言ってよ!!
銭湯の入り口で番頭さんによって種族別に仕分けられ、人型かつ毛が少ない種族という事で私とエルジュはそういう系統用の方へと割り振られた。
中に入れば、イメージするままの銭湯。
銭湯というか脱衣場だが、ロッカーじゃなくてカゴ式になっている。
「……っていうかひっろぉ……」
「ここって巨人街との間にあるから巨人系のお客さんも多いのよねー。だから内部空間はしっかり巨人にも対応してるわ」
天井が吹き抜け構造ばりに高い。
そしてエルジュが向かう方について行けばイメージするままのカゴ置きがあったが、少し別の方向を見れば子供用みたいな高さのカゴ置きがあり、逆方向にはプールでももう少し狭いし浅いのではと思うサイズのカゴがあるカゴ置きがあった。
成る程サイズ別。
「じゃ、わかってると思うけど服は全部脱いで空いてるカゴに入れてちょうだいね」
言いつつ、エルジュは躊躇いも無く着ているシャツをバサッと脱いだ。
そのままズボンに手を掛けするりと足を抜きながら、エルジュは続ける。
「装飾品はそのままでも良いから」
「え、良いの?」
装飾品こそ駄目だと思って一番に置こうとしていたのだが。
なにせエルジュから貰ったやたら豪華な腕輪とか、明らかに銭湯向きでは無い。
「だって種族によっては装飾品で自前の毒を無効化してたりするでしょう? 他にも水を苦手としてる種族やお湯を苦手とする種族も居るから、それらを大丈夫にしてくれる装飾品まで取れ、って言うのは流石にね」
「あー……成る程カトリコタイプ……」
髪留めを外すだけで吐息が猛毒になるカトリコを思えば、それらを外させるのは店側も大打撃になるわけだ。
一応ネイルとかにもそういった能力があるようだけど、装飾品頼りの人は多そうなので無理もない。
「でも洗う時に邪魔になったりとか」
「洗わないわよ?」
「え?」
服を脱いでガーターベルトを外しながら言えば、当然のようにそう返された。
「ああ、お館様の故郷では普通にお風呂みたく体を洗うって事かしら?」
「うん、私はそのつもりだったけど……え、こっちは違うの?」
「こっちじゃとにかくお湯に浸かってリフレッシュするのを楽しむものなの。だから脱衣場から浴場への扉をくぐれば、扉に掛けられている魔法によって表面の老廃物を始めとした汚れは勿論、穢れなんかも綺麗になるわ。だから本当、すぐにお風呂に浸かれるって感じね」
「えっ凄い便利!」
めちゃくちゃ助かるヤツじゃないかソレ。
礼儀としては先に体を清めてから浴槽に浸かるべきだとは思うが、そのままお湯に浸かれるというのはリラックス度がとっても良さそう。
「だから装飾品を身に着けてても良いの。装飾品自体、お湯に浸した程度で何かあったりもしないよう調整されてるし。多少の温度差じゃ問題ないようになってるわ」
多少と言うが、人外基準、それもエルフが言う「多少」とはどのくらいだろう。
「多少の温度差って、具体的には?」
「雪山を数時間彷徨ってても金属が肉体に癒着しないくらい? 魔法を仕込んでもない金属類って温度が下がって肉体にくっついちゃうものね」
「やっぱ多少どころじゃないレベルだ……」
でも実際めちゃくちゃ助かるヤツ。
雪国の方は真冬に金属フレームの眼鏡を使うと大変な事になるらしいし、ピアスなんかも大変な事になるんだとか。
そう思えばありがたい事なので、普通にありがたく恩恵に預からせてもらおう。
技術力とんでもないなとは思うけれど、ありがたいのは事実だし。
「ちなみに髪は」
「目立つ長さの毛が頭部くらいにしかない種族は抜け毛もそこまで無いから、抜けた毛は浴場内に掛けられた魔法によって即座に分解されて魔力に変換されて浴場内の魔法を維持する為に使用されるわ。髪の毛は魔力の含有量が多いから、多少の足しになるの。流石にそれだけで賄ってるわけでは無いけれど」
「成る程」
とりあえず技術力が本当にとんでもない事と、お風呂を快適に楽しむ為だけに物凄い熱意が込められている事はよくわかった。
「まあ、髪を下ろしてても上げてても良いって事ね。私は折角だし纏めちゃおうかしら」
そう言ってエルジュはカゴの中に入れたアイテム袋から煌びやかなバレッタを取り出し、下ろしていた長い髪をあっという間に纏め上げた。
イメージそのままのお風呂スタイルという感じの髪型だ。
「じゃ、私もそのままで行こうかな」
今日の髪型はカトリコによってお団子に纏められており、こっちもこっちでお風呂に入るには中々良い感じのヘアスタイルだと思う。
使用されている髪留めがしっかり飾りついてるタイプなのが銭湯や温泉慣れした日本人としてちょっと気になるけれど、まあ良いだろう。多分。
「ところでこれ、カゴに全部放り込んでるけどセキュリティって」
「使用者の魔力とかで判別してるから、他の人は見えない壁に弾かれる仕様になってるわ。だからアイテム袋なんかを放り込んでも大丈夫。安心してお風呂が楽しめるってわけ」
「本当に気合い入ってるなあこの銭湯……」
「あ、ちなみにタオルは持ち込みオッケーよ。巻いてもオッケー」
「めっちゃ助かる」
即座に巻いた。
温泉とかを思うとタオルを中に入れないようにとか言われるのでアレだが、流石に慣れない場所ですっぽんぽんというのはちょっと、心許なかったのだ。
お湯に浸かれば体のラインとか丸わかりになるだろうけれど、無いよりはマシ。
日本人は衝立一つでもあれば別室気分になれる民族。
「……エルジュは巻かないの?」
「別に、タオルを身に着けたところで何か能力が付与されるわけでも無いでしょう?」
全裸を隠す様子も無く、当然のように言われた。
「何か、それ聞くと能力が付与されるから服着てるって聞こえるなあ……」
「実質そうよ? 服を着るのは全裸だと人間が恥ずかしがったり怒ったり欲情したりするからであって、私達はそこまで必要性を感じて無いのよね。まあ人外はそこまで衣服に執着する種族少ないからそんなものなんだけど」
言われてみれば最低限隠せば良いやみたいな言動が多いような気がする。
しかも最低限隠すのも、人間が隠せと言うから、みたいな理由。
人間が気にしない部分は着なくて良いやみたいな感じなので、もしかしなくとも衣服に執着してるの人間くらいなのでは?
……や、エルジュの言い方からすると少ないながらも人間以外に衣服への執着強めな種族は居るっぽいけど、それでも大半は服とかあんま興味無い派が多そうな……。
カトリコとかは積極的に見なりを気にしてくれるが、身なりを気にしているだけであって全裸恥ずかしい思考では無い気がする。
というか皆そういう感じのような気が。
「まあエルフって植物寄りだから、そういう感じでも無いってだけなんだけど。木や花って別に服着ないでしょう? ああいう感じよ」
「あ、ああー…………」
確かにそういう感じか。
見た目が殆どキノコであるハトリも最低限装飾品を身に着けてるだけという感じだったのでとっても納得。
「あと銭湯で裸になるのは抵抗あるからって事で、気にしないようなのしか来ないわ」
「それはごもっとも!」
確かに全裸無理な人はそもそも銭湯に来ないだろう。
広いお風呂でリラックスって言ったって、他の人が居る場で裸になってリラックス出来るかい! という人からしたら無理という気持ちの方が勝るだろうし。
「じゃ、話はこのくらいにして入りましょうか」
「はーい」
「私達の背丈だとこの扉よ」
横開きの磨りガラス製な扉を指差し、エルジュはそう言った。
「背丈別なの?」
「あっちは巨人用、あっちは小人用ね。扉の重さは魔法でどうにでも出来るけど、お客さんが多い時間帯だと危ないだろうからって事で別になってるの。
今日はお客さんが少ない時間帯を狙ってきたとはいえ……実際、巨人が入ろうとしてる足元を私達くらいの背丈やそれより低い背丈の種族が入って行ったら、相当に危険でしょうしね」
「ああー……」
子供が急に走ってくヤツ。
もしくは足元で小型犬がちょろつくヤツ。
下手すると避けようとしたこちらの足が絡まってずっこける危険性があるアレと思えば、扉別にした方が事故が少なく済むというのは理解出来た。
最悪踏んづけられてプレスされた肉せんべいになってしまう。
・
人、というか人外がちらほらと見える大浴場。
扉をくぐれば魔法で綺麗になるという事で、すぐにお湯へと体を浸す事が出来た。
入浴剤なのかふわりと果物の香りがするお湯にテンションが上がりつつ身を沈めれば、はふぅ、と思わず声が漏れた。
「良いお湯だねえ~……」
「でしょう?」
隣に身を沈めて腰掛けたエルジュが、ふふ、と微笑む。
見上げれば青空。
……実際は室内のはずだけど、露天風呂って感じの気分になれて良いなあ、これ。
実際のこの世界の空は普通に鳥人とか蝶とかの虫人などが飛んでたりするのでマジな空の場合のんびりお風呂とはいかないだろうが、ここは空間魔法でこの青空を出してるらしいので安心して足を伸ばせる。
いや本当、相手にそんな意図は無いとしても覗きは流石に厳しい。
「……にしても、結構色んな種族居るんだ」
五メートル級の巨人は結構見たが、実際巨人街で生活推奨されるのは十メートルかららしい。
流石にサイズがサイズという事で彼らは基本的に巨人街生活であり、あまりこちら側の町には来ないんだとか。
まあ普通に考えてそうなるわな。
……オズの魔法使いでもあったなあ、そんなの。
陶器だか磁器だかで出来た人形の町だったか。
そこの住人達からするとドロシー達は巨人でしかない為逃げまどい、転んで割れたりしていた。
直せば直るようだったけれど、あれが肉体と考えたらゾッとする。
実際リアルに地球で考えた場合、十数メートルの巨人が現れたら未曽有の大災害扱いと言っても過言ではあるまい。
「そりゃ人間は来ないもの。あっちはエルフでそっちのぬるいコーナーに居る小さいのはハーフリング。向こうの熱いコーナーに居る小さいのはドワーフね。奥の方の深いコーナーに居るのはサイクロプスとアルゴスよ」
「……もしかしてそれぞれに適したお湯の温度とかあるの?」
「あら、よくわかったわね。大正解」
頭を撫でると髪型が崩れるからか、指の背でうりうりと頬を撫でられた。
「例えばドワーフは鍛冶を得意としてるし肉が分厚い分お湯が熱い方が合うみたい。ハーフリングはあれで意外と頑丈だけど、ドワーフ程の頑丈さじゃないからあの体躯だとのぼせやすいのよね。だからなのかぬるいコーナーに居るのをよく見るわ」
「エルジュって結構頻繁に通ってたりする?」
「月に一回くらいのペースで通ってるからそうかもしれないわね」
月一って頻繁扱いで良いのか疑問だけど、エルフ基準からすると頻繁なんだろう。多分。
……というかそれよりも……。
「……あの、さっきから気になってたんだけど」
「おやまあ人間! 人間だよ! さっきからそんな気はしてたけど間違いなく人間だ! 珍しいね人間がここに来るだなんて!」
「うっわ本当だ珍しっ! っていうか可愛い細ーい! 髭全然なーい!」
「はい!?」
突然お鬚がとても豊かな二人に声を掛けられた。
っていうかこの人達さっきまで熱いお湯のコーナーに居たドワーフの二人だ。
……というか声からして女!?
「ちょ、あの、エルジュ……」
困惑のままにエルジュを見ると、ああ、と今気付いたようにエルジュが言う。
「ドワーフは男女共に豊かなお鬚が特徴なの。あと仕事に関してはこだわりが強いけど、分類は魔族よりも妖精寄りだからわりとテンション高いしフレンドリーよ」
「成る程!」
「あれあれまあまあ小さいおてて! 槌なんて振るえそうにも無い綺麗なおてて! 生まれたばかりの赤子みたいだねえ!」
「顔とかお鬚全然無いよ! つるつるしててすべすべしてる! うっわー首もほそーい!」
フレンドリーを超えてガッツリとスキンシップされているがまあこのくらいならば許容範囲内。オーケイ。
正直言ってこちらの世界に来てからはクダを始めとした皆が結構なスキンシップ好きなので慣れた。
……人外は人間を愛玩枠で見てるから、ってのもあるだろうけどね。
犬飼ったらその家の人もお客さんも犬を触りたがるみたいなアレだろう。
そしてわりと撫でられるのを受け入れてる犬だったら撫でられる事を拒否しなくなってくアレ。
……うん、まあ、手や顔を触られるくらいなら温泉での肌艶の差とかを把握する為に友達や常連らしいおばさん辺りと触り合ったりするからセーフ!
「とりあえずまあ、男性客が居るってわけじゃないならまあ……」
「えっ? 普通に僕とかの男性客居るけど?」
見たらぬるい方のコーナーに居たはずのハーフリングとかいう小人が居た。
こちらの視線にテヘペロ顔でピースを決めた彼は人間と同じ位置に耳があるものの獣のような毛に覆われていて、足もお湯越しに見た感じ下腿から下は毛に覆われている様子。
そういえばファンタジー作品で見るハーフリングは大体こういう少年染みた人が多いような。
……というか、男……?
肝心の部分は謎の光が入って見えなくなっているが、見えなくてよろしい。
そう思いつつ、錆びたブリキのような動きでエルジュに視線を向ける。
「……混浴?」
「人間以外は発情期とかでもないと発情しないし、衛生問題や体の負担からしてもちゃんとした場所で交尾したりするからこういうの気にしないのよね。あと種族別で色々仕様変えて広さとかも確保しながら空間を分けてるっていうのもあって経費削減?」
「騙 さ れ た !」
「いやだわ人聞きの悪い。全てを言ってないだけで嘘を言ったわけじゃないのよ?」
「人外本当そういうとこね!」
あとこれタオル着用オッケーを教えてもらって巻いてるから良いけれど、そうじゃなかったら最悪心にトラウマ出来る級のイベントでは。
他の人達全然タオルで隠してないので尚の事ダメージがデカイ。
……そりゃ人外って考えれば猿とかカピバラとかが性別関係なくご一緒してるタイプの温泉イメージすればありそうだけどさ! あり得そうだし全然問題無いけどさ! 同じ人型で言語による意思疎通が可能ってのはハードル高いよ!?
でも他よりも殊更大らかだろうエルフに対して主張しても理解してもらえる気がしないので、ぐったりと力を抜いて浴槽の縁部分にドワーフに掴まれてない方の腕を預ける。
クダが私に銭湯についてを言わなかったのは、種族別で振り分けられるから私が一人になってしまうのを憂いたのもあるだろうが、それ以上にこの事実があったからかもしれない。
ブラッシングは今朝がっつりやったので、帰ったら思う存分わしわしして褒めよう。
あともうちょっと必要な情報を開示するのもお願いしておこうと思う。




