銭湯あるの!?
新しい拠点となったエルジュの屋敷だが、中にある扉によって貴族街の屋敷とも繋がっている為、実質的には広さが倍となっている。
なので探検のつもりで色々見て回っていたら、うっかり貴族街の方の屋敷に行ってしまい迷う、というのも既に何度かあった。
よく見れば家具類の豪華さが明らかに違うので我ながら普通に気付いても良いと思うが、残念な事に家具類にはいまいち詳しくない。
……庶民街の屋敷って言っても、充分に豪華な家具類だしねえ。
ちなみに家具は色んな工房のがあるらしく、それぞれのブランドマークが結構面白い。
ドワーフはドワーフ印なのだが、サイクロプス印なんてのもあったのだ。
あと花瓶系はまた別の妖精がやっているらしく、やたら可愛らしいマークだった。
さてそんな風に家具類を見て回りながら思うのは、ただ一つ。
「また迷ったな……」
今日はオフだしのんびりしよーっとと思い皆とだらだら過ごした午前中。
ブラッシングやらをしっかりやってお昼になったのでクダが作ってくれた食事で腹を満たし、じゃあそれぞれ自由行動って感じでーとそれぞれ好きなところへばらけていった。
クダはソファでお昼寝、エルジュは読書、イーシャは外へ走りに行って、カトリコは庭の木の上で食後のお昼寝をして、ミレツとニキスは図書室で手品の参考になる本を探し中。
……というかイーシャがあんまり目ぇ良くないのは知ってたけど、ミレツとニキスもまあまあ目が悪いとは……。
草食動物系の場合、細かい文字を読む時には眼鏡が必須なんだそうな。
細かい文字で無ければ他の五感で大体把握出来ること、服や装飾品に視力補正の魔法が付与された物を使用する、他にも依頼書や店のメニュー類は匂いや魔力で内容が把握出来るよう調整されているとかで視力が無くとも問題無いのが多いとの事だった。
色々初耳だが、確かに目が無い種族も普通に居るし皮膚の表面で感じる気配や動きで判断している種族も結構居るそうなので、そういうのはデフォルトらしい。
……普段つけない眼鏡つけてるから聞いたら、まさかそんな真相があったとは……。
イーシャは仮面で視界を確保と同時に視力も調整している、というのは知っていたが、草食動物全般目が悪い、というか素で視力弱めな方が多いとは初耳だった。
まあ草食動物は逃げる為の視界確保が重要で、視力はあまり良く無かったりというのは知っているので納得したけれど。
そんなわけで皆好き好きにしてるし私はじゃあ探検をとなったわけだが、うん、そういう感じで恐らく貴族街の屋敷に来てしまったっぽい、と思う。
……流石に普段使う庶民街屋敷の方は多少把握してるし、これは間違いなく貴族街屋敷でしょ。
リビングっぽい部屋は一つしかないはずなのに、明らかに質が違う家具。
これを普段使いするのは躊躇われるなあという代物を前にすれば、流石に居る場所が物理的に違うというのは察するとも。
……普通迷子になったら迷子状態が悪化しない為にもその場待機だけど、まあ、探検だしね。
そんなわけで適当に歩いて適当な扉を開けたりしつつ見て回っている。
ドアを開けようとしたら何とも言えない嫌な気配がする部屋はスルーしつつ、だが。
他の人を巻き込むならともかく一人で自滅するのは別に止めない、というのが人外のスタンスっぽいので、こういうのは自分の意思で自分自身を守らねば。
見たら取り返しつかないけど見たいんでしょ? 良いよ? というのが人外の気遣い。
それは気遣いじゃないと言いたいけれど、種族が違えば常識も違うので何も言えない。
……本当種族差はどうにもならない真理の部分だからなあ。
犬がマーキングを掲示板扱いして交流するのも、人間からすれば理解不能なヤツだ。
対して人間がスマホでやり取りするのも犬からすれば意味不明の可能性が高いので、種族差というのはそういうもんだろう。
ところでマジでどこだここ。
「ううん、結構な時間迷ってる気がするけど見た事も無い部屋が尽きない事実よ……いや本当にどんだけ部屋あるんだこの屋敷」
「どのくらいだったかしら」
背後からの超近距離ボイスにキュウリを見た猫並みに飛び跳ねてしまった。
人間って驚くとマジに声が出ないらしい。
あと思ったよりも垂直に跳ぶと初めて知った。
人間って思ったより跳ぶんだ。
バクバク言っている心臓に手を当てて落ち着かせながら、冷静な部分でそう思った。
「……やっほーエルジュ。お迎えに来てくれた感じ?」
「ええ、迷ってるみたいだったから。二時間くらいだしまだ見てない部屋もあるみたいだったからもう少し放っておこうかと思ったけれど、人間からしたら二時間はそれなりの時間だったって事を思い出して」
「思い出してもらえなかったら私はもっと彷徨ってた可能性があると……」
「別に大声で私達の名前でも呼べば普通に気付いて迎えに来るわよ?」
その言葉に私は顔を背ける。
迷子になったのは事実だし助けてほしかったのも事実だが、折角の休日をエンジョイしている皆にわざわざ助けを求める気になれなかったのもまた事実なのだ。
ああ自力で何とかしようとしてしまう奥ゆかしき日本人ソウル。
これ下手すると遭難してそのままこの世からサヨナラコースになりかねないからマジで改善した方が良い思考のような気が。
「……うん、大声はちょっと、難しいかな。カラオケとツッコミ以外であんまり大声出す機会も無いし」
「人間ってよくわからないところで変な強情さ出すわよねえ」
「否定が出来ーん」
「ま、良いわ」
両手で頬をホールドするように顔をガシッと掴まれ、癒しグッズであるかのようにむにむにと頬を揉まれる。
「人間ってそういうところが可愛いんだもの」
「さようでー」
私にわかるよう解釈するなら階段から降りられないけど助けも求められないみたいな犬猫だろうか。
そうイメージするとわざわざ強情になる意味も無い気がして微妙な気分になるが、とりあえず目の前のエルジュがにっこにこで嬉しそうな顔してるので良しとする。
「あ、そうそうところで聞きたかったんだけど、お館様って大浴場の方が良いタイプだったりするかしら?」
「そりゃ広いお風呂があれば嬉しいけど……」
今でもエルジュの屋敷には一人用の猫足バスタブがあるのでわりと満足。
そりゃまあ大量にお湯を入れてザッバァしながら身を浸したいとは思うけれど。
「外のお風呂になるけど、あるのよ大浴場。ええと、勇者曰くの銭湯ってところが」
「銭湯あるの!?」
「ええ、あるの。折角だし皆で行きましょ。詳しい説明は皆が集まってからにしましょうか」
「うん!」
「かーわーいーいー」
思わず笑顔で頷いたら実に嬉しそうな顔でぐりぐりと頬ずりをされた。
アレか、幼児の輝くような笑顔を見た大人みたいなアレなのかこの反応は。
・
「というわけでお館様も行きたいって言ってくれたから銭湯行くわよー」
全員が揃ったリビングでエルジュがそう言うと、まずミレツがいつも通りの真顔で挙手した。
「どこで戦闘するの?」
「うん、知らないとそういう反応になるわよね」
申し訳ないがあまりにベタなやり取りだったのでちょっと噴いた。
エルジュの対応が冷静だったのも追撃だった。
「銭湯っていうのは、まあ広いお風呂よ。公用のお風呂。お金払ったら入れる広いお風呂ね。温泉みたいなものと思えば合ってるわ」
「じゃあ温泉で良くない?」
「温泉じゃなくてお湯だから銭湯なのよ。お金払って入るお湯」
「なーるほど。ニキス知ってた?」
「行った事無いけど手品する前に酒場のお客さんから聞いた事ならあるよ」
ミレツの問いに、ニキスがさらりと答える。
「確か人間のお客さんで、すっごい愚痴言ってた」
「えっ」
待って愚痴言われるようなとこなのか銭湯って。
「他の種族居るし裸で入らなきゃいけないからって事ですっごい怒ってたっけ」
「あー……」
成る程そういうアレか。
確かに無理な人には無理だろう。
こっちの人達は全般的に露出多めな格好がデフォルトだけれど、見られたり触られたりはしっかり嫌がるようだし。
……まあ、私だって人間にやたらべたべた触られたら普通にセクハラだから嫌だけどさ。
ストーカーさん達についてはこっちが寝てる間に着替えとかやっといてくれるので感謝しかないが、それはそれ。
下心マシマシな油ギッシュジジイにセクハラされるのは全く別の問題だろう。
「まあ実際そういうシステムなんだけど、しっかりお湯に浸かれて楽しいわよ。内部の空間捻じ曲げてあるから上は青空が広がってるのに覗き無し!
まあ直で天井空いてるわけじゃなく、空間魔法でそういう状態にしてるわけだから当然よね」
よくわからないけど物凄い技術が用いられた銭湯なのはわかった。
「空間魔法のお陰で巨人系も利用出来るから良いわよー、銭湯! 勇者が伝えただけはあってお館様の故郷でも普通にあったみたいだし!」
「あー、まあ確かに俺が浸かれるような量のお湯があるのは良いよね。色んな温度で浴槽が分かれてるからそれぞれ適した温度のトコ行けるし。
俺の場合、体の作り的に浸かるなら川とかじゃないと出来ないって思ってたけど、銭湯ならしっかりこっちの肩まで浸かれるのが最高。お湯だから尚の事ね」
人間ボディの肩の辺りを手を水平にしてトントンと叩きながらしみじみとイーシャは言う。
言われてみればイーシャはケンタウロスボディなので普通の浴槽では中々浸かり辛そう。
まずサイズがサイズだし。
……馬部分まではギリ入れても、人間ボディ部分の肩までっていうのはねえ……。
最低でも三メートルくらいの深さが要る。
「自分は水浴びが出来れば良いし水浴び砂浴びで充分だからあまり興味は無いが……お前様が好むなら行ってみよう。体験してみるのもまた一興だ」
「あ、一応鳥系種族用に砂浴びコーナーもあるわよ」
「ふむ、良いな」
エルジュの言葉にカトリコは満足気に頷いた。
「と、こ、ろ、で」
唇に人差し指をあて、エルジュはクダを見る。
「クダはお館様に銭湯の事教えなかったの? クダは妖怪なんだから極東の出身よね? それなら銭湯は馴染み深いだろうし、まず教えそうなものだと思ったのだけど」
「だって種族別だもん」
まるで猫のようにソファの背もたれ部分の上に寝転がりながら、クダは唇を尖らせる。
「人間みたいな姿のエルフは人間と同じコーナーだけど、銭湯って種族っていうか見た目の特徴別で違うコーナーに案内されるでしょ? しかも内部の空間が完全に隔離されてるヤツ」
「あー、そういえばそうね。成る程、理解したわ」
「どゆ事?」
全く理解してないので問いかければ、ええとね? とエルジュが説明してくれた。
「まずそれぞれコーナーが分けられてるの。例えば獣人の場合はお湯に浸かると物凄い量の毛がお湯に浮くから、獣系用のコーナー」
「あ、ああー……」
「毛量が多いとそのコーナーね。クダとイーシャとミレツとニキスはここになるわ」
「鳥系は烏の行水みたいな水浴び系が多くて、水飛沫が凄いんだよね。だから鳥系も別コーナー。水が掛からない位置に砂浴びコーナーもある仕様」
「良いな」
わくわくしているらしく、イーシャの言葉にカトリコの尻尾がゆらゆらご機嫌に揺れている。
「他の種族も居るし、裸になるでしょ? タオルで隠すのはオッケーだけど、人外は殆ど隠す気無いから人間にはハードル高いかなーって。本当、他の種族居るから」
「や、やたらマジなトーンで他の種族居るっての押すね」
「そこが最重要ポイントなんだもーん」
耳を伏せて眉を潜めて唇を尖らせ、クダは尻尾を不機嫌そうにゆーらゆーらと揺らした。
「まあ今回はエルジュが同じコーナー行けるから主様を単独で行かせるわけじゃない分大丈夫だと思うけど、エルフって基本的に判断基準ガッバガバなのが心配なんだよねー……クダから見てソレだから尚の事心配」
「実際エルフって何故か人間には繊細なイメージ持たれがちだけど、殆どがどんぶり勘定だったりするものね」
エルフ本人がのほほんと肯定なされた。
まあ今までの会話からすると寿命が長い分色々と容量が多いんだろうけど。
……犬猫から見た人間がやたらとゆとりな感じだよね。
寿命十年や二十年の身からしたら平均寿命八十年とかとんでもねえ。
そして犬猫視点から見た床と人間視点から見た床の汚れ具合の見え方の違いとかを考えると、犬猫も人間に対して相当な大雑把だと判断している事だろう。
つまり人間基準でエルフはとんでもねえ大雑把という事になるが。
「……一応聞きたいんだけどさ、エルジュ」
「何かしら?」
「どんぶり勘定って具体的にどのくらい?」
「一年から十年くらいなら誤差よねーって感じ?」
「そいつぁどんぶりだ!」
十年もあれば小学校高学年なり立ての子もお酒飲める年齢になっちゃうよ。
「まあそれでもちゃんと案内はするから大丈夫よ、お館様。例えば浴槽は広々としてて奥に行く程巨人対応になってて深いんだけど、万が一で溺れ死んだりしないようその時その時で説明入れるから」
「銭湯で死ぬ危険性があるの?」
「慣れてないと巨人がお湯に浸かった体積分のお湯に押し流されて壁に頭ぶつけるって例もあるわ。今は対策として浴槽自体に魔法が掛けられて、そういった揺れには自分から乗らない限り呑まれないようになってるけど」
「自分から乗る」
「波乗りにはしゃぐ妖精とかが一部居るのよ」
「ああー……」
大きい大人が入った時に子供がはしゃぐあの感じか。
あるある。




