表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/121

諦めてエンジョーイ



 色々思うところはあったし不意打ち混浴暴露には大分ダメージを負ったが、この銭湯に罪はないので良いという事にした。

 これで下心マシマシなオッサンがじろじろ見て来るならともかく、居るのはお鬚が豊かな女性二人と耳と足が毛深い少年なわけだし。

 いや本当特徴を上げると途端に混乱するラインナップ。


 ……まあ、うん、人外だしね……。


 種族が違う上に向こうはこちらを愛玩枠として見ているので良いとしよう。

 動物と混浴な温泉みたいなものだ。

 そして向こうからしたらこっちが動物みたいなものだ。

 そりゃあ興味津々で見るし近付くしちょっと触ったりだってするだろう。

 私だってカピバラと同じお風呂になったらちょっと触ったりしたいし、大人しくて抵抗しないなら調子に乗ってわしゃわしゃ触る。

 つまりこれはソレ。


 ……我ながらそう思い込みながらドワーフの二人に顔と手を好きに触られるの放置してる辺り年頃の女としてそれで良いのかって思わないでもないけど、元々疲れて寝落ちした時にストーカーさん達に着替えとかやってもらってた時点でそういうのは私には向いてないしね!


 普通に考えて温泉に入ってきた猿やカピバラ相手に欲情も何も無いし、相手が全裸だったところでだから何だという話だろう。

 触ってくるドワーフの二人も、やたら足を見て来るハーフリングの少年(男性?)も、単純に構造を気にしての事だろうし。

 そもそも温泉一緒になったカピバラ相手に欲情したら欲情する方が頭おかしいので、つまりまともという事でよろしいよろしい。


 ……うん、だから問題は無い! 多分!


 温泉じゃなくて銭湯だしわかりやすく人外な獣系ではなく人間寄りな見目の方々だが、向こうはそういう目で見てないので自分をそう納得させるしかない。

 こっちだってグレイ系宇宙人が全裸だったところでだから何やねんとなるだろうし、こっちが羞恥心覚えるだけ滑稽というのはわかるのだ。

 それなら羞恥心覚えるよりも心地良いお湯を堪能した方がメンタル的にも良いと思う。

 人外と今後も付き合っていくつもりなら人外の大らかさにこちらも合わせていかなければ。



「なーなー、人間ちゃん」


「喜美子です……」


「あっ、キミコってもしかして噂の首領(ドン)か! だからこんだけ近寄られても平気そうにしてんのかー! 成る程!」



 ハーフリングに何やら納得されたがどういう噂が流れてるんだろう。

 あと自分を納得させてるだけであってそこまで平気じゃない。



「僕はハーフリングのチアフルな! よろしく!」


「どうも……」


「あ、そういえばおばさん達も自己紹介せずに触っちゃってたねえ」


「あーそうだ! ごっめーん首領(ドン)! 逃げたりしない人間って珍しくってつい欲が勝っちゃった!」



 顔やら手やらを触っていた二人が手を離す。



「おばさんはドワーフのナーノ。こっちはおばさんの娘で」


「アナオだよーん! よろしくね首領(ドン)!」


「あ、はい」


「「で、触っても良い!?」」


「さっきまで当然のように触っておいて今更……?」


「妖精寄りの種族は大体勢い任せだからそんなもんよ? 一瞬でも冷静になれるような間さえあれば会話するだけのテンションになるけど、元々テンション上がりやすいから」


「成る程ぉ……」



 確かに妖精系の方と話す機会はそれなりにあるが、大体皆そういう感じだった気がする。

 リャシーが一番妖精らしい見た目だと思うけれど、関わった妖精系の中ではリャシーが一番まともっぽいのはどうなんだ。


 ……実際まともに説明出来てるし、お仕事真面目にこなしてるみたいだし……。


 見た目で判断は出来ないなあ。

 違う種族となると尚更だ。



「まあ、手とか顔触られるくらいなら別に大丈夫」


「「やったー!」」


「ぶえ」



 動きが素早い。



「あらあらまあまあ本当にお肌がつるっつる! お鬚全然無いんだねえ! お鬚が無いと鍛冶やる時顔に直に火の粉が降りかかりそうで心配だけれど、まあ鍛冶やるわけじゃないっていうなら良いのかな?」


「うっわおてて本当に小さいしやわっこーい! 肉刺とか全然無いし指もほっそ! これ骨から違うっしょ絶対! 皮膚の硬さの差ぁヤッバー!」



 頬をぐにぐに手をもにもに揉まれているが、まあ害意などは無いようなので良しとしよう。

 ちょっと変わったマッサージと思えばオッケーオッケー。


 ……ってかまあ確かに、こうして触られてるとわかるけどドワーフの手って女性の手でもかなりゴツイみたいだしなあ……。


 土木関係で働いてるオッチャンの手みたいなゴツゴツしさ。

 肉刺が何度も潰れた結果元来以上に皮膚が分厚くなり、そも元から骨が太いんだろうなという感じ。

 あと指が太いからそう見えるだけかもしれないが、指が短いように見える。


 ……それであのベッドみたいな繊細な仕事も出来るらしいから凄いよねえ。


 どれだけ細い指でも繊細な作業出来ないなら繊細な作業が可能な太い指の方に軍配が上がると思う。

 勿論そこでの需要次第な部分はあるだろうけれども。



「はい! 首領(ドン)! 僕からのよーきゅーありまっす!」


「はいどーひょ」


「僕も首領(ドン)の足触りたい! 人間の足めっちゃ気になる! あと耳!」


「あんまり派手に動かさなければ良いよ」


「よっしゃー!」



 ナーノに頬を触られながらもチアフルに許可を出せば、即座に足を触られた。

 全裸にタオルだけな混浴(しかも相手は普通に全裸)という状況で男に足触られるって普通にアウトな気しかしないが、人間の男がメスカピバラの足に興味津々で触りたいと言ったところでアウト感無いのでそういう感じ。

 そう思わないとやってられん。


 ……そして実際人外の感覚としてはそんなもんだろうしねー……。



「へー、マジで足つるっつる。足の骨格とか指の形とかは僕らとあんま変わんねーのな。あ、でも筋肉はそうでもない感じ?」


「まあ個体差あるし、あんまり歩かないから」


「僕らはめっちゃ歩くぜ! ハーフリングは大まかに言って農業やってのんびり派と探求心と狡猾さを兼ね備えた冒険野郎派の二択だから! ちなみに僕は冒険野郎派な!」


「うーん違和感無し」


「だろ!」



 にっこー! という笑みを見せられてどういう反応をすれば良いのやら。

 背丈や見た目は小学生くらいに見えるので反応に困るし。


 ……でも多分見た目とは違う年齢だろうしなあ。


 人外そういうとこあるので見た目で判断してはいけない。

 ドワーフの二人だって女性なのにお鬚あるので、本当見た目で判断したところで意味が無さ過ぎる。

 尚三百歳目前らしいが二十代にしか見えないエルジュはにっこにこでこのやり取りを見守っていた。

 言うならば飼い犬が他の人にめっちゃ人気なのを嬉しく思いながら見守ってる飼い主みたいな目。


 ……主は私の方なはずなんだけど……。


 まあお世話になってる身なのでどの道あんま変わらないし良いか。

 人外と一緒に生活するならある程度大雑把でよろしい。

 というか大雑把に考えないと多分ついていけないと思う。

 そもそも常識が違うので、ある程度臨機応変に応じていった方が楽だろう。



「楽しそうな事してるな」



 ひょっこり混ざってきたのは、先程からこちらの様子をじっと見ていたエルフ。

 エルフは見た目の美しさが先に情報として入ってくるのでパッと見中性的だが、声からすれば男だろう。


 ……マジで混浴なんだなあここ……。


 チアフルの実年齢はともかくとして見た目だけなら少年のようだった為、幼児ならセーフみたいなああいうヤツというのもちょっぴり期待していたのだが。



首領(ドン)、って呼ばれてたよな。首領(ドン)は人間なのに、私達人外に触られる事への抵抗は無いのかい?」


首領(ドン)は呼び名で名前は喜美子ね、一応。あと抵抗は無いわけじゃないけどわりと大丈夫。寧ろ人外だからまだセーフ感あるかなあ」



 クダ達人外に囲まれて生活している事、そして人間じゃないならまあ良いか感があるのは大きい。



「ちなみにそれ、私も混ざって良いかい?」


「触りたい場所によります」



 流石に胸とか腹とか股はアウトだ。

 顔とか腕とか足ならセーフ。

 尚セクハラ親父が相手の場合は肩でも接触アウトである。


 ……うん、生理的に無理ってのはあるよね。


 そして彼ら人外は人外という前提でわりと大丈夫。

 これがカブリみたいな種族だったら流石に生理的嫌悪感を抑えられなかったろうけれど、そうじゃないなら余裕だ。


 ……カブリと顔を合わせた事で生理的な無理感のハードルが下がったってのはあるかも。


 アレに比べれば多少の事柄はまだマシという方向で。



「私としては人間の小さく短い耳が気になるんだが…………人間の中でもまだ年若いだろう首領(ドン)は五百代エルフに触られても問題無いか?」


「五百代エルフてなんか駄目なの?」


「人間で言うところの五十代」


「ああ……」



 よくわからないのでエルジュに聞いてみたらめちゃくちゃわかりやすく端的な説明を貰えた。

 成る程、それは確かにセクハラにならないかとかを気にするお年頃だ。


 ……しかもエルフからしたら人間なんてよぼよぼのお爺ちゃんでも成人前のベイビー扱いだもんねぇ……。


 百五十でようやく成人なのがエルフだが、平均寿命八十代なのが人間である。

 十年二十年で寿命を迎える犬猫と、二十歳で成人を迎える人間の差みたいだ。



「まあ、別に耳なら大丈夫。だからって耳に水入るのはヤだけど」


「おお! 手ならともかく耳はちょっと、って嫌がる人間が多くて今まで触る機会に恵まれなかったんだが……まさか死ぬ前に触れる日が来るとは!」



 そう感激されてもこっちは耳たぶふにふにされたり耳の輪郭を細い指先でなぞられてるだけなのでどう反応すれば良いやら。

 そこまではしゃぐ気持ちがよくわからん。


 ……犬や猫も、やたら肉球を触りたがる人間に対してそう思ってたのかもなあ……。


 肉球一つで奇声を上げて喜ぶ人間はさぞや頭おかしい生き物に見えていた事だろう。

 猫に至っては突然ふぐりを触られたり写真撮られたりで、アレって猫視点で見ると相当なセクハラでは。

 当然のようにネットでアップされてバズるのでデジタルタトゥーどころじゃない。

 猫が訴えれば勝てるレベルのヤベェセクハラ。

 本人、ではなく本猫の意思でアップしてるわけではない部分も猫側へ軍配を上げている。


 ……っていうかリラックスって何だっけ……?


 頬を捏ねられ手指を揉まれ足を触られ耳を撫でられとどういう状況なんだこれは。

 ゆっくり足を伸ばせる癒しの空間はいずこ。


 ……まだ空いてる時間帯を選んでくれただけ良いか。


 これで混んでる時間帯だったらとても大変なセクハラ会場になっていた気がする。

 深夜帯になってしまう。



「楽しそうですね」


「わお」



 お湯がめっちゃ動いたなと思ったら影が差した。

 顔を上げれば目があった。

 合ったというか有ったというか、とにかく大きなおめめがそこにあった。

 しかも沢山。



「えーと…………巨人の方で?」



 先程まで結構距離がある位置、浴槽の深さが相当なものになっているらしいコーナーに居たはずだが、軽く背を曲げるだけでその顔は目前まで近づいていた。

 まあでもこの距離になってわかったが、このサイズ差なら仕方あるまい。


 ……だって完全に十メートル超えてるよねこの人!


 十四メートルか十五メートルか、大体そのくらいだろう。

 向こうから見れば、私達で言う500㎖のペットボトルサイズ。

 そりゃあちょっと身を屈めただけでこの距離を容易く縮めるくらい出来るだろう。

 私達だって距離ある位置のペットボトル取るなんて軽く身を屈めて腕を伸ばせば簡単なのだから。



「はい」



 顔中、どころか見える限り、体中にその体躯に見合った大きな目があるその男性は頷く。



「自分はアルゴスという巨人の一種。個体としての名はルゴナと申します」


「あ、これはどうもご丁寧に」



 見た目こそ大きさと沢山のおめめで結構ハードルが高いものの、その辺に居る人間よりもずっと紳士的だった。



「私は喜美子です」


「ええ、聞こえていたので首領(ドン)と呼ばせてもらいますが」



 どうして首領(ドン)呼びの方が定着するのか本当に謎。



「ところで、自分も少しばかり首領(ドン)に触れさせていただいても?」


「ああ、まあ別に……」


「お前いきなり女人、それも人間に対して何を言っている!?」



 うっわ耳がキーンときた。

 突然の大きな音に一瞬くらりとするも、すぐに意識は戻ってきた。



「巨人の大声って私達サイズからすると殆ど兵器だものね。お館様は装飾品のお陰で無事だったみたいだけど、私達エルフは魔法で防がないと駄目だからちょっと慌てちゃったわ」


「あー、わかるわかる。素早さを求められるのはあまり得意じゃないからな。でも耳が長い分耳が良いから、下手すると耳がいかれちまうし……」



 うんうんと頷いている辺り、エルフあるあるらしい。

 ちなみにナーノとアナオとチアフルはわりとタフ属性なのかけろりとしたままこちらの顔や手足を触り続けていた。

 つよい。



「第一ルゴナ! お前の役目は見張る事ならばそれを全うすべきだろうが! 俺達は人と触れ合うには大き過ぎる! その程度わからんお前ではあるまい!」


「それはそうですが、自分を見ても畏怖を抱かない人間でしたので。問題が無いようにと門番を務める自分ですが、通りすがりの人間でも自分を見ればこの大量の目に怯えます。だというのに、彼女は怯えませんでした」


「その事実にお前がはしゃぐのもわからんではないし俺だってそういう反応をしてもらえればはしゃぐだろうが、だからといって接触は駄目だ! 俺達のような巨体では油断するとプチッとしかねない! 人間は他の種族と違ってとびきり華奢なのだぞ!?」



 大声だし水場という事でハウリングするしで聞き取りにくいが、どうやらこちらを気遣っての制止だったようだ。

 保護した子猫相手に触るかどうするか揉める人間みたい。


 ……そういう子猫とかの目線だと、触りたい人間と安静にさせてあげるべきだって言う人間はこういう感じに見えるのか……。


 まず小声でやってほしいなと思う。

 あと触られたくなかったら普通に拒否するからとも思う。



「…………あのー、嫌だったら普通に拒否りますけど、多少触れるくらいなら別に」


「お前はお前でか弱く儚く脆く繊細な生き物である自覚を持て!」


「持ってるしそちらがめっちゃ気遣った上で触ろうとしてるのわかるからこそのチョイスですよーう」



 叫ばれる気がしていたので耳を塞いでいたが、正解だったなと思う波を受けつつそう返す。

 成る程向こうが少し身じろぎしただけでこのレベルの波が来るからこそ、こういうのに呑まれないようにという魔法がセットされているわけか。

 これは確かに油断すると呑まれて流されそう。


 ……そのレベルで体格差があるからこそ向こうも気にしてるんだろうけどねえ。


 そう思い苦笑を浮かべれば、彼は額にある大きな一本角の下、まん丸な単眼を僅かに歪めた。



「…………俺が大声を出す姿を見てもその程度の反応なのか」


「ほら、大丈夫そうですよ彼女。自分の多眼を見ても、あなたの単眼を見ても拒否を抱きません。自分達のような嫌われがちな種族が人間に触れる機会など、ここを逃せば無いかもしれないのですよ」


「ぐぬう……!」



 よくわからんが猫に嫌われがちだけど猫好きな人がようやく撫でても大丈夫そうな猫に出会ったみたいな状態なんだろうか。

 顔を顰めた状態のまま、単眼の彼はルゴナと同じように身を屈める。



「…………本当に触っても良いのか?」


「変なトコ触ったら普通にアウトですけど、頬とか肩とか腕とかなら全然」


「では早速失礼します」



 警戒する野良猫のような単眼の彼と違い、ルゴナは躊躇い無く手を伸ばしてきた。

 躊躇い無く、しかしこちらが怯えないようゆっくりとした動きで大きなおめめがついている大きな手がこちらの身を包む。

 握るわけではなく、手を添える、という感じだったが、浴槽に腰掛けている身からすればその手の大きさは充分に包まれる感があるものだった。

 添えられた大きな手の親指が、その親指にある目を伏せ、優しくこちらの頬を撫でる。



「おお……人間の肌というのは柔らかいものなのですね……!」


「うんうん、おばさん達ドワーフともまた違う肌質だから凄いよねえ」


「母さんあのサイズの巨人前にしながら通常運転とかヤッバー」



 ケラケラ笑ってるアナオの方も中々にヤッバー、ではなかろうか。



「ああ、おま、ルゴナもう少し優しく触れろ優しく……! 俺達の力と大きさからすれば少し力を入れるだけで人間の首なんてへし折れるのだぞ……!」


「確かに細い部位ですが、思ったより大丈夫そうですよ」


「お前の主観など聞いてない!」


「すみません首領(ドン)、少し自分の手にもたれかかっていただいても?」


「無視するな!」



 拒否する理由が無かったのでルゴナの要求に従い、こちらを包み込むようにして添えられている手を背もたれのようにしてもたれかかってみる。

 段差としてはかなり大きな段差だが、段々になっているタイプの背もたれのように微妙に斜めにしてくれているようで感触としては結構良い。



「……触れる人間の髪のなんと細い事か……しかも掛けられる体重が軽すぎる……内臓入ってますか?」


「しっかり入ってますよ」



 あと体重が軽いと言われても、私の体重は平均値である。

 重くはないはずだけれど、軽い人はマジでもっと軽いのでうーん。



「…………よし、満足しました。人間の毛とはここまで細くふわふわしているものだとは新発見です。そして実際に触れると思った以上に腕などが細く、力を入れるなどとんでもないと思う感触……素晴らしいものでした」


「それはどうも」



 身を起こせば、ザバァという音と共にルゴナの手が引いていった。

 ルゴナの言っている事はちょっとよくわからないけれど、人間の感覚で言えば子猫に触った時の骨の感触があまりに細くて脆そうでビビる、みたいな事だろうか。

 確かに子猫なんかの前足を触ると指の骨とか本当細くてビビるので気持ちはわかる。



「……俺も触れて良いだろうか」


「どうぞー」


「うむ……」



 単眼の彼の手が恐る恐るといった様子で伸ばされる。

 その動きは指先を水面に浸したもので、ゆっくりゆっくりと距離を測りながらこちらへ伸ばしている感じ。



「む、ぬ、もう少し先か……?」



 そんな事を言いながらゆっくりと伸ばされた手の指先が、こちらのつま先へとこつんと当たる。



「っ!」



 単眼の彼はその接触に一瞬ビクリと身を跳ねさせて波を起こしたが、距離を把握出来たようで今度はスムーズにこちらの顔近くに指先を丸めた手を添える事が出来た。



「……もしかして、目が悪いとか?」


「悪くは無いが、立体視が苦手でな。単眼だと立体的に見る事が出来んので距離が測りにくい。鍛冶の時は問題無いのだが……」



 むう、と顔を顰める単眼の彼の手は微動だにしない。

 恐らくは遠近感が測りにくいせいでどのくらいの距離が適切かわからないのだろう。



「もうちょい近付いて大丈夫」


「こうか」



 指の背が、ちょん、とこちらの頬に触れた。

 手は揺らさないようにしながらも身を僅かに跳ねさせた単眼の彼は、そのまん丸な目をキラキラと輝かせる。



「おお…………これが人間の触り心地……!」



 人間ってそこら中に溢れてるはずなのに、彼らからするとそんなレベルで未知扱いなのか。

 まあそこら中に溢れてるからって全人類がナメクジの触り心地知ってますかってなるといや知らんがなとなるので、まあそういう感じなんだろう。



「…………あのー、単眼さん」


「ん、俺か。そういえば自己紹介をしていなかったな。俺はサイクロプスのグラーズと言う」


「グラーズ、ちょいこちらからも要望が」


「何だ。姿を消す防具でも作ってやろうか?」


「いやそんな大層な物をこんな軽めのスキンシップで貰うのはちょっと。そゆことじゃなくて、私もちょっと指とか触って良いかなーって」


「良いのか……!?」


「個人的に巨人の指の感触凄い気になる」


「お前が……首領(ドン)が良いなら構わんが……」



 ここで名前呼びだったら乙女ゲームのようなフラグが立っていたかもしれないけれど、首領(ドン)呼びじゃ残念ながら立つフラグも立ちゃしない。

 まあ元から乙女ゲームではないのでフラグも何も無いが。



「じゃ失礼しまーす」



 丸められた指先を軽く触ってみたが、デカイ。

 いやもうこれ本当にでかい。

 大体バナナボートくらいのサイズあるんじゃないのかコレ。

 指先くらいなら手の平で覆えるんじゃと思ったのに明らか無理でしかないこのサイズ。


 ……あー、でも鍛冶してる手だ。成る程。


 鍛冶してる手などよく知らない一般人だけれど、何かを強く握ったりしている手なのはわかる。

 巨人であるからという理由以外で分厚い皮膚。

 それらは先程ナーノとアナオに触られた時の彼女たちの手の感触に似ていて、それだけ色々作ったんだろうなあと感じさせる。



「うん、満足! ありがとグラーズ…………何事?」



 見ればグラーズはもう片方の手で顔を抑えていたし、ルゴナはそんなグラーズの頭を指先でゴスゴスつついていた。

 つつくというか突いていた。



「人外からも距離を取られる身に、人間から触れられる事があるとは思わなった……」


「自分が先に接触したのに首領(ドン)から触れられて羨ましい」


「わかるー。人間の方から触ってもらえるってのはデカイよなー」



 ルゴナの言葉にチアフルがうんうんと頷く。

 よくわからんがそういうものだろうか。


 ……まあ、子猫と考えれば子猫の方から触ってもらえるのは嬉しいし、そういう感じ?


 悶え方の反応を見ると大体そういう感じっぽい。

 本当に人間は愛玩枠扱いなんだなあと実感する。





 あの後触られたい宣言をされた事でこっちも気になっていたルゴナの手にある目の瞼部分を触らせてもらったりチアフルの耳とかシェドンと名乗った五百代エルフの耳とかドワーフ母子のお鬚とかを触らせてもらったら、思ったよりも時間が経過していた。

 のぼせなかった辺り魔法かなあと思いつつほかほかした体で銭湯から出れば、受け付けの待合場で既に皆が待っていた。



「あ、主様お帰りー。随分のんびりだったけど満喫出来た?」


「色んな意味で情報量濃かったし驚いたけど結構楽しかったかな」



 色々触られはしたけれど、こっちもわりと触れたので満足。

 向こうは気にしない可能性が高いけれど、だからといって触って良いですかとか流石に聞けない。

 筋肉自慢の人の筋肉を触らせてもらうくらいならばともかく、ドワーフに対してお鬚触って良いですかはセクハラにならないか心配だし。

 セクハラにならないみたいなので良かったけど。

 分類としてはそれこそ鍛えてる人の筋肉みたいな自慢する部位らしいので逆に喜ばれた。



「あ! 飼い主様良い香りする!」


「本当だ! この香りはフルーツ系? 一種類じゃなくて複数ミックスな香りだね!」


「むぎゅう」



 前側の両斜めから抱き着いてきたミレツとニキスを受け止めて抱きしめ返す。



「確かにフルーツ系の香りしてたけど、獣人用の方はそうじゃなかったの?」


「俺達もそうだけど嗅覚強いの多いから香り系はあんまり」


「飼い主様の香りをつけてもらえるならともかく、自分の匂いが違う匂いになるのはねー」


「「獣の本能が落ち着けないとリラックスどころじゃなくなるからさー」」


「へえ…………?」



 わからん。



「あー、ご主人様にわかるよう言うなら、そこに入ると髪色や肌色が変わっちゃうって感じ?」


「おっとそれはお望みカラーじゃない場合大事故!」


「そういう事」


「成る程……」



 わかりやすいイーシャの言葉に納得して頷く。

 確かに相手の匂いや自分の匂いが変わってしまうというのはそのレベルで別人みたいになってしまうようなものだろう。

 いや、そこまで嗅覚発達してるわけじゃない人間だからそこまでしっかりとはわかってないけど。



「しかし、空いている時間帯とはいえ他の種族も居ただろう。お前様、随分構われたんじゃないか? フルーツの香り以外にも他の種族の匂いがする」


「面白いくらいもみくちゃになってたわよ。やっぱり人間ってモテるわよねえ」



 カトリコの言葉にエルジュは頬に手を添えてうんうんと頷いた。

 アレは愛玩的な意味で可愛がられてただけでモテとは違う気がするけれど、否定する必要性も無いしまあ良いか。

 そう思いつつ、抱き着いたままのミレツとニキスのさらさらの髪を梳くようにしてよしよし撫でた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ