いので淡いものですが、夢をハッキリ覚えている人が居るように、ハッキリ記憶が残っている妖精も一定数居ますよ」
「消えるのってちょっと長めに寝るってテンションの場合も多いものね。人間からすると百年二百年の眠りなんて消えるのと同義みたいだけど」
「あっそういうこと……」
つまり消えるというのはマジで「死」な消滅系ではなく、ちょっとお休みしまーす☆ というヤツらしい。
長期のバカンスしながら寝溜めみたいな。
しかし寿命の概念が無い部類っぽい妖精からすると、百年や二百年眠る事もある為、寿命が八十年くらいな人間からするとマジで死んだのかって判断になるという……。
……人間の感覚で言うなら、六時間寝るつもりが思ったより疲れてたのがガチで寝過ぎて十二時間以上寝ちゃった~まあ休みだから良っか~、みたいなテンションなのかなあ……。
うーん寿命の概念が違うだけで日常テイストかシリアステイストかが変わってくる。
人間視点からは超シリアスなのに妖精視点からするといっけなーい寝過ごしちゃった☆ という日常扱い。
まあ寿命の差ってそういうもんだしね。
「うん、なんというか、納得出来た。妖精別にか弱くないわ」
「寧ろ時々好奇心のままにヤバいのやらかすよね、妖精って。ねえニキス」
「ミレツもそーゆーとこあるけど、人に迷惑掛けない前提だしね。妖精は自分の楽しみ優先だからわりとその辺無視しがちで危ない」
「確かにそういう妖精も多くはありますが、一般的な妖精はちゃんと悪人をターゲットにしてますよ? あとは同意を得た場合ですわ。吸血なんかはちゃんと同意の上、あるいは対価としていただいてますもの」
「……リャシー、一応聞きたいんだけど、対価として貰う場合はちゃんとその辺説明してる?」
「聞かれれば答えますよ?」
「聞かれない限り言う気は無いヤツだあ……」
「知らないままでも幸せな気分には浸れますもの」
知らない方が幸せ、というヤツだろうか。
いや多分違うなコレ。
「ま、良いや。とにもかくにも話を最初も最初のところに戻せば、リャシーはしばらく今まで通りのスケジュールを続行するし、それで体調的に問題が発生したりもしないって事だよね」
「そうなりますね」
「なら良いよ。じゃ、私達は出来そうな依頼探しかな。何か探してる間に怒涛の展開でこうなっちゃってたから忘れてたけど、まだ今日やる依頼決まってないんだった」
「いっそ今日はオフにすると決めても良いと思うがな」
「カトリコの誘惑にめっちゃ揺らぐけど、私って元々あんまり外出ないタイプだから長期休みの後って外出るのが苦痛になりがちだからなあ……」
そうして引きこもれば駄目人間になりかねないのでアウトである。
適度を理解しているカトリコ達人外が休む分には良いんだろうけれど、生憎私は誘惑に弱い人間なのだ。
しかもお世話してくれるメンバーが居るのでより堕落しやすい状況下。
……地球に居た時もストーカーさん達にまるでお嬢様かってくらいに甲斐甲斐しくお世話されてたからね!
ゴールデンウィークは本当、外に出る気が無いので家に居たけれど、当然のように誰かがやってきてさっと担当の家事を済ませてさっと居なくなるというプロの家政婦ばりの働きを見せてくれた為、危うく駄目人間になるところだった。
もうこのまま動かずに居ても生きていけるのでは? となったので本当危ない。
何もしないのがイコールで駄目人間とは思わないし、人間というのはとかく休まなければ発狂してしまう程には許容量があまり無いタイプなので休息は必要不可欠だと思うが、ずぶずぶになりがちなのもまた人間。
そして人間であるからこそ自覚もあるので、本当、丁度良い塩梅で自力ブレーキが出来れば良いんだけど。
「…………うん、久々に近場で採取依頼やろうか。あとその付近の討伐依頼。折角だし皆で行こう。帰ってくる頃にはリャシーの退勤時間だろうから一緒に帰れるだろうし」
「「「さんせーい!」」」
うん、元気なお返事。




